松田忠徳著作のページ


1949年北海道洞爺湖温泉生、東京外国語大学大学院(モンゴル文学専攻)修了。旅行作家・札幌国際大学観光学部教授(温泉文化論)。

 


 

●「江戸の温泉学」● ★☆




2007年05月
新潮選書刊

(1200円+税)

 

2007/06/19

 

amazon.co.jp

日本人なら大抵の人は温泉好きな筈。
その当然と思ってきた温泉、いったい何時から皆が愛好するものになったのか、実は考えてみたこともありませんでした。そのぐらい、日本人にとっては至極当然なことと思ってきたので。

本書によると温泉文化が花開いたのは江戸時代になってから。それも徳川家康熱海湯治を好んだため、とのことです。
大名も、好きものは参勤交代中にわざわざ遠回りして名湯に浸かることを楽しみにしていたと読むとなにやら微笑ましい。
それからどのように温泉文化が栄え、温泉学がどのように発展したのか。本書はその経緯を語った案内書です。

日本における科学的な温泉療法の創始者は、京都の古方医学の大家・後藤良山。その良山の弟子であり、江戸中期から後期にかけて名医として知られた香川修徳(1683〜1755)が我が国初の温泉医学書を著し、有馬温泉に代わって城崎温泉を日本一の温泉と評価したことから温泉ブームが広まったとのこと。
値段の高い漢方医薬より温泉湯治の方が割安、というのが人気の理由という。本書ではとくに指摘されていませんが、社会が安定し、安心して旅ができるようになったという背後事情も大きいと思う。
後藤良山と香川修徳に続き、柘植龍洲、宇田川榕菴という医学者が温泉学の発展に力を尽くしたことも大きいといいます。
こうして実証的な温泉学の研究を読んでいると、鎖国をして西欧社会と切り離されていたとはいうものの、科学的研究という面で日本が少しも西欧諸国に引けをとらなかったことを感じます。
不妊治療のため、温泉で子宮内を洗浄し温める器具が考案されていたなど、流石に驚きました。

それなのに敗戦後、対症療法的な西欧医学が絶対視され、温泉学は民間療法的な地位に甘んじさせられてきた。著者の松田さんが嘆くのはそのところ。
「西欧医学は体を治し、東洋医学は心と体を直す」 だからこそ温泉学はもっと尊重されて然るべしと松田さんは説きます。
本書を読んで、格別に温泉に関する薀蓄が身に付く訳でも温泉が大好きになる訳でもありませんが、少なくとも温泉の効用を改めて見直す気分にはなる筈。
本書を読んでから、さぁ温泉にでも行ってみようか、と思うのも一興だと思います。

将軍様と熱海温泉/江戸の温泉ブーム/江戸温泉物語/温泉医学の祖、後藤良山/その後の江戸の温泉事情/江戸の温泉学の結実/温泉の原点、湯治/温泉化学の勃興と敗北/近代化する温泉/失われゆく温泉学

 


  

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