島田雅彦
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1961年東京都生、東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒。83年大学在学中に発表した「優しいサヨクのための嬉遊曲」が芥川賞候補となり同作にて作家デビュー。84年「夢遊王国のための音楽」にて第6回野間文芸新人賞、92年「彼岸先生」にて第20回泉鏡花文学賞、2006年「退廃姉妹」にて第17回伊藤整文学賞、08年「カオスの娘」にて平成19年度芸術選奨文部科学大臣賞、16年「虚人の星」にて第70回毎日出版文化賞、20年「君が異端だった頃」にて第71回読売文学賞を受賞。


1.ニッチを探して

2.絶望キャラメル

3.スノードロップ

  


     

1.

「ニッチを探して ★★


ニッチを探して

2013年07月
新潮社刊

(1700円+税)

2016年01月
新潮文庫化



2013/10/13



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大手銀行の副支店長だった藤原道長は、都心の高級ホテルに一泊した翌日、意を決したようにホームレス生活へと踏み出します。
前日無断欠勤した銀行では支店長が20億円もの不正融資が判明したと背任容疑で警察に通報。妻の
香子と大学1年生の娘=彰子は何も知らず呆然とするばかりでしたが、父親から信じて欲しいという秘密メッセージを受け取り、気を取り戻します。

インターネットカフェ、簡易宿泊所、テントに炊き出しでの食事と、徐々に道長はホームレス生活を深めていきますが、どこか観察者的。
公園の水道、炊き出しでの食事確保と、ホームレスになっても何とか生き延びていくことができる現代日本社会の姿と、一方で警察に追われている犯罪者を仲間として迎え入れればホームレス全体が生活基盤を失うリスクを抱え込むことにもならないという一面も道長は知っていくことになります。
さながらホームレス生活案内といったような内容を持つストーリィで、その部分に対する興味は尽きません。しかし、何の為に、何の展望をもって道長はホームレス生活に足を踏み入れたのか。また、背任容疑とはどんな事情なのか。残された妻と娘の今後は? という問題点はストーリィが深化していくに連れ、徐々に明らかにされていきます。

作家の
佐江衆一さんが実際に体験したホームレス生活を綴ったエッセイ「横浜ストリートライフ」を15年前に読んだことがありますが、この本書、読む前はホームレス入りした主人公の没落ストーリィと思っていたのですが、実はホームレス物語兼サスペンス小説とはっきり判ったのは、中盤以降になってから。ただ本書、サスペンス部分よりホームレス部分の方が余程面白かったように感じます。とくに、道長が認知症を患った57歳の一人暮らし女性=源倫子と関わった部分が見逃せません。

同じサラリーマンとして、主人公の道長と同一状況に立たされた時自分はどう行動するか、できるのか。それを考えると本書への興味はぐんと膨らみます。本書、サラリーマン・サスペンスとして読むべし。
なお題名の
「ニッチ」とは、生息に適した場所あるいは条件とのこと。道長が辿る道はニッチ探し、ということに尽きます。

Niche/Home/Hotel/Downtown/Park/Arcade/Guest house/Train/Prison ruins/Hills/Cemetery/Scrapped car/University/Her memory/Candy house/Riverbank/Surveillance camera/Settlements/Red-light district/Barrel/Terminus

        

2.

「絶望キャラメル ★★


絶望キャラメル

2018年06月
河出書房新社

(1600円+税)



2018/08/31



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前市長の野放図なハコモノ行政が見事に破綻し、財政難にあえぎ将来に何の展望もなくなった葦原が舞台。
おじの跡を継いで貧乏寺=本能寺の住職となった
江川放念、故郷を活性化するためにはまず若者たちをと、“原石発掘プロジェクト”を立ち上げます。
その放念が目を付けた高校生は、常人離れした肩を持つ
黒木鷹、町一の美少女である青山藍、変人で微生物オタクの白土冴子、調整能力抜群の緑川夢二という4人。

放念によるお膳立て、指示に乗っかって3人はそれぞれの道に向かって、走り出します。そして夢二は放念の補佐役となって、3人をそれなりにサポートしていきます。

まるで3つの青春ドラマを合体させたような展開。
こうも巧く行くものかというぐらい順調に、そしてコミカル要素も含めながら放念主導による3人+1人の活躍が広がっていきますが、果たしてそれ自体、彼らにとって良いことだったのかどうか。現実はやはり甘くない、という局面も彼らを待ち受けます。
それでも4人の間に助け合うという繋がりが生まれたのは、大きな成果だろうと思います。

一見挫折。でもそこで諦めて留まらず、前へと足を踏み出していくところが嬉しい。
4人それぞれ魅力的。それでもやはり、幼馴染同士という夢二と藍の関わり合いが、やはり格別に楽しい。

そうですよ、やはり子供たち、若者たちには夢をもって、挑んでもらわなくっちゃ。
放念の「鶴の恩返し」という言葉には笑ってしまいますが、現実的な要望でもあります。

なお本作、文章にはなっていない、行間部分をしっかり汲み取って読み進めば、面白さはぐっと深まる筈です。

         

3.

「スノードロップ Galanthus nivalis L.Snowdrop ★★


スノードロップ

2020年04月
新潮社

(1600円+税)



2020/05/25



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えっ、コレいいの? と思わず驚く小説作品です。

主人公は令和の御代となった日本の皇室、
不二子皇后
自分に対する抑圧、皇室をないがしろにする現政権への怒りをついに抑えきれず、
ジャスミンというハッカーの才能を持つ女性を侍女として雇い入れる。そして、彼女の力を借りて、クローゼットの中から<ダークネット>にアクセスし、自らの本音を発信する、というストーリィ。
昭和、平成、令和という時代変遷、天皇・皇后と弟宮夫妻の家族構成と、まさに現皇室そのものですから恐れ多い気持ちにもなるのですが、島田さん曰くこれは“パラレルワールド”の皇室、とのこと。

いろいろ思い出させられ、いろいろ考えさせられ、と本作はかなり刺激的な内容です。
・皇太子妃時代からのバッシング。
・皇室を政治利用して恥じることもない現政権。
・独裁的と言うしかない現政権に対する天皇の不満、怒り等々

はっきり言ってしまうと、政権の座が長くなり、法律解釈の変更に過ぎないと主張しての法律違反、国民を平然と欺く安倍政権への批判が、文中からビシビシと伝わってきます。
もちろん不二子皇后が主導する国際関係の意見に全て賛同できるものではありませんが、今上天皇と不二子皇后の怒りは、日本国民の思いを象徴するもの、と言えるのではないでしょうか。

終盤、
今上天皇と不二子皇后が仕掛けた<令和の改新>とは如何なるものか? そのバトルの様は率直に言って愉快。
また、
舞子内親王のしっかりぶりもちょっと頼もしい。

    


  

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