高橋 治作品のページ


1929年千葉県千葉市生。53年東京大学文学部国文学科卒、松竹大船撮影所に助監督として入社。60年より監督作品を発表、並行して戯曲も発表。65年フリーとなり、作家活動入り。84年「秘伝」にて直木賞、96年「星の衣」にて吉川英治文学賞を受賞。 


1.
純情無頼
−小説阪東妻三郎−

2.絢爛たる影絵−小津安二郎−

 


       

1.

「純情無頼−小説阪東妻三郎−」● ★★☆




2002年2月
文芸春秋刊
(1762円+税)

2005年2月
文春文庫化

 

2002/03/08

 

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阪東妻三郎という役者については、時代劇の人気役者として名前を知っているだけで、作品を見たことはありません。
それにも拘らず、“阪妻”に親しみを感じているのは、ひとえに私が田村高廣さんのファンであり、その父親が阪妻である、ということからです。
したがって、阪妻さんについては、時代活劇の人気役者という程度のイメージしかなかったのですが、本書で知った阪妻さんは、遥かに大きなスケールと深みをもった、先進的な名優でした。本書を読んでいる間、ずっと圧倒され続けた思いです。

何故田村高廣さんのファンかというと、単に性格俳優という以上に、にじみ出てくるような深みのある笑顔、温かさが、何とも魅力的だからです。阪妻という人は、それに加えて端正な美男という要素を持っていたらしい。そうだとすれば、もう壮烈な名優としか思いようがありません。
逆に、本来の阪妻さんの側から語れば、初めは時代活劇の美男俳優として登場したものの、年若くして早い段階から性格俳優としての味を深めていったらしい。時代劇に留まらず、現代劇にも出演したこと、その数少ない現代劇がいずれも名演技として高く評価されている点で、それは明確な事実のようです。
本書冒頭の、台本に満足できない箇所があると稽古に全く出てこない、制作側はひたすら阪妻さんの思うところを斟酌して対応策を考えるほかない、その阪妻像には、名優故の可笑しみを感じます。
しかし、その後に語られる、阪妻さんが名優として道を極めていく過程には、壮絶さがあります。尾上松之助の“形”から、“現実”の活写へと時代劇映画を大きく変貌させたこと、若くして名優としての評価を得てしまった故に重圧も大きかった、という苦しみ。とても読み甲斐がありました。

一抹の哀しさを感じるのは、田村4兄弟の長男・高廣さんと阪妻さんの関係。弟3人と父親・阪妻さんが普通に近い父子関係だったのに対し、高廣さんの少年時は阪妻さんが常に緊張を孕んでいた時期であったこともあり、父子の関係(会話)は常に間に妻(母)を介在してのものだったそうです。
高廣さんが、弟2人と異なる風格を備えている点、阪妻さんを彷彿させるところが多分にある点については、その辺りに原因があるように感じます。
図書館の新刊書棚に偶然見つけた本ですが、その僥倖を感謝したい一冊。

「大江戸五人男」/「破れ太鼓」/父と子/「雄呂血」「無法松の一生」

      

2.

●「絢爛たる影絵−小津安二郎−」● ★★

 


1982年11月
文芸春秋刊
(1500円+税)

1985年5月
文春文庫化

 

2002/03/30

「純情無頼」を読んだ後、本書も面白いですから是非、と勧められて読んだ本。
日本映画における名監督の一人として知られる、小津安二郎の実像、およびその映画作品について、詳細に語った一冊です。
単なる評伝ということではなく、映画論、小津安二郎論になっているところが、本書の価値であると思います。

「純情無頼」で描かれた阪東妻三郎が、稀有な役者であっても、人間的には判り易かった人物であるのに対し、小津安二郎という人はとても判り難い。そのことがまず印象づけられます。だからこそ、本書は評伝ではなく、小津安二郎論になっている、と思うのです。
本書の流れをざっと俯瞰すると、まず代表的な作品「東京物語」を紹介しながら小津という映画監督を語る、次いで、小津安二郎の人間論、最後に後期小津作品を紹介しつつ小津作品論、という展開だったように感じます。
そして、それを基軸としながら、松竹という映画会社の実情、映画作りの現場、ベテラン監督と若い監督たち(大島渚、篠田正浩等)の群像が、併せて語られています。その辺りは、自身もまたその渦中の一人だった高橋さんだからこそ、語れる部分です。

読後残ったのは、小津作品が今なお評価される理由、その作品の裏にある小津という人の生々しさ、を知り得たという思いです。

(3部の題名と論じられた小津作品名)
「春」・・・東京物語
「夏」・・・晩春、麦秋
「秋」・・・秋刀魚の味、早春、東京暮色

  


  

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