山手樹一郎作品のページ


1899(明治32)年栃木県生、明治中学卒。本名:井口長次。1933年に「サンデー毎日」の大衆文芸賞で佳作となり、39年長谷川伸の門下となる。翌年にかけ新聞に連載した「桃太郎侍」にて成功、以後健全な娯楽時代小説にて人気を博す。「崋山と長英」にて野間文芸奨励賞受賞。78年没。


1.
桃太郎

2.夢介千両みやげ

3.又四郎行状記

4.江戸名物からす堂(一)

5.江戸名物からす堂(ニ)

6.浪人市場(一)

7.浪人市場(ニ)

8.浪人市場(三)

9.浪人市場(四)

10.素浪人案内

   


 

1.

●「桃太郎侍」● ★★★

   

  

1946年刊行

1978年3月
春陽堂書店刊
(657円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集1



2004/08/07

言うまでもなく、山手樹一郎作品の代表作。
何度読んでも飽きることのない、痛快な時代小説です。
この作品を知ったのは、小説よりTVドラマ化により。当時桃太郎を演じたのは、現・尾上菊五郎(当時:尾上菊之助)さんでした。初めて読んだのは83年 9月ですから、かれこれ20年も前のこと。
図書館の書棚にあるのを偶然見つけて借出したのですが、一旦読み出したら頁を繰る手は止まりません。

江戸の陋巷で母一人に育てられた新二郎。その母に死なれて天涯孤独の身となった彼は、自由に生きようと心に決めます。早速武士に絡まれていた女・小鈴を助けることになりますが、その時名乗った名前が“桃太郎”。
その後さらに、美貌の武家娘・百合を助けたこととから、桃太郎侍は四国讃岐の若木藩10万石のお家騒動に巻き込まれることになります。
百合の父である江戸家老・神島伊織に毒に倒れた若君・新之助の身代わりを頼まれるのですが、実は新之助と桃太郎侍は双生児の兄弟だった、というのが桃太郎の秘密。
サルと異名をとった伊之助を片腕に、桃太郎侍は江戸から讃岐へ向かいます。道中、若君を殺して排除しようとする伊賀半九郎との知恵比べが繰り広げられます。

明朗闊達で知恵も剣の腕も立つという主人公。それに加えて武家娘・町娘という2人の美女も登場し、恋の駆け引きもある。さらに、強力な敵方が登場しますが、最後は勧善懲悪。絵に描いたようなヒーローもの時代小説的ですが、その明るさ、健全性がとにかく楽しいのです。

   

2.

●「夢介千両みやげ」● ★★★

 

1995年12月
講談社
上下
(各835円+税)

2022年02月
講談社文庫
(完全版)上下

大衆文学館

 
2000/02/13

大枚千両を持って道楽するために江戸にやってきた、小田原の豪農の息子・夢介を主人公とする明朗時代小説。

図体も大きく腕力もあるが、底抜けにお人よしで気前も良く、多少のことでは少しも動じないという、稀に見るキャラクターの持ち主である夢介の活躍ぶりが、とにかく楽しい作品です。

その夢介にぞっこん惚れこんで、すがりついて離そうとしないのが、道中で夢介の懐を狙った美女道中師・お銀

夢介というのは、その容貌、体型からは結びつかないものの、やはり一種のスーパーマンである、と言って良いと思います。
そんな夢介に、すぐ焼餅をやいて熱くなるお銀を配しているところが、山手さんのうまいところだと思います。

時代小説には珍しく、侍でなく、農民をスーパーヒーローに仕立て上げたところが、本作品の貴重なところです。

※ 続編「夢介めおと旅」を下巻に収録

   

3.

●「又四郎行状記」● ★★★

    

   

1978年02月
春陽堂書店刊
上下
(各714円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集5・6



2005/04/09



amazon.co.jp

山手樹一郎の時代小説は明朗闊達なところが特徴ですが、その中でもとりわけ明るいのがこの作品。
それは、主人公となる笹井又四郎の人物設定にあります。
いかに悪人といえども、ただ懲らしめるというのではなく、まず悪事を止めるよう相手を説得しようとする。その朗らかさ、寛容の精神は、山手作品の中でも格別のものです。
そこに限りなく惹きつけられる本書の魅力があります。山手作品の中でも、気に入りの一冊です。

ストーリィは、山手作品らしいお家騒動。
前藩主の息女である国許の多恵姫と、松平家の三男坊・源三郎の縁組が決まったところから物語は始まります。
江戸家老・大島刑部とその用人・谷主水は、多恵姫を排し、現藩主の息女である江戸の八重姫を擁して藩を専横しようとします。そのため主水ら一味は、国許から江戸に向かう多恵姫を途中で拉致し婚儀を妨害しようとしますが、一味に対抗して多恵姫を無事江戸に送り届け、正義を貫こうとするのが本書主人公の又四郎、というストーリィ。
実はこの又四郎、松平家の若君・源三郎その人なのですが、その設定が非現実的であろうとなかろうが、読めばたちまち楽しく面白いストーリィの中に惹きこまれてしまうのが、この作品の魅力。
一見、ちょっと調子が外れたような又四郎と、最初は又四郎を馬鹿にしながらもすぐに彼を慕うようになる女たちとのやり取りも楽しい。
多恵姫の他、辰巳芸者のお艶、江戸の大店の女主人である美人後家のお蝶、女役者で座頭の市川菊八という脇を飾る女たちも各々に魅力的。
何度読んでも飽きることない、明朗時代小説の傑作です。

   

4.

●「江戸名物からす堂(一)」● ★★

   

  

1946年刊行

1978年11月
春陽堂書店刊
(695円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集8



2004/08/15

山手樹一郎の時代小説は、96年ネットに入り込んだ頃、ネット仲間に紹介されて愛読していました。本作品はそれ以来、久々の再読です。

神田小柳町の縄のれん「たつみ」は、女主人・お紺の水際立った器量から大繁盛。そのお紺が夢中になって恋い慕っている相手が「観相十六文、からす堂」という美男の浪人者。
本書は、そのからす堂とお紺を主人公にしての時代版“シャーロック・ホームズ”というべき連作短篇集です。
ロンドンの住民がホームズの元へ相談事を持ち込むように、江戸の人々がからす堂の元へ観相見を頼みに来るというのが事件の出だし。
合理的な推理に加えて“観相”の部分がちと超人的に過ぎますが、観相という趣向が十分楽しめます。それが、本書“からす堂”シリーズの魅力。
そのからす堂に惚れ込んでいるお紺は、しきりと身体を投げ掛けるのですが、からす堂はその誘いをいつもやんわりと受け流すのみ。さる殿様の死相を取り除くため、3年の間に千人の人助けを悲願とし、その間女との関係は持たない、というのがその理由。
やきもちやきのお紺と、そんなからす堂のやり取りも楽しい限り。

十六文からす堂(たつみのお紺・紅だすき狂乱・千人悲願・毒薬の行方・母心子心・横恋慕・義理の兄・むっつりだんな)/
お紺からす堂(鬼小町・死相の殿様・比丘尼変化・江戸の凶賊)

 

5.

●「江戸名物からす堂(ニ)」● ★☆

   

1978年11月
春陽堂書店刊

(695円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集9



2004/08/30

神田八辻ガ原に立つ大道観相見・からす堂の颯爽たる活躍は、第1巻どおり変わるところはない。
からす堂一人が活躍する時代小説であったら、スーパーヒーロー過ぎてかえってつまらない作品になっていたことでしょう。それが、人一倍やきもち焼きでそのうえ人の好いお紺がコンビとなっているから、このシリーズは温かみのある、楽しい時代小説となっています。
からす堂千人の人助けの悲願成就がなって、遂にお紺も念願のからす堂と結ばれるのが、「旅枕からす堂」。助けを求められて三島まで行くに辺り、急遽お紺と三々九度の盃を交して共に旅立ちます。時代小説であっても、旅お上のストーリィというのは楽しいものです。

深編笠からす堂(夜桜お千代・花曇り村正・教祖お照さま)/
旅枕からす堂(千人目の客・新妻道中)/
春姿からす堂(大和屋の娘・怪盗あらわる・女からす堂・花のあらし)

   

6.

●「浪人市場(一)● ★★☆

 


1979年3月
春陽堂書店刊
(752円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集47



2000/02/13

「浪人市場」は全4巻におよぶ、山手作品を代表する大河小説と言って良い作品です。また、それと同時に山手作品の要素が凝縮されている作品とも言えます。
主人公は大川忠介。南町奉行の解任・失脚によって、その内偵の任についていた忠介が浪人の道を選んだ当夜、美也という娘を救い、はだか長屋の悪党連中と知り合うところから、この長大なストーリィは始まります。

筋立ては山手作品らしい、勧善懲悪もの。大川忠介の感化で、悪党揃いであったはだか長屋の連中が善人に生まれ変わり、忠介を中心にして悪商人、悪辣役人らと戦うという内容です。
ストーリィ展開はテンポが良すぎるといったところがありますし、主人公が完全無欠過ぎるという面があります。さらに、善人たちはくず十という小悪党にいい加減にしろというくらい簡単に騙されますし、一方その度によくもまあ忠介が都合よく助けに登場するものだと呆れる程。いくらなんでも出来過ぎではないかと思わざるを得ません。
でも、それらを補って余りあるのが、それまで小悪党だった連中が真人間になって働くことに喜びを感じている姿、それぞれ微力ながら皆で協力して悪に対抗しようとしている姿から得られる楽しさです。
大川忠介一人がヒーローなのではなく、心を入れ替えた連中が忠介を中心に悪と対決し、しかもその仲間が次第に増えていくというところが、他になかなか見られない本作品の魅力です。
表紙の作品案内には「山手版“水滸伝”とも、あるいは市井版“七人の侍”ともいうべき心楽しさだ」とありますが、まさに判り易い例えです。

○忠介側:善助、勝兜、向井作左衛門、鉄、浅岡伊助、お照、おつね
○悪党側:佐原屋、黒川内記、笠間重兵衛

 

7.

●「浪人市場(ニ) ★★☆

 

1979年3月
春陽堂書店刊
(790円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集48

 

2000/02/19

本巻のストーリィは2つ。
第一は、豪商伊勢屋の後妻一味の悪巧みから、先妻の娘をはだか長屋の仲間が助ける話。
第二は、再会した美也が持ち込んできた、山城淀十万石の御後室・お八重の方の危機を、忠介を先頭にはだか長屋の仲間が救う話。

後者における敵方は十万石の一藩と大きくなり、これでもかこれでもかという危機の連続。いい加減にしたらと言いたいところですが、忠介ら皆が一生懸命力を合わせて活躍するだけに、読む側としてもただ引き込まれて読み進むのみです。
本巻でも仲間が次々増えていくのが楽しい。その一方で悲運に命を落とす女も4人います。決してうまく行くばかりの物語ではありません。

○忠介側:市岡彦四郎、お妻、利根一平、青木大蔵
○悪党側お絹、石村竜二郎;北上主馬、里村和助、峰山小源太

 

8.

●「浪人市場(三)」● ★★☆

 

1979年4月
春陽堂書店刊
(790円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集49

 

2000/02/28

本巻のストーリィは2つ。
第一は、恋女房をそれぞれ失って旅に出ていた大川忠介、利根一平が、途中女衒から百姓娘のお豊を救うと共にお今、後藤、八瀬らの仲間を得て江戸に戻ってくるところから始まります。しつこくつきまとう女衒、はだか長屋の浪人仲間に対抗心を燃やす駒形組らとの闘いがまた始まります。

第二は、女を誘拐する暗黒組織・極楽寺連中との闘い。悪役くず十が再び登場。最後にはお八重の方にも危機が迫りますが、忠介の活躍で無事救い出され、忠介とお八重の方が遂に結ばれるという大団円まで。
はだか長屋の仲間が増えていく様子は、善人がそれだけ増えていくようであり、心が弾む気がします。

○忠介側:後藤弥左衛門、八瀬半五郎、お今、お豊、初五郎、和久敬太
○悪党側:山田屋源六、峰山小源太、駒形組、くず十、黒子の弥七

 

9.

●「浪人市場(四)」● 


1979年4月
春陽堂書店刊
(752円+税)

山手樹一郎長編
時代小説全集50

 

2000/05/05

本巻での大川忠介は脇役の立場。したがって、前3巻までのような面白さは見られず、本巻の2篇は番外編として位置づけられます。

「江戸の素顔」では、淀分家のお京の方高岡菊太郎という主従の恋。忠介らはだか長屋の連中が2人を応援します。
また、同心神田大介お鈴の道中における恋模様が、末尾に付け加えて描かれます。

「白狐の復讐」は、大介の弟徳次郎が主役となった、江戸市中を震撼させる盗賊・白狐の探索物語。徳次郎とお町の恋が交わります。
最終的に、大介とお鈴、徳次郎とお町もはだか長屋に仲間入りし、ますます仲間は膨らむという大団円。

 

10.

●「素浪人案内」● 

    

   

1978年04月
春陽堂書店刊

上下
(各720円+税)

山手樹一郎長編時代小説全集72・73

 
1997/01/25

物足りないという感想がまず第一。
その原因は、表紙カバーの売り込み文言と実際の乖離。
「連続物語の豊かな楽しさ十分の山手文学最高巨編!」とあるが、極めて疑問に思わざるを得ない。

まず、主人公の神永福太郎。どういう出自の浪人か最後まで判らず仕舞い。そんなのってあるだろうか?
また、恵比寿屋の後家・お延といい、沼津藩の菊三郎こと菊姫といい、即時といっていいくらいすぐ福太郎に熱を上げるのだけれども、その理由・魅力が少しも納得できない。
その癖、女に誘われるとすぐ手を出すという、尻の軽さ。呆れてしまう。
おまけに本人自ら、味方の軍師、軍師と言いつつ、策といえばいつも単純にぶるかるだけのことで、更にはいつもいつも相手の策にはまってしてやられてばかり。どこが軍師?なのだろうか。
ストーリィも結局上下2冊、殆どは沼津藩の内紛、敵の弟君派との戦いのみに終始。最後はちょっとした悪人組織が出てきたが、簡単に主人公らに負けてしまうし、弟君派も自壊してしまうという、お粗末な終幕。

     

読書りすと(山手樹一郎作品)

 


 

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