遠田潤子
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1966年大阪府生、関西大学文学部独逸文学科卒。2009年「月桃夜」にて第21回日本ファンタジーノベル大賞大賞を受賞し作家デビュー。「オブリヴィオン」が<本の雑誌が選ぶ2017年度ベスト10>第1位に輝く。


1.月桃夜

2.アンチェルの蝶

3.
カラヴィンカ
(単行本題名:鳴いて血を吐く)

4.雪の鉄樹

5.蓮の数式

6.冬雷

7.オブリヴィオン

8.ドライブインまほろば

9.廃墟の白墨

10.銀花の蔵

 


   

1.

「月桃夜(げっとうや) ★★     日本ファンタジーノベル大賞大賞


月桃夜

2009年11月
新潮社刊
(1400円+税)

2015年12月
新潮文庫化



2009/12/11



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奄美の夜の海をカヤックで一人漂う茉莉香
今や生と死の間を彷徨う彼女のカヤックに、片目の潰れた鷲が降り立つ。この世の終わりまで飛び続けているという大鷲。

茉莉香とその大鷲の間で繰り広げられる会話。
ひとつは、茉莉香が大事な兄を失い、自分をも見失った物語
そしてもうひとつは、大鷲が語る、薩摩藩支配下の奄美大島を舞台にした兄と妹の物語。

当時の奄美大島は薩摩藩によって砂糖を搾取されていた時代。薩摩に課された納付ができない農民はヤンチュ(農奴と理解すればいいだろうか)となり、ヤンチュから生まれた子はヒザと呼ばれ先に希望のない一生を送る。
ヒザであるフィエクサと、脱走して行き倒れたヤンチュ親子の娘サネンが出会ったのは、各々7歳と5歳のとき。
山の神に誓い、2人は兄と妹という絆を結ぶ。共に孤独な2人がそれからを明るく働き過ごすことができたのは、お互いがいたから。

こうした話、私はいつも堪らない気分になります。2人の悲劇的な最後が予見されてしまうからです。
兄と妹という関係を結びながら、それを越えた想いを抱いてしまう故の悲劇。
サネンがフィエクサを兄と慕う、その様子が余りに一途かつ無垢であるからこそ、フィエクサの絶望とそれでもフィエクサを慕うサネンが嵌った悲劇の淵は深い。
それをファンタジー的な世界を背景に大鷲を登場させ、茉莉香と兄、フィエクサとサネンという、現代と過去にわたる2組の兄妹の姿を対照的に描いているところが本作品の魅力。

なお、そうした理屈はさておき、大鷲の語るフィエクサとサネンの物語が理屈ぬきに読み手を引きずり込んで放さない力を持っていることに疑いはありません。まずは本物語の中に、入ってみるべし。

              

2.
「アンチェルの蝶 ★★☆


アンチェルの蝶

2011年12月
光文社

2014年01月
光文社文庫

(780円+税)



2020/05/22



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悲惨で、これ以上ないくらいに痛ましい物語。

大阪の港町で小さな居酒屋を営んでいる
中井藤太の元に、中学時代の親友で今は弁護士となっている佐伯秋雄が25年ぶりに姿を見せます。
その秋雄が連れていた10歳の少女=
ほづみ。秋雄は森下いづみの娘だと言い、いづみは死んだ、暫くほづみを預かって欲しいと、藤太へ押し付けるように告げて立ち去ります。
その後に起きた、少年の焼身自殺、秋雄自宅マンションの火事、秋雄の失踪、という一連の事件。
一体秋雄に何があったのか。そしてまた、いづみは本当に死んだのか、いづみに何があったのか・・・。

不愛想で、辛い記憶を毎晩酒で紛らわし、社会の底辺で生きているような藤太。
そんな藤太の下に預けられた少女ほづみ、大丈夫なのだろうかと思う処ですが、自分の気持ちを抑制できずにいる藤太と、健気さを振りまくほづみのやり取り(決して順調なものではありません)に、強く惹きつけられます。
2人には、もうこれ以上他に行き場所がない、という共通点があります。それでも精一杯元気に振る舞っているほづみの姿に、いつしか藤太も生き方を改めようと決意する(とこれもまた簡単に進む訳ではありません)。

やっと順調に進みそうになったところで、2人の前に
坪内という男が姿を現したことから、2人の運命は再び翻弄されることになります。そしてついに・・・・。

暴力、飲んだくれ、賭け麻雀狂い・・・ろくでもない親をもったという共通点で、25年前に中学生だった藤太、秋雄、いづみの3人は放課後を毎日一緒に過ごすようになります。
しかし、それを狂わせたものは・・・。

25年前の出来事と現在を繋いで展開するストーリィ。
全ての背景には、いづみの深い優しさと愛があった・・・。
ろくでもない親を持たされた子供たちに、救いはないのでしょうか。
いや、決してそんなことはない、希望さえ失わなければ。
それを象徴するのが「アンチェルの蝶」という題名のようです。
一体、本作に書かれなかった最後はどういう結末になるのか。
それもまた本作らしい処かもしれません。

辛過ぎる群像劇ですが、その中に決して屈しまいとする強さをも感じられる作品。読了した後、暫く圧倒されたままでした。

            

3.

「カラヴィンカ KALAVINKA ★★
 (単行本題名:鳴いて血を吐く)


カラヴィンカ

2012年08月
角川書店刊

2017年10月
角川文庫

(720円+税)



2017/12/28



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冒頭、青鹿多聞実菓子から、兄=不動が死んだという知らせを受けるところから本ストーリィは始まります。多聞は兄の妻であった実菓子を何故、「最低の女」と罵るのか。
その後日、多聞は世話になっている
吉井から依頼され、心ならずもヴォカリーズ歌手として名の売れた実菓子へのインタビュー仕事を引き受けます。
そこから、多聞が小5、実菓子と出会った時に遡り、丹羽谷村の2大旧家=
藤屋(多聞の実家)と斧屋(実菓子の実家)間の怨念に起因する、陰湿な出来事が語られ始めます。

アレルギー体質の不動は父親から、心配されるどころか我儘にすぎないと罵倒され、多聞は「お前は関係ない」と無視されるのが常。母親はいつも不動の心配ばかりで化粧する余裕もない。
そんな青鹿家に、父親の
は斧屋の静谷鏡子をその娘の実菓子共々引き入れ、誰もが分かる妻妾同居。
そして、時を追うに連れ、幾つもの耐え難い事件が・・・。

悲痛な展開ばかり、こんなストーリィは読みたくないと思うところですが、終盤に至ると、完全に驚かされます。
幾つもの事件、出来事、その一つ一つに全く思いも寄らぬ真相が隠されていたとは!

真相が明らかになったからといって、どんな解決、何か未来が開けるのかと思わざるを得ません。
しかし、読み手を捉まえたら最後、ぐいぐいストーリィに引っ張り込んでいく筆力、ミステリの深遠さは、流石です。

                   

4.
「雪の鉄樹 The Cycad in snow ★★★


雪の鉄樹

2014年03月
光文社

2016年04月
光文社文庫

(820円+税)



2019/06/06



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庭師の曽我雅雪・32歳が主人公。
祖父と父が日々女を家に連れ込んでいたことから<たらしの家>と呼ばれる家で育つ。
そして20歳の時からずっと雅雪は、両親を失いパート勤めと祖母と暮らす
島本遼平という少年の世話をし続けている。
しかし、献身的に尽くしているにもかかわらず、遼平の祖母から雅雪は、これ以上ないくらいの憎悪と屈辱的な仕打ちを向けられ続けて来た。
そして、雅雪が語らずにきた事実をついに知った遼平は、雅雪を憎悪するようになり・・・・。

主人公である雅雪の現在、そして生い立ち、余りに過酷過ぎる。
遠田作品においては、主人公が不遇の状況に置かれていることはもう驚くようなことではありませんが、それにしても雅雪の状況は悲惨というに尽きます。

雅雪は何故それ程までにして遼平に尽くそうとするのか、また13年前にいったい何があったのか、遼平の両親が死んだことにどう雅雪は関わっていたのか。そして今、雅雪は何を待っているのか。
それらの事情は後半、雅雪の言葉をもって明らかにされていきます。すると、読み手としてはかえって、雅雪の行動に疑問を感じるようになります。雅雪のどこに償いをしなければならないようなことがあったのか、と。
要は雅雪、呆れるくらいに不器用で、愚直な人間なのです。

終盤、ようやく気付きます。これは雅雪だけでなく、本来与えられるべき“情”を与えて貰えなかった人間の群像劇なのだと。
雅雪にとって初めて親しい相手となった
真辺郁也・舞子という双子の兄妹、雅雪の父、そして遼平や隼斗にしても。

まさに慟哭のストーリィ。雅雪たちが背負った過酷な運命と心からの叫びに、圧倒されるばかりです。
過酷な運命と悲劇的なドラマ、それと対照的な小さな幸せ。
本ストーリィが終わった後から始まる、登場人物たちの再生ストーリィを心から祈りたい気持ちです。


1.2013年 7月2日/2.島本遼平(1)/3.2013年 7月4日/4.2013年 7月5日/5.島本遼平(2)/6.2013年 7月6日(1)/7.郁也と舞子(1999年春夏)/8.2013年 7月6日(2)/9.郁也と舞子(1999年秋冬)/10.2013年 7月6日(3)/11.2013年 7月7日

             

5.
「蓮の数式 ★★




2016年01月
中央公論新社

2018年01月
中公文庫

(720円+税)



2020/06/02



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夫と義母から10年にもわたり不妊等を理由に虐げられてきた安西千穂・35歳
夫が起こした交通事故で身代わりとされた千穂は、そのことで
高山透という若い男と知り合うことになります。
その透が算数障害と気付いた千穂は、彼に救いの手を差し伸べますが、夫と義母から透との関係を責められた千穂は、ついに家を出て透の元へ向かう。
一方、12年前に愛する妻を殺された蓮農家の
新藤賢治は、TVニュースの画面で事件に関わる大西麗によく似た男を見出し、死んだ筈の麗について調べ始めます。

ストーリィは千穂と透の逃避行に、12年前に起きた妻殺害事件の真相を知ろうとする賢治の探索行が、並行して進められます。
12年前の事件の真相は? 高山透と大西麗には何らかの関わりがあるのか? その点は言うまでもなくミステリ。

ミステリ要素はともかくとして、本作はやはり、遠田さんらしく、これ以上ないくらい悲惨な生い立ちと育ち方をした人間たちの物語、と言って良いと思います。
「自分は死人だ」という言葉にどれだけの絶望が詰まっていることでしょうか。
そして彼らを追い詰めたのは、自分たちのエゴで彼らを弄んだ人間たち、あるいは自分の善意を彼らに押しつけた人間たち。
それに較べれば、千穂の問題など、本来千穂がしっかりしていたら、自分で事態を改善することができた筈、と思うのです。

本作もまた一気読み。読了後は、暗澹とした気分に陥りますが、生き残った人たちに対して、心の安らぎと、僅かなりとも幸あれ、と祈りたい気持ちです。


四月/五月/六月/七月/八月一日/終章

        

6.
「冬 雷(とうらい) ★★


冬雷

2017年04月
東京創元社

(1800円+税)

2020年04月
創元推理文庫



2018/05/27



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今は大阪で害鳥駆除の鷹匠をしている夏目代助の元に、突然刑事2人が訪ねてきます。刑事が代助に告げたのは、12年前に行方不明になった義弟・翔一郎の遺体が発見されたということ。

翔一郎の葬儀に出席したいと、かつて住んでいた
魚ノ宮町に向かった代助でしたが、町の住民の皆々、そして養父母だった千田雄一郎・京香夫妻も代助の出現を嫌悪の目で見、出て行け扱い。
かつて恋人だった
真琴までもが、代助を拒む様子。
それは、代助こそ翔一郎殺害の犯人と、養父母・住民たち皆から見做されていたため。
捨て子で孤児院育ちの代助は11歳の時、魚ノ宮の有力者であり、
冬雷閣という屋敷に住む千田雄一郎・京香夫妻の養子となった。千田家の跡継ぎとなり幸せであった日々と、2人の実子である翔一郎が誕生してからの過酷だった日々。
その過去が語られていくのと並行して、代助によって翔一郎の死の謎が解き明かされていくというストーリィ。

舞台となる魚ノ宮町に伝わる伝説と、その怨念を癒すための伝統ある祭り。
その祭りの両輪となるのが、冬雷閣の千田家が担う鷹の飛翔と、雄一郎の弟である
倫次が婿入りして宮司となった鷹櫛神社の巫女が奉納する踊り。その踊り手として育てられたのが、代助と同い年の加賀美真琴。対となる立場でいつも一緒に過ごしていた2人が恋仲になるのは当然のようなことでしたが・・・。

時代は現代。それなのに町全体が古い因習に囚われていて、関係する人たちの一生を束縛するような有り様は、悍ましいと感じる以上に、これが現代の出来事かと思わざるを得ません。
それはともかくとして、探偵仕事の素人としか思えない代助が思わぬことで手掛かりを掴み、真実に近づいていくところは相当にスリリング。
代助と真琴の運命と合わせ、読み応えはたっぷり。
その理由は、登場人物一人一人が抱えたドラマの濃さ、深さにあると言って過言ではありません。
古いことを漫然と守り続けることより、新しい道を選び取ることこそ大切と感じさせるストーリィ。最後の一言に救われた思いがします。


※主人公の名前「夏目代助」は、捨てられた時に
夏目漱石「それから」の文庫本が共に置かれていたことから。でも、ピンと来る人は少ないのではないでしょうか。名前自体古くさいし。

1.二〇一六年(一)/2.一九九八年−二〇〇一年/3.二〇〇三年−二〇〇五年/4.二〇一六年(二)/5.大祭/終章

       

7.

「オブリヴィオン Oblivion ★★☆


オブリヴィオン

2017年10月
光文社刊

(1600円+税)

2020年03月
光文社文庫



2017/11/25



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愛する妻のを傷害致死させてしまった罪で5年の実刑を受け、4年で仮釈放された吉川森二が刑務所を出ると、そこに待っていたのは実兄でヤクザの吉川光一と、義兄で大学教授の長嶺圭介の2人。
森二は、兄2人とも縁を切り、罪を背負って全てを捨てた生き方をしようとするのですが、そんな森二をかつて関わった人間たちは放ってくれない。

・兄の光一はかつてそうであったように、森二が堅気の人間として生きることを許そうとしない。
・義兄の圭介は、妹の唯にどんな秘密があったのか知ろうとし、森二への問いを止めようとしない。
・娘の
冬香は、自分の目の前で母親を殺した父親を許さず、責め続けようとする。
・光一の手下である
加藤持田は、かつて森二が起こした<奇跡>を手中にしようとし、森二の更生を妨害するばかりか・・・。
・やがて森二を狙う悪党たちは、森二だけでなく、森二の隣室に住むバンドネオン弾きの美少女=
沙羅と娘の冬香にまで魔の手を伸ばす。

光一と森二の生い立ちを巡るドラマ、森二が圭介・唯という兄妹と出会ってからの努力ドラマ、愛する妻の唯を殺してしまった経緯とその真相、そして森二の更生を許さない光一や加藤と持田の本心、さらには最後の死闘と言っても良いスリリングな展開と、読み処は多岐に亘り、そのどれもが読み応えたっぷり。

明らかになった真相は、余りに切なく悲しい。慟哭の人生ドラマといって過言ではない気がします。そして、森二以上に辛い人生を送っていると言うべきなのが沙羅でしょう。
それでも、森二、冬香、沙羅らがいつか癒され、前に向かって歩み出すことができるようになる日を願うばかりです。
迫力と渾身の力作、お薦めです。

                 

8.
「ドライブインまほろば ★★☆


ドライブインまほろば

2018年10月
祥伝社刊

(1700円+税)



2018/11/05



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新バイパスが完成して以来すっかり客足が減った、山道の途中にあるドライブイン<まほろば>
幼い娘を喪った悲しみから逃れるように
比奈子は、赤字覚悟でそのドライブインを再開。
そしてその<まほろば>に辿りついてきたのが、小学生の男の子=
憂(ゆう)と幼い妹の来海(くるみ)
「生まれてきてから何一つ、いいことはなかった・・・」という言葉を吐き出すように口にした憂がさらに比奈子に告げたのは、「義父を殺した、ぼくは人殺しなんです」という一言。

夏休みの間だけここにいさせてくださいと憂に頼まれ、比奈子は2人を受け入れますが、双子の弟=
流星を殺された坂下銀河が憂を追ってついに<まほろば>へ。

親に存在を否定され虐待され続けて来た子と、かつて親から捨てられ2人だけで生きて来た兄弟という、2つの世代がぶつかった時に悲劇が起きる。
一方、幼い子を喪った悲しみから未だ立ち直れないでいる比奈子が営むドライブインが<まほろば>。
そんな3人が一つところに出会ったところから、新たな物語が始まります。
ただし、本作で描かれるのは、そこに至るまでの濃い物語。
 
本作に登場する憂側、あるいは銀河側に属する登場人物の皆が皆、親から愛情を与えられなかった人物ばかり。
どれだけ子供にとって過酷なことだったかと思いますが、だからといって自分がされたと同様の扱いを、別の子供にしていい訳がない、それは決して許されないことの筈。

登場人物たちの慟哭が、胸の奥深くに突き刺さるような思いがします。ひとりひとりの言葉が重く、そしてひどく痛々しい。
でも目を背けてはいけない、逃げてはいけない。そうすれば、そこからお互いに手を繋ぎ合うことができるのですから。

本作は、手を繋ぎ合うことができれば、人は新たに生まれ変わることもできるのだ、ということを教えてくれるストーリィ。
是非、お薦めです。


序章/1.ヘンゼルとグレーテル/2.山鳩/3.アリア/4.光/終章

                     

9.
「廃墟の白墨 ★★☆


廃墟の白墨

2019年09月
光文社

(1600円+税)



2019/10/16



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主人公である和久井ミモザの父宛に届いた呼び出し状。
病院に入院中の父親=
は、それを知ると激しく動揺し、ミモザに「捨てろ、捨てるんだ」と強く命じます。
しかし、気になったミモザは、手紙に書かれていた日時にその場所へ向かいます。
そこは「
明石ビル」という名の廃墟ビル。その最上階には3人の男たちが待っていた。

そこから、<
明石>というビルオーナーの女性と<白墨>と皆から呼ばれていたその幼い娘、4人の男たちとの関り、そして母娘の悲惨な運命が、語り手を変えながら登場人物たちの「語り」を以て綴られていきます。

前半は、母娘の乱れ切った、現実とは思えないような状況にやりきれない思いしかないないのですが、それを救っているのは「語り」という手法の故でしょう。
そして、後半に至って明らかになった、驚くべき事実。「序章」の意味にそこで初めて気づいた次第。
ところが、思いがけない人物の登場と、さらに驚くべき真実が待ち構えていました。

ストーリィ自体には、現実的に有り得ない、理解し難く疑問符をつけざるを得ない部分もありますが、その迫力、構成、言うに言われぬ感動を読み手に突きつけてくる処は、遠田潤子さん、流石です。

前半は<明石>という女性に翻弄されるばかりでしたが、後半はその娘である<白墨>の過酷な、そしてそれに耐えて強く生き抜いた人生に圧倒されるばかりです。
読者の好き好きもあると思いますが、私としてはお薦めの一作。


序章.母/王国へ/山崎和昭、語る/鵜川繁守、語る/源田三郎、語る/インターミッション(1)/山崎和昭、再び語る/鵜川繁守、再び語る/源田三郎、再び語る/インターミッション(2)/山崎和昭、三度語る/鵜川繁守、三度語る/源田三郎、三度語る/インターミッション(3)/和久井ミモザ、語る/午前三時/長須明石、父を語る/インターミッション(4)/黎明/曙光/終章.薔薇

                

10.
「銀花(ぎんか)の蔵 ★★


銀花の蔵

2020年04月
新潮社

(1700円+税)



2020/05/03



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1968年、小4の銀花は両親と一緒に大阪の文化住宅で暮らしていましたが、画家を目指していた父親が家業の醤油蔵“雀醤油”を継がなければならなくなったといい、奈良橿原市にある父親の実家に引っ越すことになります。
その実家には、厳格な祖母=
多鶴子、銀花の一歳上という叔母=桜子、杜氏の大原が待ち受けていた。
そこから50年にわたる、醤油蔵を守って生き抜いた銀花と、その家族の物語。

ひとりの少女の成長とその生涯を描いた物語という点では、特に珍しいものではありません。
しかしその冒頭、蔵を新しくする工事が始まった折、その蔵の床下から子供の髄骸骨を納めた箱が発見されるという衝撃的な事実から語り起こされるところが、遠田作品らしいところ。

元々家業に向かずその仕事を嫌っていた父親、窃盗症の母親という2人の間に置かれ、銀花は心を痛めるばかりですが、それにとどまらず運命は銀花を次々と苦しい状況に追い詰めていきます。
だからこそ本ストーリィから目を背けられず、といった風。

成長ストーリィに困難毎は当たり前のようですが、銀花に降りかかってくる困難事は銀花を傷つけるものばかりと言えます。
その最たるものが家族の瓦解。それでも他に行く場所がなく、醤油蔵の仕事で生きていくしかないという覚悟、孤立しようが自分の道を誤らない強さが銀花の真骨頂。

理屈ではなく、困難を凌ぎ自分の道を通して生き抜いた銀花の見事な姿が圧巻。
読み応えのある、女性とその家族の一代記。お薦めです。

序章.竹の秋/1.1968年夏/2.1968年秋〜1973年/3.1974年〜1976年/4.1977年〜1982年/5.1983年〜2018年春/終章.竹の春

      


   

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