| 2002年1月27日 主日礼拝式 “詩篇” 126篇 「“収穫に向けてA”」 “池田 博牧師” 宣教メッセージ |
| 今朝のメッセージのみ言葉をお読み致します。今朝は 詩篇126篇
です。旧約聖書の953ページになります。 “詩篇”
はい、聖書は以上であります。 返ってきた答えは「あれは『ここが川になることがあります。』という表示です。」砂漠です。不毛の地、砂だらけのその場所が川になる。信じられなかったですね。私たちが日本人的に考えるならば、川となるならば、それらしき川底があるとか、砂利があるとか、或いは少し窪んでいて、川縁らしきものがあるとか考えます。 しかし、見ますと、全然それらしきものはありませんでした。真平らな砂漠地帯であります。「それが川になる、不思議だなー。」と思いました。ガイドさんは「良い質問をして下さいました。説明をいたします。」「皆さん、今走っているところはネゲブというところです。ネゲブ、それは詩篇の126篇に出てまいります。 そこに、『ネゲブの流れのように、私たちの捕われ人を帰らせてください。』とあります。あの、ネゲブの流れはここのことを言っているのです。」というお話でした。とても興味深かったのであります。 今日はそのネゲブ、今読みました126篇の4節に先ず目を留めてみたいと思います。 もう一度読みますと「主よ。ネゲブの流れのように、私たちの捕われ人を帰らせてください。」とあります。そのネゲブというのは、地図でいいますと、ガリラヤ湖があって、ヨルダン川があって、下に死海があるわけです。死海の西側ずっといきますとそこは地中海になりますが、その死海と地中海の間、その辺一帯をネゲブといいます。 町として知られているのがベエルシェバというところであります。アブラハムが住んだ処でもあります。その町を中心にした一帯をネゲブといいます。ネゲブという言葉の意味は「乾燥した地」ということで、なるほど、その通り乾燥、砂漠、荒地なわけです。見渡す限り木らしい木も草木もないそんなところです。 ところが、そんなネゲブが雨季になると川になるということであります。大きな川になるほどの雨は滅多に降らない、何年或いは十数年に一度あるかどうかということの様であります。その滅多に無いネゲブの流れ。しかし、一旦そこに洪水のように水が流れると、ある部分が川になるというのではなくして、全体が水の流れになるというような、そんな流れをネゲブの流れというということです。 この詩篇の作者は「そのネゲブの流れのように、私たちの捕われ人を帰らせてください。」と祈っているわけです。見渡す限り不毛の地、砂漠、いのちの無いところであります。でも、何年か何十年に一度そこが大河のようになって、全体が湖になる程の流れになるように捕らわれ人を、イスラエルの人々を帰してくださいという祈り、この祈りは紀元前何百年も前のことであるわけです。 歴史的に言うならば、バビロンにイスラエルの民が捕囚になります。それはBC600年前後からで、最終的には586年にイスラエルの民は全部バビロンに連れて行かれてしまいます。祖国を失います。住む地が変えられてしまったわけです。イスラエルの民達は「何時か帰れるだろうか。」「何時帰れるだろうか。」そんな中にあって、祈りがなされていたのであります。 でも、多くはもう諦めていたかもしれない、そんな中にあって、この詩篇の作者の真剣な祈りがなされていた。「滅多に無い。けれども、必ず有る洪水のようにこの民を、私たちを祖国に帰してください。祖国再建のために返してください。」と涙の祈りをしつづけたということであります。 そして、その涙の祈りは、やがて応えられていきます。幾十年たってBC538年神様はペルシャのクロスという王を立てて、イスラエルの民をもう一度返すという奇蹟が歴史的に、具体的におこったのです。 彼らの涙の祈りが現実になった時に、どう表現してよいか判らなかった。その喜びの表現が1節から3節にあります。「主がシオンの捕われ人を帰されたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。」そう願っていながら、いざ現実になった時に、「いやーこれは夢だ。そうに違いない。」と言うほどであったとのことです。 「そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は喜びの叫びで満たされた。そのとき、国々の間で、人々は言った。『主は彼らのために大いなることをなされた。』」「主は私たちのために大いなることをなされ、私たちは喜んだ。」 涙の祈りは聞かれた。主は聞いてくださった。時間がかかったかもしれない、不可能と思っていた、絶望の中にあったけれども、でも、主は決してその祈りをそのままになさらなかったのだと、彼らは喜びに喜んだということであります。 皆さん、私たち日本の姿を見る時に、この日本もいろいろな意味で、バビロンの捕囚の民ではないだろうか。そう思わないではいられない。日本の多くの人々は偶像と言うバビロンに捕らわれている人々が居ます。或いは、無神論というイデオロギーに捕らえられたバビロンの捕囚の人たちがいます。 或いは世俗とか物質の繁栄でしょうか、聖書の中にも『己が腹を神とする。」ということが書かれていますが、己が欲望を神として、真の神を全く求めようとしない人々がどんなに多く居ることでしょうか。 「私は涙を以って祈るのだ。」とパウロはピリピ書の3章の中に嘆きつつ祈っているところがあります。或いは、人類が生み出したかもしれない文明、人間の知識、そういうものに全く捕らわれきっていて、真の神を全く求めようとしない人々が居る。そんないろいろな意味においてのバビロンの捕囚となっている人々が居ることを思わないではいられないのです。 日本の99%は真の神を知らない。皆さん、その事のために、誰が、どれだけの人が涙を流し、どれだけの人が真剣に祈っているだろうか。思わないではいられないのです。 多くのクリスチャンが、ともすると「信教の自由ですから、それぞれがどういう信仰を持とうが、どういう宗教を持とうが、それでいいんじゃないでしょうか。」「彼らの自由に任せたらいいんじゃないでしょうか。」と言う考えの方が結構居ますよね。 そういう意味で、わざわざ寝ている子を起す必要は無いという言い方をしたりします。そんなに真剣に、がむしゃらにする必要は無い。なるようになればそれでいい。そんな思いになっていることも有るでしょうか。 多くの教会、その教会の中でどれだけ真剣な日本の民の救いの手が挙げられているか、涙の祈りがなされているか。厳しい言い方をするならば、眠りかけている、或いは更に眠りこけている。自分達が、そこで教会の働き、そこで交わりがなされ、そこで楽しくやれていればそれでいい。他人は他人、彼らは彼ら。そういう割り切りの中で、とりなしの祈りがなされていない。日本の現状がそこに有るように思えてならないのです。 作者の「このネゲブの流れのように捕らわれ人を返してください、彼らの最後は滅びですから、彼らはこのままいってしまったら滅びるしかないのですから、彼らを救って下さい。彼らを帰して下さい。何故ならば、私に開かれた十字架を通して天国に行く道、永遠のいのちへの道、それは1つしかない。イエス・キリストを通して開かれたこれ1つしかない。 キリストはそのためにこそ命をかけて下さった。ですから、この永遠のいのちに至る救いを日本中の全ての人にもたらされるように。」という涙の祈り、それはクリスチャンに、教会にこそなされて行かなければならないであろう。改めて私はそのことを心に深く試させられ、悔い改めもさせられたことでありました。 自分自身がどれだけ真剣に、どれだけ主の前に涙の祈りをしているのか。「お前はどうなのか。」と問われたことでありました。お互いこの朝、一人一人にもそれを問いたいのです。 この木曜日に、私たちの教会にかつて日本に40年間熱心に伝道をしてくださいましたドイツからの宣教師クンツ先生の奥様が来て下さいました。そして証しをして下さいました。とても感動的な証しでありました。食事をしながら改めて先生方の日本での宣教のことを伺ったことでありました。 ご夫妻が日本に最初に来たのは1950年、昭和25年であったといいます。もう一人の、ファーター先生と二人で来られて、戦後間もないことですから、まだ車の無く持てない頃で、バイクで伝道したといいます。このリーベンデラという団体は古くはイギリスに有りますハドソン・テーラーという中国奥地伝道された団体、CIMのドイツ支部の働きとしてなされていた。 奥地伝道、僻地伝道ということで、このリーベンデラもそんなスピリッツを持って伝道しておりました。ですからこのお二人は、主に茨城県の農村、漁村の過疎地帯に伝道したということです。毎日バイクに乗りながら、トラクトを一杯積んで村から村を伝道して歩いて、やがてスズカタ中心に茨城、埼玉に20から30の教会が造られて行くのであります。 私はその茨城に何度も応援伝道に行ったのでありますが、何度か行ったことのある矢田部の教会というのがあります。そこに行きますと一人の信徒さんの家にいつも泊めて下さるのです。あるとき泊った時に、その方が証しをして下さいました。 自分が戦後まもなく混乱した中で、自分のこれからの生きていく心の支えとして何かが欲しい。悩み、導きを求めていた時に、或る日、汗まみれになってバイクに乗った一人の外人がやって来て、トラクトを渡してくれた。片言の日本語で「いかがですか。」という声かけをして下さった。 それがクンツ先生であったわけです。この方は「外国から日本に、こんな村にやって来て。」と、それが驚きだった。しかも「バイクで汗まみれ、泥まみれの中で目は輝いていて、自分には無いものがあるな。」と そして、トラクトを読んでそこから交わりが始まり、やがてこの方は救われてクリスチャンになっていき、更にご自分の家を提供してそこが教会になっていった。矢田部教会の母体なのです。講師が来ますと自分の家を提供して宿にし、本当に献身的に捧げ尽くしているのです。それは自分がイエス・キリストを通して救われたその喜びが何物にも代えがたいというその表れだったのです。 先日も伺ったのですが、長男である息子さんがもう定年ま近ということで、「定年になったら献身して神学校に行く。」と言っておられました。「こうして本当にチュニスの救いがこんなに豊な実を結んでいるのだな。」と私は感動したことであります。 クンツ先生方の働きがあちらこちらに同じような実をさまざまな形で結んでいるのです。しかし、そういうことだけではなくして、悲しいことも経験しているのです。石岡と言うところに住んでいた時に、最初の赤ちゃんが未だ生まれて間もなかった。小さかったので夜集会に行く時にベッドに寝かせて集会に行った。 帰ってみたら、放火で家が焼かれていた。そして赤ちゃんが亡くなっていた。本当に悲しい辛い経験をしておられます。そんな時「如何ですか。」と訊きました。先生は言われたのです。「私たちは、そういうことでは日本の伝道そして日本人を愛するということ、私は挫けませんでした。日本への情熱は変わりませんでした。何故ならば、イエス様がこんな私のために十字架にかかって下さったという愛が変えがたい、そのことを通して私はもっと深く主の十字架の愛を知ったのでした。」 そのようにして40年間日本に宣教され、10年前にドイツに帰っていかれたのですが、それからの10年間、今度は先生自身のアルツハイマーという病気との戦いでありました。その病気との戦い、苦しみそこで奥様がその先生に本当に仕え尽くしておられたのです。その証しが感動、その証しが真珠のように光っておりました。「あー、どんな中にあっても、こうして輝ける、どんな中にあっても主を見上げて勝利できる人生がこのように有るんだなー。」感動したことでありました。 この先生方を初め多くの宣教師が日本にやってきて、そして日本人が主から離れていて、日本人がさまざまな偶像に捕らわれていて、日本人が聞く耳を持たないことに対して、彼らはどんなにか涙の祈りをしているでしょうか。どんなにか彼らは骨身を惜しまず、一人でも多くの人が主に立ち返るようにと真剣に祈りつつ取り組んでいるのです。 私たちも、私たちの教会もその涙の祈り、真剣な祈り、ネゲブの流れのように立ち返るように、この飯島、この公田、この栄区、この横浜、神奈川県そして日本の99%の人々が立ち返るようにと涙の祈りを捧げたいのであります。そしてその祈りは決して地に落ちることは無い。やがて必ず主はネゲブの流れのようにして、洪水のようにして、怒涛のようにして、この日本を救う時が必ず来る、それを信じて、期待して涙の祈りを続けていきたい。 今年主は贖われたものは帰ってくるとそう約束してくださいました。収穫の年だとそう約束してくださいました。ですから、私たちはそれを一人一人受け止めながら、一人一人どのような祈りを主の前に積むのか主が問われているような気がするのであります。真剣に主の前に出たいのであります。 続きまして、5節に目を移したいのであります。「涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。」とあります。「涙とともに種を蒔く」とあります。 ここにある涙、それは祈りの涙。先ず祈りの涙を覚えます。イエス様もエルサレムをご覧になって、涙の祈りを捧げられました。加護の無い群集がさまよっている姿を見て、涙の祈りを捧げられました。主の目はそのようにして、やがて十字架に付けてしまう群集でありましたが、敵となっていく群集でありましたが、全く聞く耳を持たない群集でありましたが、でもイエス様はその彼らの深い心の奥底にある叫びを見ていました。知っていました。 そして、そのために涙の祈りをされました。皆さん。皆さんの家族の中に、親戚の中に、友人の中に、知人の中にあなたの涙の祈りを必要とする人がいるのではないでしょうか。そこに目を留めたいと思います。 「種を蒔く」とこうあります。種蒔き、来年豊な実りのためには、今年与えられている食料の中からそれを取り分けなければ、来年の収穫を期待することは出来ません。そのためには、食べるべき物を制限する犠牲を払うことが求められます。そうでなければ収穫は期待できない。さー、そのように、あなたも霊の収穫のために払わなければならない犠牲、制限しなければならないあなたの姿勢が問われます。 皆さん、身近な人に霊の収穫を得るための種蒔きをするということは、決して簡単ではないことを知っていると思います。一番身近な家族に福音を伝えて、収穫を得ようとするときに、家族の者達はあなたの蒔く種を簡単に啄ばんでしまうでしょうか。それを跳ね返してしまうでしょうか。なかなか素直に聞いてくれないですよね。 聞いてくれない時に、あなたはそれをどう受け止めるでしょうか。「もういい。語らない。」簡単にそのような結論を出すでしょうか。それは涙の祈りではないですよね。聞く耳を持たない相手の問題以上に、あなたの語る言葉を聞こうとしない彼らが、聞くことの出来ないようになっている、それはあなた自身の有り方が問われている。 あなた自身の神の前にどれほどの祈りが詰まれているのか。あなた自身がどれほど砕かれているのか。あなたを通していのちが繋がれるほどにあなたの心が主の前に変えられているでしょうか、整えられているでしょうか。 あなたが真にキリストの香を放つことができるようになっていたならば、人は聞きます。人は受け止めます。ですから、問われるのはあなた自身、私たち、私自身です。私がどれほど自ら語るに値しない者かに涙しながら「主よ、こんな者です。しかしこんな者が救われたという恵みはどんなに大きいでしょうか。ですから、この者を扱って、この者を変えて、この者をいのちを流すことが出来る者、愛を伝えることの出来る者、聞く者の心を溶かすことの出来るような自らと変えてください。主よ。」と祈り、霊の取り扱いを頂いて、霊のいのちを流すことの出来る者に変えられたい。そこから刈り取りが与えられていく。 「涙とともに種を蒔く」その事が本当に深くしみ透っていった時に、やがて必ず、それは喜びの刈り取りとなっていく。ですから、主は私たちをいたずらにそうした厳しい中に置くのではなくして、一つ一つ主のご計画の中にあって、主のお取り扱いの中にあって、それを大きな恵みの中にあって本当に自分がいざ、人に主を証ししようとした時に、いかにそれに値しない者であるかを深く知ることの中で、初めて私たちは自分の自我の固さや、深さや、自分自身主の前に出来ていないその姿を深く知っています。 しかし、主はあわれみ豊なかたです。そんな私たちを絶対に無為にお取り扱いなさるお方ではないことを知ります。ですから主の前に砕かれたいのです。主の前にへりくだりたいのです。主はあなたの罪、私の罪、私の救いのためにあの十字架で苦しんでくださったのです。その主の愛を深く深く知ることの出来るときに、私たちは自ら自身を砕くことにおいて必ず自らをへりくだらせることが出来るように変えられていきます。 その涙の取り扱いもどんなに大切でしょうか。主はあなたを用いたいのです。あなたを主の香を放つことの出来る者、真珠のように本当に輝くことの出来る者と変えていきたいのです。 クンツ夫人を見ていた時に、その真珠の輝きを見ました。聞く者を主に近づかせないではいられない、そこに、本当にこの方の中にキリストが生きておられる、キリストが香っている、キリストが輝いている、そう思わずにはおられなかった。そこには涙がありましたけれど、でもそれはやがて素晴らしい主の祝福、栄光に変えられていく、そこの大切な過程。 今日、お互い一人一人も主は期待してくださっています。あなたを通してあなたの家族が、あなたを通してあなたの友人知人達が救われなければならない、滅びの中に今向かっているのです。聞く耳を持たない彼らは、実は、あなた以上に苦しんでいるのです。救いを求めているのです。 救われなければいけない大切な大切な魂です。ほっといてはならない大事な魂です。ですから「なるようになればいい。」と言ってやり過ごすことを決してしてはならない大切な問題です。お互いに主の前に出て主の取り扱いを頂いて恵みを深く体験出来る者とさせていただきたいのであります。 この一年を通して一人一人が本当に主の豊な恵みを頂くことが出来るようになお真剣に歩んでいきたいのであります。 お祈りを致します。 感謝し尊いイエス・キリストの御名によってお祈り致します。アーメン! |