柚月裕子(ゆづきゆうこ)作品のページ


1968年岩手県生、山形県在住。2008年「臨床真理」にて第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し作家デビュー。13年「検事の本懐」にて第15回大藪春彦賞、16年「孤狼の血」にて第69回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門を受賞。


1.最後の証人

2.
検事の本懐

3.あしたの君へ

4.合理的にあり得ない

5.検事の信義

6.ミカエルの鼓動

7.教誨

8.合理的にあり得ない2 

9.風に立つ
 

 


                  

1.
「最後の証人 The Last Witness ★★


最後の証人

2010年05月
宝島社

(1400円+税)

2011年06月
宝島社文庫

2018年06月
角川文庫


2019/05/26


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“佐方貞人”シリーズ第一作。
主人公の佐方は既に検事を辞めていて、刑事専門の弁護士。
でも儲かってはいない。何故なら、報酬の多寡よりも事件が面白いかどうかで引き受けるから。

検事時代を描いたシリーズ続刊を読んでいて何やら腑に落ちていなかった事々、それが本作を読めば明らかになるという点で、やはりシリーズの原点といって良い作品です。
まぁ、私が本作を読まないまま続刊に手を出していた、という所為なのですが。

男女関係の縺れから、密会場所であったホテルの一室で殺人事件が発生。
しかし、容疑者は無罪を主張。物的証拠も状況証拠も揃い、佐方の後輩とも言うべき若い女性検事の
庄司真生が絶対の自信を持つ中、何故佐方は弁護を引き受けたのか。
そして事件の真相は・・・。

読者が予想した以上の仕掛けを何層にも巡らせ、あっと驚かされるストーリィでしたけれど、ヤラレタ!という思いがそのまま感動に繋がるかというと、率直に言ってそこまでには至らず。

それでも、今後の佐方貞人の活躍を十分予想させてくれる作品になっていました。
佐方シリーズ、検事時代が終われば弁護士時代に引き継がれて続くのでしょうか。そうであって欲しいと期待します。
夜間の法科大学院に通う佐方事務所の事務員=
小坂千尋にもまた会いたいですし。

プロローグ/公判初日/公判二日目/公判三日目/判決/エピローグ

           

2.
「検事の本懐 ★★          大藪春彦賞


検事の本懐

2011年11月
宝島社

(1429円+税)

2018年07月
角川文庫



2016/09/10



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久し振りに堪能した法曹ミステリ。
柚月裕子作品、以前から一応知ってはいたのでもっと早く読めばよかったと思う処なのですが、それはそれでいろいろ経緯もあった訳で今頃になってではあっても読めたことは満足です。

長編
「最後の証人」でヤメ検弁護士として登場した佐方貞人シリーズの2冊目。時代は遡り、検事時代の佐方が関わった事件を描いた短篇集。
シリーズものミステリが魅力的かどうかは、主人公のキャラクターにかかっています。結果的に、佐方という人物を知るには本作から読んだ方が良いのかも、と思う次第です。
その佐方、外見はぼさぼさ頭によれよれのシャツ、スーツとまるでだらしないもの。でも、あいつは
「事件を起こす人間を見るんです」と検察の上司らから評価されている。

「樹を見る」は、連続放火魔事件。捕まった犯人はその中の1件だけは自分ではないと否定。その真相は・・・。
「罪を押す」は、常習窃盗犯が出所直後に起こした事件。でも佐方は何故か捜査に時間を掛ける・・・それは何故か。
「恩を返す」は、高校時代の同窓生からの個人的な依頼。結婚間近だが現職警察官から強請られているという・・・。
「拳を握る」は、国会議員の贈収賄事件。特捜本部に各地から検事・事務官が応援に駆り出されます。大事なのは検察の威信か、それとも真実か・・・。
「本懐を知る」の主役は、業務上横領罪で逮捕され獄中で病死した元弁護士=佐方貞夫の父親である佐方陽世の事件を、14年後の今になって雑誌ライターが調べ始めるという篇。

各篇のドラマそのものにも引き込まれるのですが、その一方で本来の主役である佐方貞人を立体的に描き出す、という2重構造に読み応えがあります。
各篇、第三者の目から佐方貞人を描き出すという形を取っていると同時に、順次その過去に遡っていくという手法によりその生い立ちを語るという、佐方貞人自身をミステリに対象に据えたような巧妙な趣向。
2重、3重にも楽しめる連作ミステリに成っていて、お見事。
 
1.樹を見る/2.罪を押す/3.恩を返す/4.拳を握る/5.本懐を知る

   

3.
「あしたの君へ ★★


あしたの君へ

2016年07月
文芸春秋
(1500円+税)

2019年11月
文春文庫



2016/08/30



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裁判所職員採用試験に合格して家裁調査官に採用されると、2年間にわたる合同研修〜実務修習を受けるそうです。その間の身分は「家裁調査官補」、通称“カンポちゃん”と呼ばれるのだそうです。
本書は、2人の同期生と共に九州の福森家裁に配属されたカンポちゃん=
望月大地を主人公に、大地が扱った4つ事件とそれらを通じて大地が成長していく姿を描いた連作風長編ストーリィ。

家裁が取り扱う事件となると、少年事件と家事事件(家庭に関する事件)。
修習生である故に初めて取り扱う事件に戸惑うことも、自分は家裁調査官に向いていないのではないかと悩むことも度々。
それでも先輩調査官の温かいアドバイス、あるいは手厳しい指導を受けながら真剣に事件に向き合う内、事件解決に繋がる隠されていた事実が浮かび上がってくるという展開。
隠されていた事実を探り問題点を明らかにしていくという展開はミステリ風のところがあります。
しかし、本書の読み処は真相解明にあるのではなく、事件の当事者らが抱えていた問題を明らかにし、少しでも彼らの助けになろうとする家裁調査官の役割を描くところにあると思います。

家裁調査官という見慣れぬ職業に視点を置いたところが新鮮。
そして、彼ら家裁調査官の厳しくも温かい眼差しに救いを覚える気がします。

「背負う者」:17歳の少女は何故窃盗犯罪に手を染めたのか。
「抱かれる者」:何故少年はストーカー犯罪を起こしたのか。
「縋る者」 :離婚して親権争い中の同級生、彼女の支えは?
「責める者」:何故彼女は離婚を決意したのか?
「迷う者」 :親権争いの対象者である少年の思いは?

1.背負う者(17歳 友里)/2.抱かれる者(16歳 潤)/3.縋る者(23歳 理沙)/4.責める者(35歳 可南子)/5.迷う者(17歳 悠真)

               

4.

「合理的にあり得ない−上水流(かみづる)涼子の解明− ★☆


合理的にあり得ない

2017年02月
講談社

(1500円+税)

2020年05月
講談社文庫



2017/03/11



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罠にはめられて弁護士資格を剥奪された美貌の元弁護士、上水流涼子が活躍する連作エンターテインメント。
弁護士時代に受けていた表仕事と逆に、表にはできない依頼事を引き受ける、というのが涼子の新しい仕事(ただし、「殺し」と「傷害」以外)。

元弁護士が主人公であるからには法律絡みの巧妙な仕掛けと迫真の攻防がある筈と思い込み期待したのですが、結果からいうと、期待外れ。
涼子の美貌と度胸、助手である
貴山伸彦の IQ140という天才的な頭脳でターゲットを罠にはめ、依頼人の望みを果たす訳ですが、それだけに留まるという印象です。
したがって、逆転の痛快さも、仕掛けにおける面白さも、今ひとつという処です。

・「確率的にあり得ない」は、予知能力を謳う詐欺師との対決。
・「合理的にあり得ない」は、資産家夫人を騙して金を巻き上げている霊能力者の正体は?
「戦術的にあり得ない」は、暴力団組長の賭け将棋に<上水流エージェンシー>が巻き込まれます。
・「心情的にあり得ない」は、涼子を罠にはめ弁護士資格を剥奪せしめた人物から何と仕事の依頼が・・・。
「心理的にあり得ない」は、野球賭博に絡む詐欺。

気軽に楽しめる犯罪ものエンターテインメントではあります。

確率的にあり得ない/合理的にあり得ない/戦術的にあり得ない/心情的にあり得ない/心理的にあり得ない

            

5.
「検事の信義 The Public Prosecutor's Faith ★☆


検事の信義

2019年04月
角川書店

(1500円+税)



2019/05/18



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“佐方貞人”シリーズ4作目。
舞台は引き続き
米崎地方検察庁公判部。佐方は任官5年目という設定です。

キャラクター像は変わらず。
検事としての信義は
“罪をまっとうに裁かせること”
それこそ検事の本分であり、とくに問題になることはないと思う処ですが、検察の威信、面目を最重要とするベテラン検事らと対立することも度々。それでも佐方は、検察の面目より真実を明らかにすることこそ大事と何ら気に掛けません。
そんな佐方を支えるのは、佐方の上司である
公判部の副部長=筒井義雄。検事としての佐方を高く買い、その思い切った行動を後押しします。
もう一人は
担当事務官の増田陽二。佐方の行動ぶりに、検察庁内部での立場が悪くなるのではと心配しながら、その洞察力に感嘆するのが常。本巻でもこの増田事務官が語り手となります。

本巻も短編連作。
「裁きを望む」:住居侵入および窃盗罪で起訴された庶子の被告、アリバイがありながら何故公判までその事実を主張しなかったのか。
「恨みを刻む」:昔馴染みの男がまたもや覚せい剤所持と警察に通報したスナックのママ。そこに隠された事情は?
「正義を質す」:宮島の高級旅館一泊に誘って来た修習生同期の検察官。嘘をついてまで佐方を誘ってきた木浦の目的は?
「信義を守る」:認知症の母親を殺害した容疑で逮捕された息子。その事実関係に疑問を抱いた佐方が母子の事実関係を自ら調査すると、道塚昌平の供述と事実はことごとく相違する。何故昌平は嘘の供述をしたのか。この事件において佐方、刑事部のベテラン検事と対立。増田が佐方の立場をしきりに心配します。

なお、佐方貞人のヘビースモーカーぶりは相変わらずですが、最近の時勢からすると違和感があるなぁ。


裁きを望む/恨みを刻む/正義を質す/信義を守る

              

6.
「ミカエルの鼓動 The Justice of St.Michael ★☆


ミカエルの鼓動

2021年10月
文芸春秋

(1700円+税)



2021/11/08



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手術支援ロボット<ミカエル>を巡る医療サスペンス。

主人公の
西條泰己は、北海道中央大学病院の循環器第二外科科長の職にあり、<ミカエル>支援下手術の第一人者と評価される外科医。
しかし、<ミカエル>による手術で北中大病院の勢力拡大を目論んでいた
病院長=曽我部は何故か、ドイツの専門病院で高い評価を得ていた心臓外科医=真木一義を循環器第一外科科長に招聘する。一体、曽我部は何を企んでいるのか。

折しも、先天性心疾患を克服したものの再び「僧帽弁閉鎖不全症」という病状を起こした少年=
白石航(わたる)・12歳の手術依頼が北中大病院に寄せられるが、ミカエルによる手術で対応するかどうかを巡り、真木と西條は対立することになります。
さて、その結果は・・・。

一方、<ミカエル>には欠陥があると主張するフリー記者が西條の前に現れ、さらに西條と共に<ミカエル>による手術を推進していた若手医師について、手術ミス〜辞職〜自害という知らせが西條の元にもたらされます。
一体、<ミカエル>にどんな問題があったのか。

あたかも手術支援ロボットの利用にかかる是非、危険の有無、といった展開になっていますが、外科手術におけるロボット技術の利用を否定するべきではないでしょう。患者、外科医双方にとってプラスであれば肯定すべき、それでも技術の向上という課題は常に残されている、と言うべきなのでしょう。

西條医師が、自分の功績作りに惑わされず、医師本来の責任を見失うことのなかったことが救いです。
医療の実施者という点で、西條や真木だけでなく、看護師等にも誠実かどうかを問う部分があり、評価したいと思う処です。

ただし、ストーリィとしては余計な部分があるようにも感じられます。


プロローグ/第1章〜第9章/エピローグ

                 

7.
「教 誨(きょうかい) ★☆


教誨

2022年11月
小学館

(1600円+税)



2023/01/07



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自分の娘を含む幼女2人を殺害した罪で死刑判決を受け、ついに執行された三原響子(享年38歳)。
その響子が最後に遺した言葉は、
「約束は守ったよ。褒めて」というものだった。

両親も既に死去し、三原家の誰も引き受けようとしない中、身柄引受人に指名されたのは、響子の遠縁に過ぎない、
吉沢香純と母の静江だった。
東京拘置所へ趣き、響子の遺骨と遺品を受け取った香純は、響子が遺した最後の言葉が気になってしまう。
そして、響子の遺骨を三原家の菩提寺におさめてもらおうと青森県相野町へ赴きます。
そこで、三原家を初めとする町民たちから響子が蛇蝎の如く憎まれているのを知った香純は、真の響子像を知りたいと、響子たち家族のことを知る関係者に話を聞いて回ります。

それらの話から、事件の表に語られなかった、響子の悲惨な半生が浮かび上がってきます。
香純がついに知ることとなった、隠された真実とは・・・。

とはいえ、響子が2人の幼女を殺害した事実も、既に響子が刑死した事実も変わりませんから、ある意味、珍しい趣向のミステリと言えます。

香純の行動の一方で、刑務所内の響子の状況が語られます。
死刑囚の日々がどういうものであるか、その点に興味は惹かれるものの、結末は本当に響子を救うものであったのかどうか、得心しきれずにいる、というのが正直な処です。
もっとも、子供の頃に一度だけとはいえ、自分と会ったことのある香純が、真実を知ろうとしてくれたことは、響子にとって救いとなったことだろうと思います。


プロローグ/第1章〜第5章/エピローグ

              

8.

「合理的にあり得ない2−上水流(かみづる)涼子の究明− ★☆


合理的にあり得ない2

2023年03月
講談社

(1600円+税)



2023/05/05



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シリーズ第2弾。
裏ありで問題だらけの依頼を、元弁護士の
上流水涼子と IC140の天才=貴山伸彦のコンビが鮮やかに裁いて見せるエンターテインメント。

なお、前作に比べると今回は、割と単純な展開に終始したようです。
「物理的にありえない」
 関西空港に到着した輸入荷物を積んだ車が行方不明になった。その車を見つけてほしい、との依頼。
気になるのは、その車に積んだ荷は何か?
「倫理的にあり得ない」
 10年前に離婚した元夫から息子の親権を何としでも取り戻して欲しいとの依頼。しかし、何故今頃になってからなのか。
依頼人が隠している秘密は何か?
「立場的にあり得ない」
 
丹波刑事からの依頼。組対部長の娘が摂食障害かつ自傷行為で入院中。何故そうなったのか、理由を調べて欲しいとのこと。

依頼を受けての問題解決ストーリィ。それなりに楽しませてもらいましたが、気になるのは上流水と貴山の奮闘にも関わらず、それらに見合った報酬が得られていないらしいこと。
これでは早晩立ち行かなくなるのではないかと、他人事ながら心配になります。


物理的にあり得ない/倫理的にあり得ない/立場的にあり得ない

               

9.
「風に立つ ★★


風に立つ

2024年01月
中央公論社

(1800円+税)



2024/02/11



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小原悟は38歳、独身、盛岡で南部鉄器工房<清嘉>を営む父親の孝雄と一緒に働いている。父子の他には、ベテラン職人の林健司とその時々のバイトという小さな工房。
父親は不器用で、しかも無口。悟には、子供の頃から父親に可愛がられたという記憶がなく、父親という人間が今も分からずにいる。
そんな父親が突然、家裁調査員を迎え入れ、
“補導委託”を引き受けたと言い出したことから、悟は驚愕します。
※補導委託とは、家裁が罪を犯した少年を第三者の家族などに預け、最終処分を決める前の試験観察を行う更生プログラム。

そして仙台からやってきた少年は、
庄司春斗、16歳
父親は弁護士で、本人も進学校に入学したものの、万引き、窃盗を繰り返し、高校は退学処分になったという。

罪を犯した少年を受け入れることに当初不安を抱いていた悟も、春斗と暮らすようになって気持ちに変化が生まれます。
一方、
春斗を優しく指導する父親に、自分への接し方とまるで異なるものを感じ、悟は不審感を抱かずにはいられません。

父子とは、近くにいるからこそ改まって話をすることなどない、というのが普通ではないでしょうか。
だからこそときに、意思疎通を欠き、気持ちのすれ違いを生んでしまうのかもしれません。

本作は、補導委託という題材を元に、孝雄と悟の父子関係、そして春斗とその父=
達也との父子関係という、二組の父子問題を描いた力作長篇。
父親の息子に対する思いは真摯なものであっても、時に気持ちが行き違ってしまう、ということはあると思います。
だからこそ、読み応えのある佳作。お薦めです。

        


   

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