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「白き糸の道」 ★★ | |
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幕末の江戸期、養蚕業をもっと栄えさせるためには温度計が不可欠、“蚕当計”を国内生産し、養蚕農家に広めようと奮闘したひとりの小娘がいた。 貧しい養蚕農家に生まれた糸は、気の好い蚕種商の中村善右衛門から算盤・算術を教わり、また江戸の絵師=歌川貞秀と出会ったことから、狭く閉塞的な村に飽き足りない思いを抱く。 そして家計を助ける為に生糸商の元に奉公していた糸は、偶然にも病を発して旅籠で寝込んでいた善右衛門に再会し、その場に来た医者が持参していた体温計に引き付けられる。 その温度計があれば、蚕室の温度をもっと適確に調整し、養蚕をもっと増やすことができるに違いないと確信する。 やがて糸はひとりで村を出て江戸へ向かい、自らの手で温度計(蚕当計)を作り、広めるため奮闘します。 その目途が付いた後、糸は村へ帰り娘を産みますが、その後に一緒になった夫、また一人娘の葉とも良好な関係を結べないままとなります。 端的に言えば、先駆的ワーキングウーマン・ストーリィ。 貧しい農家の娘だというのに、読み書きを学び、そのうえ算術まで。さらに、養蚕農家のために自分ができること、自分しかできない道をまっしぐらに突き進む。 その一方で、糸が犠牲にしたものもあります。それは家族の温かさであり、娘の葉との繋がり。 農村、それも江戸時代ですから、周囲から冷たい視線を浴びるのは当然のこと。そこには、自分たちがとてもできないことをやってのける糸へのやっかみや反感がきっとあったのでしょう。 とくに男たちが、馬鹿にされまいと頑なになる気持ちも判る気がします。 その一方で、社会の変化を感じ取り、実力があれば女だからと言って除け者にしようなどとは思わない男たちもいます。 これが正解、というのはないのでしょう。糸にしたって、決して完全ではないし、家族関係においては結構不器用なところがあります。 しかし、こうして社会は変わっていく、その象徴的なストーリィと感じます。 何かしようとしたときに、男性より女性の方が困難が多いというのは、現代にも通じる課題でしょう。 時代小説というより、一人の女性ストーリィとして読み応えを覚える作品でした。 【第一部 蚕種商と旅絵師】1.糸の道/2.藤谷淵村にて/3.見えぬものを見る/4.春遠く/5.巡り巡れば/6.加賀屋/7.蚕当計 【第二部 為すべきを求め】1.こわれるもの/2.ふたたび江戸へ/3.浦賀行/4.猫絵殿様 【第三部 もうひとつの命】1.おもかげ/2.雪解けと嵐と/3.倦む/4.新たな役目/5.生糸峠/6.つむぐ道 |