A bit ahead of a million light years
百万光年のちょっと先

 「むかしむかし、あるところに」から始まる昔話のその先で、桃から子供が生まれて大きくなって鬼を退治し、竹から娘が生まれて綺麗になって天に召され、針の刀を振るって鬼を退け美しい姫を娶り、そして竜宮城へと行って時が過ぎるのを忘れて楽しみ、土産にもらい帰った玉手箱を開けて老人になった。

 桃でも竹でも植物から人が生まれ出ることはないし、いくら小さくても針が刀になるくらいの人が存在できるとも思えない。一瞬で長い年月が過ぎてそして一挙に歳を取ることも同様。そんな現実では起こりえない、SFとしか思えないようなことでも、「むかしむかし、あるところに」とつければあっておかしくないのが昔話の世界。“なんでもあり”を許すキーワードだ。

 そして今、「むかしむかし、あるところに」に代わって宇宙規模での“なんでもあり”を許すキーワードが誕生した。それが「百万光年のちょっと先、今よりほんの三秒むかし」。古橋秀之による「百万光年のちょっと先」(集英社、1300円)に収録された48本の物語の冒頭に掲げられたこの言葉が、桃や竹から人が生まれることにも勝る、ありとあらゆる現象を可能にしてのける。

 自動人形らしい家政婦の少女が、床にある子供を寝付かせようとして「百万光年のちょっと先、今よりほんの三秒むかし」と始めて語っていく物語たち。そのどれもが驚きのビジョンを見せてくる。たとえば「卵を割らなきゃオムレツは」では、生まれた瞬間から人工子宮であり保育器でもあるパワードスーツに入って成長しながら戦場に立ち続ける子供たちが登場する。

 いずれ除隊して外に出て“人間”となる子供たちが、最後の戦いに臨んで起こったある出来事が実に楽しく、そして嬉しい。人権のない人間が作り出され、国なり上層部の思惑に生殺与奪を握られながら戦い続ける展開は、安里アサトの「86−エイティシックス」シリーズと重なるところもあるけれど、どちらも多くは陰惨に終わるだろう状況で、珍しくホッとするシチュエーションが抜き出されている。

 それはもしかしたら、「むかしむかし、あるところに」で始まる昔話と同様に、子供には残酷すぎて未来が暗くなるような物語を、語って聞かせることはしていないのかもしれない。だから「百万光年のちょっと先、今よりほんの三秒むかし」で始まる物語も、多くが残酷にはならず、落ち着くところに落ち着き、ホッと安心できてクスリと笑えるものになっているのかもしれない。

 侵略してきた宇宙人に対して店番をしていたぼんくらな甥が、叔父の教えたとおりの受け答えをした結果何が起こったかを書いた「害虫駆除業者の甥」は、相手の事情など斟酌しないけれども結果としてもたらされた幸いが面白い。宇宙の果てのレストランへと辿り着いて食事を楽しんでいた紳士に、ある襲撃が行われながらも無事に済んでしまった理由が明かされる「お脱ぎになっても大丈夫」は、宇宙には様々な存在があって嗜好もあるけれど、やっぱり全裸で食事するのだけは止めようと思わされる。

 宇宙のあらゆる知識を学びきってしまった男が求めた境地を示した「最後の一冊」は、つまり過ぎたるは及ばざるよりつまらないということか。50歳まで生きた人間はそこから50年をかけて子供から幼児、そして胎児へと戻り消えるようになった世界が舞台の「五歳から、五歳まで」では、そこで育まれる、大人として見る世界の広さと子供だから浸れる世界の深みが感じられる。

 “むかしむかし”刊行されていたSF誌の「Sf Japan」に掲載されていたSFショートショートを集め、書き下ろしの1編を加えて刊行された「百万光年のちょっと先」に収録された作品たち。その突拍子がなく意外性にもあふれた展開は、野崎まどによる短編を集めた「野崎まど劇場」に収録された作品のようなスラップスティックの喧噪に満ちたものとは少し違う。

 草野原々が「最後に最初のアイドル」に寄せた作品のように、奇想が暴走して宇宙すら飛び越していくドライブ感に溢れたものともまた違う。読めばしっとりと教訓を得られ、それでいて驚きを味わえ、最後にはホッとした気分を味わえる。これなら子供も安心して寝付けるだろう。

 「トン、コロコロ」のようにギクッとさせられる物語も時には混じっている。流れ者のばくち打ちが辿り着いた惑星で賭場に入ったものの、どうしても勝てないでいる。勝負師としての勘も働かず度胸も通らない賭場で大敗し、肉体を差し出すしかなくなったばくち打ちに相手が見せたその思考の正体に、感情など余計なものと配された未来を思わされる。

 自動人形が子供に語って聞かせ、悟りを抱かせる教訓にあふれた48編の物語たち。教訓にSF的な発想が乗せられた珠玉のショートショートを読んで得よう、文字通りのセンス・オブ・ワンダーを。


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