清水 潔著作のページ


1958年東京都生、フォトジャーナリスト。写真専門学校の報道写真科を卒業、新聞社の写真部に所属。その後フリーランスを経て 「FOCUS」のカメラマン、後同誌記者に転じる。2013年12月現在は、日本テレビ報道記者・解説委員。「FOCUS」在籍時に連載「交通大戦争」にて警視総監感謝状、遺言−桶川ストーカー殺人事件の深層−」にて日本JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞ならびに「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞。また、北関東連続幼女誘拐事件報道および足利事件の冤罪キャンペーン報道にて「日本民間放送連盟最優秀賞」および「同テレビ報道番組優秀賞」「ギャラクシー賞」「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」等を受賞。2014年「殺人犯はそこにいる」にて第13回新潮ドキュメント賞、日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。


1.
遺言−桶川ストーカー殺人事件の深層−

2.殺人犯はそこにいる

3.騙されてたまるか

4.「南京事件」を調査せよ

 


   

1.
「遺 言−桶川ストーカー殺人事件の深層−」 ★★★


遺言画像

2000年10月
新潮社刊

(1400円+税)

2004年06月
新潮文庫化



2000/10/29



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1999年10月26日桶川駅前において女子大生・猪野詩織さん(21歳)の殺害事件が発生します。雑誌FOCUS 記者の清水さんは通常どおりの取材を始めますが、思わぬところから深みにはまり、遂には実行犯の確定・立寄り先を発見する迄に至ります。
警察を差し置いて一介の雑誌記者がそれをし遂げるということは、驚き以外の何者でもありませんが、何が清水さんをそこまでにかきたてたのか、そこのこの事件の深層、本書の重みがあります。

清水さんは、詩織さんの友人から「私が殺されたら犯人は小松」というメッセージを聞き出します。一市民である被害者が予めその犯人を予告していた、その異常性に清水さんは絶句します。事実の究明に走り出した清水さんは、いつしか取材の域を越え“捜査”の領域に踏み込んでいきます。その奮闘振り、執念は、サスペンス小説を遥かに凌駕し、現実のことだけに圧倒されずにはいられません。何故一介の記者がここまで行動するのか。詩織さんの遺言を彼が受け継いだから、と言う他ありません。
実行犯を追い詰めた時、清水さんには次の疑問が浮かびます。警察は真剣に捜査をしているのか、むしろ犯人逮捕を避けているのではないか、ということ。そこに「詩織は小松と警察に殺されたんです」という友人の言葉が甦ってきます。

清水さんの闘いの相手は、犯人グループだけでなく、上尾警察署、さらにマスコミへと拡がります。上尾警察署の失態を清水さんが告発しても、何故他のマスコミはその真実を究明しようとしないのか。詩織さん一家の孤独な闘いは、そのまま清水さんと仲間たちの孤軍奮闘にそのまま継承されているかのようです。
本書は、一介の雑誌記者が殺人事件の犯人究明を果たした経緯というだけでも圧倒される記録ですが、それに留まらず、警察、マスコミの姿勢を問うたという点でとても重みある一冊です。
桶川事件は決して他人事ではない、という意味で、是非読むことをお薦めしたい本です。

※本書後の経過を知るには、併せて桶川女子大生ストーカー殺人事件を読むことをお薦めします。

1.発生/2.遺言/3.特定/4.捜索/5.逮捕/6.成果/7.摩擦/8.終着/9.波紋

末尾ながら謹んで猪野詩織さんのご冥福をお祈りします。

   

2.
「殺人犯はそこにいる−隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件− ★★★
                 新潮ドキュメント賞・日本推理作家協会賞


殺人犯はそこにいる画像

2013年12月
新潮社刊

(1600円+税)

2016年06月
新潮文庫化



2014/10/07



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刊行時に読み損ね、いずれ読もうと思いつつ今日に至ってしまいました。今さら言うまでもなく、ニュースやTV報道で注目された、DNA鑑定の誤りが決定的な自由となって再審・無罪となった菅谷さんの事件をめぐるドキュメント。誰も注目していなかった頃から単独で掘り下げ、ついに無罪確定まで導いた日本テレビ記者=清水潔氏による迫真の記録です。

読む前と実際に読んでから本書に対する印象が変わったのは、本書が単に特定の事件を追ったのではなく(実際にそうした面があるのは事実にしろ)、警察・検察という公権力が一人の人間を犯人と決め付けてしまうことの恐ろしさです。
思い込み、決めつけ。一旦そうと決めつけたら、それに反する証言は全ていい加減な証言、いくらでもあるとして斥け、強引に犯行ストーリィを作り上げてしまう姿勢。犯人でないのに自供する訳がない、と第三者が口で言うのは簡単ですが、ごく普通の大人しい人間が一日中嵩にかかって責め立てられたら、その場しのぎの気持に追い込まれどんなことを口にしてしまうか判らない、そうした恐ろしさです。

民間人ならいざ知らず、強力な公権力と組織力を備えた相手。その相手が、自分たちの身を守ろうとした時にどれだけ相手を踏みつけにするものか、それは犯人に仕立て上げられた菅谷さんだけでなく、被害者である幼女の遺族たちに対しても何ら変わりません。本事件における警察・検察の対応パターンは、桶川事件に共通するもの、という清水さんの記述は衝撃的でした。
本書の中でも桶川事件取材の経緯が簡単に述べられていますが、それは自慢でもなんでもなく、本冤罪事件との共通性を浮かび上がらせるものでした。
それにしても何の根拠もない時点から、事件解決の内容に疑問を感じて単独取材を繰り返し、ついに警察・検察の否定的な姿勢を揺り動かすに至ったその取材行動には、桶川事件の時と同様に圧倒されるばかりです。

捜査の過程で警察は、状況証拠や自供を作り上げてしまったというだけでなく、貴重な証言等々まで勝手に葬り去っていた。さらに菅谷さん無罪判決の後は、警察・検察を守るために事件の鎮静化を図り、真犯人を見つけて欲しいという遺族の願いを無視するに至る。彼らの姿はまさに、表情を一変させた時の公権力の恐ろしさをまざまざと見せつけています。
本書は、いつ何時そんな状況が降って湧いても不思議ない、普通の人に対する警告の書、と受け止めたいと思います。

小説を超える迫真性を備えたドキュメント、お薦め!

まえがき/1.動機/2.現場/3.受託/4.決断/5.報道/6.成果/7.追跡/8.混線/9.激震/10.峠道/11.警鐘/あとがき

    

3.
「騙されてたまるか−調査報道の裏側− ★★


騙されてたまるか

2015年07月
新潮新書刊
(780円+税)



2015/08/06



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“調査報道”、聞き慣れない言葉ですけれど、要は当事者から発表された内容に基づくのではなく、記者が自ら調べ判断したことに基づいて報道する、ということだそうです。
そう言葉だけで説明されるともうひとつピンときませんが、清水さんの既著
遺言」「殺人犯はそこにいるを思い出せば、あぁそのことかと得心が行きます。

何故わざわざ“調査報道”を提唱するかと言えば、その対極にある当事者から発表された内容に基づいて報道した中で、何度も事実を隠され悔しい思いをし、また誤った報道をしたことに対する悔いがあるからなのでしょう。
自責の念、また怒りの念があるから「騙されてたまるか」という清水さんの強い思いが生まれ、その結果として“調査報道”と今や言われる取材行動に繋がったということと思います。

新書版という薄い一冊ですが、実際に起きた幾つもの事件を取上げて語られていますので、ついつい引き込まれ、怒りを覚えてしまうこと幾度もあります。
単に報道されたことを丸呑みするのではなく、本当なのかと疑問を抱く大切さを感じざるを得ません。
その点、気軽に手にとれる本書は貴重な一冊です。そして本書を読んだ後、さらに「遺言」「殺人犯はそこにいる」を読んでもらえると嬉しく思います。
サスペンス小説等で描かれること以上に酷なことが、現実には起きているのです。お薦め。

※公権力側があっさり説明する裏側にどんな事実が隠されているのか、本書を読むとその恐ろしさに気づきます。
ちなみに安倍政権による安保法制改定、簡単に「大丈夫」「心配いりません」と言われるからこそかえって、説明を鵜呑みにすると危ないと、騙しという危うさを感じてしまうのです。


はじめに/1.騙されてたまるか/2.歪められた真実(桶川ストーカー事件)/3.調査報道というスタイル/4.おかしいものは、おかしい(冤罪・足利事件)/5.調査報道はなぜ必要か/6.現場は思考を超越する/7.「小さな声」を聞け/8."裏取り"が生命線/9.謎を解く/10.誰がために時効はあるのか/11.直当たり/12.命すら奪った発表報道/おわりに

            

4.
「「南京事件」を調査せよ mission 70th ★★


「南京事件」を調査せよ

2016年08月
文芸春秋刊
(1500円+税)

2017年12月
文春文庫化



2016/09/19



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「南京事件」というと私にとっては、中国は誇張的に大虐殺と宣伝し、反対に日本政府等は捏造と主張する、事実かどうか見極め難い歴史的事件、というもの。
とは言いつつその南京事件についてきちんと書かれた本を読んだこともなかったので、考えてみるのに格好の機会と本書を読んだ次第です。
本書は、戦後70年記念として2015年10月 4日に放送された
日テレ「NNNドキュメント−南京事件 兵士たちの遺言」で語り切れなかった内容をまとめて書籍化した一冊とのこと。

ただ、今更清水さんが取材したからといって、(これまでの犯罪事件取材と異なり)確定的な事実が明らかになる訳ではありません。そもそも事実を隠滅しようという動きも未だ否定できないのですから。
それでも清水さんが取り上げた
小野賢二「南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち」に収録された兵士たちの日記、メモ等や一部の写真を見る限り、何らかの虐殺が行われていただろうことは否定できないと思います。
また、当時の日本軍部の姿勢−朝鮮や中国の人たちを劣等国民として見下し、また自国の兵隊たちさえまるで消耗品のよう扱っていたその姿勢を思うと、「そんな非道なことを日本人がするはずはない」という反論は虚ろに感じられます。

清水さんも本書中で語っていますが、「なかった」と断言する側の方が余っ程疑わしい。「はっきりした証拠がない」「証言者がいない」からといってそれは「なかった」という証明にはならないのですから。むしろ責任逃れするための詭弁のように聞こえます。
また、安倍首相の「戦後70年談話」についても本書で言及されていますが、大切なことは「謝罪を続ける宿命」の問題より、過去に起きた事件を記憶に留め、同様の過ちを二度と繰り返さないこと、その決意を忘れないことでしょう。
本書の意義は、そのことを再確認することにある、と言って間違いないと思います。


まえがき/1.悪魔の証明/2.陣中日記/3.揚子江の惨劇/4.兵士たちの遺言/5.旅順へ/終章.長い旅の終着/あとがき

  


 

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