冲方 丁
(うぶかたとう)作品のページ


1996年、大学在学中に「黒い季節」にて第1回スニーカー大賞金賞を受賞して作家デビュー。2003年「マルドゥック・スクランブル」にて第24回日本SF大賞、10年「天地明察」にて第31回吉川英治文学新人賞および2010年本屋大賞を受賞。

  


 

●「天地明察」● ★★☆        吉川英治文学新人賞・本屋大賞


天地明察画像

2009年11月
角川書店刊
(1800円+税)

2012年05月
角川文庫化
(上下)

 

2010/05/03

 

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綱吉治世下の江戸時代、将軍家の碁打ち衆にして天文暦学者であり、日本初の国産暦を作りだした渋川春海の功績を描いた時代小説。
時代小説なのに主人公は武士でもなく町人でもない、というのは珍しく、しかも面白い作品となると、伊能忠敬を主人公にした井上ひさしさんの大長編四千万歩の男を思い出します。
しかし、「四千万歩」が評伝戯曲の延長にある長篇小説で、新たに第二の人生を切り開いた伊能忠敬という人物の面白さに着目した観があるのに対し、本作品はあくまで武家社会の中にとどまってストーリィを展開させているところが異色、注目どころです。

まず、定められた碁で仕える境遇に飽き足らなさを感じている主人公の春海が、算術に魅了されているところからストーリィは始まります。
そして算術への熱中は、春海の引き立て役となる将軍補佐役の保科正之、水戸光圀らによって天文学へと導かれます。
徳川幕府体制下、社会が落ち着いてきた今となっては昔のような武力指向の武士など不要、学問の上でリーダー役となる武士こそ必要。
折しも 800年間使い続けられてきた宣明暦には誤差が目立つようになっており、改暦が必要、その大事業を春海に担わせようというのが保科正之の狙い。

暦を変える、何だそれだけのこと、と思うのは大間違い。どれほどの大事業であるかは、本書を読めば判ります。そしてそれは、幕府に莫大な収益をもたらし、財政再建にも貢献するという。
ですから、そう簡単に果たせるものではありません。予想もしなかった大失敗、茫然自失もあり、結局春海が支援してくれた人々の期待に応えて改暦を果たすのには、22年という長い年月がかかります。
そのストーリィを追うだけでも面白いのですが、保科正之という名君、和算の開祖と言われる天才=関孝和、向こう意気の強い武家娘=えんを筆頭に、純粋に学問向上に熱を上げる登場人物が数多く登場するところがまた魅力。

本作品を読むと、江戸時代における日本の学術水準の高さを感じると同時に、学術水準こそ国を栄えさせる何よりの手立て、という気がします。
読み始めてから読了まで、まさに一気読みでした。

 


  

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