秋尾沙戸子
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愛知県名古屋市生、東京女子大学文理学部英米文学科卒、上智大学大学院博士後期課程満期退学。サントリー宣伝部勤務を経てテレビキャスター。その傍ら「民主化」をテーマに旧東欧・ソ連やアジアの国々を歩き、ジョージタウン大学大学院外交研究フェローとしてワシントンに滞在したのを機に占領研究を始める。2000年「運命の長女:スカルノの娘メガワティの半生」にて第12回アジア太平洋賞特別賞、10年「ワシントンハイツ」にて第58回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。
  
1.
ワシントンハイツ

2.
スウィング・ジャパン

 


   

1.

●「ワシントンハイツ−GHQが東京に刻んだ戦後− ★★☆
  
                    日本エッセイスト・クラブ賞


ワシントンハイツ画像

2010年07月
新潮社刊
(1900円+税)

2011年08月
新潮文庫化



2010/09/02



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“ワシントンハイツ”とは、敗戦後の日本に駐留した米軍兵士とその家族のために設けられた一大米軍施設=米軍住宅群。
単に米軍用の住宅地というだけに留まらず、戦後日本に米国文化を浸透させる起点ともなった場所。それは偶々の結果ではなく、米国の日本に対する政略でもあった、と本書は語ります。

決して日本の戦後史の中の一風景を語っただけの著書ではないことが、冒頭、米国が戦争に勝利するために日本本土をどう攻撃すればよいか周到に研究されていた事実が語られます。
戦時中、陸軍代々木練兵場であった広大な敷地が、駐留米軍のための住宅用地として収用され、そこに出現したのが本書で語られる“ワシントンハイツ”。
そして、東京オリンピックの直前にその土地は返却され、オリンピック選手村となり、その後現在の代々木公園等々になった、というのがその歴史の流れ。

戦後日本は何故ここまで米国文化に傾倒したのか、というのは、私がこれまで生きてきた中で幾度か問わずにはいられなかった問題ですが、その答えは本書の中にあります。
確かに当時、米国文化にはそれだけの輝くような魅力が溢れ、ワシントンハイツがそれを日本に浸透させる具体例として大きく機能した、ということが本書を読むとよく実感できます。

実際、戦後の経済および社会発展目覚ましかった日本において目覚ましい活躍を見せた人たちが、そうした活躍ができたのも、何らかの形でワシントンハイツに象徴される米国文化に刺激を受けたからだということは、肯定せざるを得ないこと。
その中で、人気芸能プロダクションであるジャニーズ事務所の原点までそこにあったとは、驚くばかりです。

良い面、悪い面、各々あったことでしょう。それでも、米国文化を日本社会にもたらすのにこのワシントンハイツの存在が大きな効果をもたらしたことは、米国側にとっても日本側にとっても歴史的な事実として認識しておくべきことではないかと思います。
これまで戦争、戦後の占領という軍事・政治的な影響面には一応知識をもっていましたが、こうした日常生活への影響という歴史的側面については思い及びませんでした。

本書の中で、互いに影響を受け合った米国人、日本人それぞれの姿が生き生きと描かれているのが印象的。
そうした歴史的事実を見事にまとめた本書は、戦後史の一つとして価値ある一冊と思います。 是非お薦め。

※何故日本への駐留は成功し、イラクでは失敗したのか。本書をきっかけにその違いを考えてみるのも、興味深い。

          

2.

●「スウィング・ジャパン−日系米軍兵ジミーアラキと占領の記憶− ★★☆


スウィング・ジャパン画像

2012年07月
新潮社刊
(1800円+税)



2012/08/12



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米国の日系二世に視点を当て、太平洋戦争前後を語ったノンフィクションの逸品。

ワシントンハイツが駐留米軍に視点を当て戦後占領下の日本を描いた傑作であったのに対し、本書は一個人を通しながらも同時に日系二世という人々のことも描き出したノンフィクション。
その対象となったのは、
ジミー荒木氏。日系二世として生まれ、一時家族とともに日本に帰国して日本で暮らした経緯もあるとはいえ、やはりれっきとした米国市民、日系二世の一人です。
第1〜3章は、太平洋戦争勃発により米国の日系人たちがどんな状況に置かれたのかを描いた章。
それに次ぐ2章は、ジミー荒木が戦後駐留米軍の兵士として来日し、日本におけるジャズの隆盛に大きな役割を果たした様子を描いた章。
日本のジャズ奏者たちのために、自らジャズ曲の作曲・編曲まで行ったというのですから、その才能ぶりには舌を巻きます。
そのジミーがジャズ演奏を学んだのは収容所内だったというのですから、興味深いという以上に信じ難い思い。
そしてその才能はというと、日本、米国を問わずプロ演奏家としてやっていけただろうというのですから、凄い。
それなのに、米国に帰国すると改めて大学に入学し、中世日本文学の研究者となり、幸若舞の研究で多大な功績を残したというのですから、唖然とする他ありません。

文字通り、日米の橋渡し役として生き、むしろ晩年には日本的な思考に立ち返ったとも言える人生。
日系二世〜ジャズ〜中世日本文学と、その軌跡における変化の大きさは、小説に負けない面白さを有しています。
また、ジャズ、文学の両面において日本のそうそうたる人物らとも親しく交わっていたという辺りには、思わず興奮してしまいます。
読み応え十分なノンフィクションの逸品。お薦めです。

プロローグ/1.鉄柵の中の「日本人村」/2.ハリウッドへの道/3.米陸軍日本語学校/4.オキュパイド・ジャパン/5.ジャズと軍務と文学と/6.うずき始めた傷口/エピローグ

    


     

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