天童荒太作品のページ


1960年愛媛県生、明治大学文学部演劇科卒。86年「白の家族」にて第13回野性時代新人文学賞、93年「孤独の歌声」にて第6回日本推理サスペンス大賞優秀作、96年「家族狩り」にて第9回山本周五郎賞、09年「悼む人」にて 第140回直木賞を受賞。

 
1.
永遠の仔

2.悼む人

   


   

1.

●「永遠の仔」● ★★


永遠の仔画像

1999年03月
幻冬舎刊

1999年06月
上巻・第17刷
(1800円+税)
下巻・第16刷
(1900円+税)

2004年10月
幻冬舎文庫化

 
2000/04/20

 
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冒頭からその衝撃的な雰囲気に圧倒され、目を背けることが許されないといった、 息苦しい気持ちになります。
17年前四国・松山にある病院の児童精神科で一緒だった3人、久坂優希、長瀬笙一郎、有沢梁平が、運命的な再会をするところからこのストーリィは始まります。
彼ら3人は、それぞれ看護婦、弁護士、警察官ときちんとした職業につきながら、今なお精神的な傷跡が癒えたとは言えない、幸せとはとても思えない様子をしています。それは何故なのか? その理由は、17年前の彼らの行動によるものであるらしい。そして、現在のストーリィと、その原因となった過去のストーリィが交互に並行して展開していきます。
過去における謎と、現在において発生する幾つかの事件。その為、読み手は常に臨場感にさらされ、少しも間も息を抜くことができません。その点で、本書は確かにミステリ作品です。
しかし、この作品の実体は、単なるミステリではなく、親の不用意な行為のためにどれだけ子供が深い傷を負うものか、という事実への警鐘です。ただ、そうではあっても、何故彼ら3人はそれ程までに自分自身を追い詰めなくてはならないのか、という疑念が浮かびます。

読了後、こんな結末で良いのだろうか、と思いました。不公平ではないか、と。ミステリと思えば解明された真相がすべてなのでしょうが、本書の場合には結末にこだわるべきではないのでしょう。事件の真相より、この物語の渦中において、どれだけ3人が苦しんでいたか、ということが重要なのですから。
ただ、感動より衝撃の方が遥かに強いことに、惜しまれる気がします。

   

2.

●「悼む人」● ★★☆          直木賞


悼む人画像

2008年11月
文芸春秋刊
(1619円+税)

2011年05月
文春文庫化
(上下)

 

2009/01/21

 

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縁も所縁もない死者を悼むため全国を巡る旅を続ける青年。そんな彼の行動に不審を抱かない人はいないでしょうし、関わると危ないのではないかと、きっと思う筈。
本書はそんな旅を続ける坂築静人と、その彼に強く関わった3人の人間ドラマを描いた長篇小説。

冒頭からすぐ、本ストーリィに深く惹き付けられます。それは静人の行動に対する不可解さに加え、彼に関わった人たちの濃い人間ドラマが描かれているから。
ただし、静人を主人公と見るのはおそらく誤りだろうと思う。
彼が悼む多くの死んだ人たち、そして荒んだ生活を送る雑誌記者=蒔野抗太郎、夫殺しの刑を終え出所したばかりの女性=奈義倖世、末期癌で余命少ない彼の母親=坂築巡子こそ、本物語の真の主人公というべきだろうと思います。悼む人=静人の存在は、彼らの人間ドラマを色濃く浮かび上がらせるための狂言回し役と感じるのです。静人という人物の印象が非人間的であるのに対し、蒔野の人生には痛ましさを禁じ得ず、また倖世の送ってきた人生には胸衝かれる思いを覚えます。
一方、最後まで自分らしい明るく快活な姿を全うしようとする母親の巡子、そして別れた恋人の子を身籠ってしまった娘=美汐を囲む夫、従兄弟らの互いに寄り添い合う家族の姿は、感動的な家族ドラマとなっています。
捨てられ捨ててきた蒔野と、愛し愛されることを知らずに生きてきた倖世の2人と、坂築一家の姿は対照的な位置にあります。
最後まで納得はいかない静人の行動ですが、悼む旅を通じて彼が見出したという問い掛けその人は、誰を愛したか。誰に愛されたのか。どんなことで人に感謝されたことがあったのかは、善悪の問題を越え、読み終えた後も心に強く残ります。
結局死者を悼む旅とは、愛し愛されることを自分の心の中にみつけるための第一歩ではないかと思い至ります。蒔野や倖世が静人から影響を受けたこととは、そういうことではなかったか。

“悼む人”の是非はともかくとして、読者の胸に強く訴えかけ、生きるとはどういうことか、生きた証しとは何なのかと、強く考えさせられるストーリィ。長篇小説としての読み応え、魅力もたっぷりです。
※なお、ストーリィはストーリィとして、死んだ人皆が自分のことを覚えておいて欲しいと願う、とは限らないのではないか。忘れられ静かに眠りにつきたいと願う人がいるかもしれないし、大切な人にだけ覚えておいてもらえばいい、と願う人もあるのではないでしょうか。“悼む”とは、あくまで静人の自分勝手な行動であり、普遍的なものではないと思います。

   


 

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