光森忠勝著作のページ


1943年満州・安東市生、終戦前に大分県に引き揚げる。慶應義塾大学法学部卒。週刊誌記者を経てフリー。

 


 

●「市川猿之助 傾き(かぶき)一代」● ★★




2010年03月
新潮社刊

(1800円+税)

 

2010/04/11

 

amazon.co.jp

宙乗りや早替わり等の“ケレン(外連)”歌舞伎の復活、さらには“スーパー歌舞伎”の創造等により、古典的芸能といった観ある歌舞伎とは一線を画した活躍で一世を風靡した、三代目市川猿之助の、スーパー歌舞伎〜オペラ演出へと挑戦し続けた経緯を詳細に語った一冊。

本書を読むと、批判も受ける一方で注目も集め続けた市川猿之助という歌舞伎役者のことが、よく判ります。(今更ながらという気もしますが)
歌舞伎としてどうなのかという点は別にして、素晴らしいと思うのは、その飽くことなき挑戦の精神、気構えでしょう。
現状に留まることを良しとせず、常に新しいことへの挑戦を続ける、それでいて古典を軽視しているのではなく、きちんとそれを踏まえた上で挑戦を試みている、ということ。
「歌舞伎であって歌舞伎を超える舞台」として斬新な手法を導入した演出を行っても、“スーパー歌舞伎”と唱え歌舞伎であることを明確にしているのは、歌舞伎の本質をつかんで離していないという自信でしょうし、畑違いのオペラ演出にしても、音楽+芝居という点で歌舞伎と共通するものを見出しているからこそであって、無闇に手を出している訳ではない、と言います。

新しいものへの挑戦というと聞こえが良いですが、誰でもそう唱えながら大抵は中途半端に終わってしまうその原因は、基本的に楽をしたいという気持ちがどこかに混ざるから。
その点、本書で語られる市川猿之助には、楽をしようなどという発想がない。だからこそ、スーパー歌舞伎もオペラ演出もやり遂げることができたのだろうと感心するばかり。
「ヤマトタケル」にしろ「オグリ」「八犬伝」にしろ、膨大な長さの原作を大幅にカットし、4時間程度の演目にまとめあげる等、新しい舞台の創造は並大抵の苦労ではないと思うのですが、その苦労を厭わないところが凄いと思うのです。)
役者以上に演出家としての才能が凄いと思いますし、かつ自身役者であることが演出する上でも生きる、という点が猿之助さんの強みなのでしょう。

本書は、市川猿之助が演じ、演出してきた舞台の裏側を詳細に語るに留まらず、仕事に対する取り組み姿勢というものを深く考えさせられる一冊。その点でも読む意味あり。

序幕/スーパー歌舞伎への挑戦/オペラへの挑戦/伝統への挑戦/大詰(あとがき)

   


  

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