滝口悠生
(ゆうしょう)作品のページ


1982年東京都生、2011年「楽器」にて第43回新潮新人賞を受賞し作家デビュー。15年「愛と人生」にて第37回野間文芸新人賞、16年「死んでいない者」にて 第154回芥川賞を受賞。


1.寝相

2.死んでいない者

3.茄子の輝き

4.高架線

  


     

1.
「寝 相 ★★


寝相画像

2014年03月
新潮社刊

(1800円+税)



2014/05/02



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新潮新人賞を受賞した「楽器」を含む中編小説3篇。

表題作「寝相」は、山っ気が多く何度も事業に失敗した上に女癖が悪く、揚げ句は妻に出奔され、自らは癌のため胃を全摘出して実家を離れ、孫娘が住む小さな借家に同居した江川竹春85歳とその孫娘=木ノ下なつめ27歳との静かな同居生活を描いた一篇。
過去から現在まで、老境に達した今去来する想いが静かな語り口で綴られるところに、人生への愛おしさを感じるようです。
竹春一人を主人公にするのではなく、随時に入れ替えながら、なつめと竹春という2人の視点から描いたところが妙、何ともいえない味わいがあります。

「わたしの小春日和」は、失職して次の職を探している間に離婚された南行夫と、実家の近所に住む元不良娘の安西加代子、それぞれの家族や友人たちを登場させた群像劇。
何があったってふと幸せを感じる一瞬が持てれば十分幸せじゃないか、というメッセージにユーモアと安らぎを感じる一篇。

受賞作の「楽器」は、文章が長く、登場人物は多く、誰が特定の主人公という訳でもないといった篇で、私の苦手なタイプ。
ある庭を男女四人の視点から描き出すという作品です。


寝相/わたしの小春日和/楽器

          

2.
「死んでいない者 ★★        芥川賞


死んでいない者

2016年01月
文芸春秋刊
(1300円+税)

2019年03月
文春文庫化

2016/02/21

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年老いて亡くなった故人の葬儀に、子、孫、ひ孫ら30人余りが集まる、というストーリィ。

親戚が集まる行事というと結婚式が思い浮かびますが、出席する人は特定される筈。大勢が集まるといえば、やはり葬儀でしょう。
本作品で亡くなった故人のことは殆ど話題になりません。あくまで主役は、題名通り「死んでいない者」=故人の“親族”を構成する一人一人。
故人や、親族関係にある人達に対する思いが様々な形で描かれます。
そこには普段付き合うことのないような人たちもお互いにいる筈。それが“親族”という一つの枠に嵌められているために一堂に会し、それが当たり前のことと皆思っている。面白いものだと思います。

しかし、地方ならいざ知らず、今や都会ではこうした葬儀はもう行われないのではないでしょうか。
子供が少なくなっていてもうこれ程集まるだけの親族がいませんから。
その意味でも、小説世界の中の葬儀だなぁと思う処。

     

3.

「茄子の輝き ★★


茄子の輝き

2017年06月
新潮社刊

(1600円+税)



2017/07/18



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主人公は市瀬という小さな会社の編集者。
妻と離婚した後の、喪失感を抱えながら生きている日々を、20代から30代、6篇に分けて描いた連作短篇集。

「お茶の時間」は、離婚後の主人公が勤めた、業務用機器の取扱説明書を制作しているカルタ企画という会社での日々を描く。
「わすれない顔」は、別れた妻の伊知子と貧乏新婚旅行で島根へ行った思い出を語る。
「高田馬場の馬鹿」は、妻と別れた喪失感を埋めてくれた、3歳下の千絵ちゃんという同僚女性と初めて出会った時のことを回想する。
「茄子の輝き」は、千絵ちゃんが退職する日、2人で送別会を行った時の回想。
「街々、女たち」は、たまたま自分のアパートに泊めることになった若い女性との出会いを描く。
「今日の記念」は、その女性と偶然に再会した時のことを描く

市瀬という男性の、大袈裟かもしれませんが、妻と離婚後の魂の彷徨、といった印象を受ける連作短篇集。
自暴自棄にならず、喪失感をじっと抱きしめている主人公の過ごす時間に愛おしさを感じる思いです。
しかし、いずれ変化の時は訪れるもの。
新たな女性との出会いによって、主人公に新しい人生の扉が開くことを心から祈りたい。

追加篇の
「文化」は、その後の主人公のある一日の、心地の良い安らかな一時を描いた小篇。
こうした時間が持てれば人は幸せでいられるのではないか、と思いたくなります。 滝口さん、上手い!


お茶の時間/わすれない顔/高田馬場の馬鹿/茄子の輝き/街々、女たち/今日の記念/文化

      

4.

「高架線 ★★☆


高架線

2017年09月
講談社

(1600円+税)

2022年05月
講談社文庫



2017/10/25



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西武池袋線<東長崎駅>から徒歩5分、各部屋に風呂トイレ付きという古アパート“かたばみ荘”
いくらオンボロとはいえ家賃3万円と破格に安いのは、不動産業者の仲介を入れず、退去者は次の入居者を斡旋するというルールがあるから。

その内の一室に関わりをもった男女が、あたかもバトンリレーするかのように語り継いでいくことによって、かたばみ荘が軸となって16年間が語られるというストーリィ。
語り手は次のとおり。
新井田千一:大学3年から4年半にわたり住む。
七見 歩:新井田の次の入居者である片川三郎の幼馴染。
七見奈緒子:歩の交際相手、後に結婚。
峠茶太郎:フリーター、三郎〜歩の後の入居者。
木下目見(まみ):かたばみ荘近くにある喫茶店の雇われ店長。
日暮純一:自称小説家。かたばみ荘に住んだエピソード等を彼らから聞く。

新井田千一、七見歩、峠茶太郎は賃借人であり語り手ですが、2番目の賃借人である片川三郎の語りがありません。
それは
“片川三郎失踪事件”があるからで、そのことも絡んで、上記の人たちに三郎のバンド仲間だった田村も加わり、縁も所縁もなかった人たちの間に繋がりが生じていく。
本来、環の外にいるべき女性たちが語りの環に加わっている、というところに妙味あり。

人と人が思いがけず繋がっていく面白さ、温かさが本作にはあって、何とも心地良く、それがまた楽しいのです。
そして最後には、さらに予想もしなかった繋がりが明らかになるというおまけつき。
人と人が輪のように繋がっていく群像ストーリィ、逸品です。

      


  

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