中江有里
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1973年大阪府生、法政大学卒。女優、脚本家、作家。89年に芸能界デビュー、多数の映画やドラマに出演。2002年処女脚本「納豆ウドン」にて第23回NHKラジオドラマ脚本懸賞最高賞を受賞し脚本家デビュー。06年処女小説「結婚写真」を発表。


1.ティンホイッスル

2.残りものには、過去がある

3.トランスファー
(文庫改題:わたしたちの秘密)

4.万葉と沙羅

5.水の月

 


           

1.

「ティンホイッスル Tin whistle ★☆


ティンホイッスル画像

2013年01月
角川書店刊
(1400円+税)



2013/03/11



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人気低下し映画出演を契機に復活をかける美人女優、その女性マネージャー、かつて女優を目指したが今は離婚してパート勤めのシングルマザー、という3人の女性を巡る物語。

舞台は映画のロケ地となったある田舎町。
かつて人気のあった美人女優=
河野みさきは離婚以来人気を失っており、再浮上をかける映画出演だというのに我がまま放題、スタッフを振り回している。
主人公の一人である
大崎藍子はそのマネージャー。原石を発掘することを遣り甲斐と感じていたのですが、事務所の社長に頼まれみさきのマネージャーとなって半年。みさきの扱いに苦労している。。
その藍子がこの田舎町で目を留めたのは、かつてデビューしたものの売れないままに事務所が倒産。故郷に戻って結婚したものの離婚、
真菜という幼い娘を抱えるシングルマザーの片山愛。この愛がもう一人の主人公。
愛が監督の目に留まり、臨時出演を依頼されてやむなく応諾したところから、本格的に三人の女性のドラマが始まります。
本ストーリィの鍵となるのは、“運と運命”という言葉のようです。

登場人物の動きにややぎこちないところ等々ありますが、小説としては十分な出来。
藍子を真ん中にしてみさきと愛は対照的な存在ですが、両者を単純に比較するのではなく、各々自分の道をどう選択するのが良いのか、それを決めるのは結局自分自身でしかない、と描いているところが清々しく、とても気持ち良い。
今後の活躍に期待大です。

1.未練/2.過去/3.焦燥/4.希望/5.仕事/終楽章.再生

                      

2.
「残りものには、過去がある There is a past in leftovers ★★☆


ティンホイッスル残りものには、過去がある

2019年01月
新潮社

(1500円+税)

2022年02月
新潮文庫



2019/03/29



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結婚披露宴を舞台にした連作ストーリィ。

新郎の
伊勢田友之は47歳、初婚。容姿はカバに似ていると言われる。父親創業の会社<イセダ清掃>を継承して2代目社長。企業向けサービス、掃除グッズの販売により業績を拡大し、小規模ながら良い評価を得ている。
一方の新婦は
鈴本早紀は29歳で、清楚な美人。大学在学中に両親が事故死し、大学中退、バイト働きを経て、友之の会社で契約社員。
2人の結婚経緯を知らない人間たちからは、当然にして、玉の輿婚、金目当て? 年の差婚、格差婚と陰口を叩かれますが、それだけ不釣り合いなカップルであることは否定できません。

「祝辞」の主人公は、新婦のレンタル友人である高野栄子31歳「過去の人」は友之の大学時代の友人である池田洋介「約束」は早紀の1歳上の従姉である貴子
「祈り」はかつて友之から結婚申込を受けた美月。この美月は披露宴に招待されておらず、友人を介して結婚式の様子を知ることになります。
そして、
「愛でなくても」の主人公は新婦の早紀であり、「愛のかたち」は新郎の友之

どの篇の主人公も、皆それぞれに悩み、悔恨、問題ある過去を抱えています。
でも、だからこそ友之と早紀の2人に対し、心からのお祝いを送り、また幸せを祈っているのでしょう。
彼らたちの間に交わされる言葉の何と優しいことか。そして、何と温かな雰囲気に包まれていることか。
その辺りがとても気持ち良い。純粋に相手を想う気持ちが溢れているから、と感じます。

冒頭、栄子が語る早紀への祝辞が素晴らしい。そして最後に明かされる早紀と友之の間の秘密が、何と愛おしいことか。
各人のここに至るまでのドラマを紹介することはとても不可能なこと。もうそれは、本作を読んでいただく他ありません。

読了した時には、友之と早紀の幸せを心から祈りたい気持ちに、きっとなることでしょう。是非、お薦め!

祝辞/過去の人/約束/祈り/愛でなくても/愛のかたち

                 

3.
「トランスファー Transfer ★★☆
 (文庫改題:わたしたちの秘密)


トランスファー

2019年06月
中央公論新社

(1500円+税)

2022年07月
中公文庫



2019/07/12



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派遣社員として働く大倉玉青は、一人暮らしの30歳。
父親は既に亡く、母親は介護施設に入所済。
ただ、生きているから生きている、というような空虚な日々。
そんな玉青には、ずっと胸に抱え込んできたある秘密がありました。
その秘密故に玉青は、毎日のようにある場所へ足を運んでいるのですが、あたかもそれは、玉青が唯一、生きる意味を見出しているかのよう。それにしがみ付いているかのように感じられます。

その玉青、怪我をして運び込まれた病院で、信じ難い出会いをします。その相手とは、
洋海(ひろみ)という少女。
その洋海に頼まれ玉青は、洋海と一時的に身体を入れ替えることを承知します。
それが即ち、本書題名の「
トランスファー」。

非現実的な出来事を土台にしたストーリィですが、玉青、洋海の寄る辺なさ、その思いの切実さが胸の中に深く差し込んで来て、思わず泣きたくなってしまいます。
その一面を象徴するのが、玉青が好きだという、太宰治の「走れメロス」。

人が希望をもって生きていけるためには、何が必要なのか。
本ストーリィにおいて、玉青は決して孤独ではなかった、と言いたい。
玉青の周りを囲む、脇役の登場人物たちの人物像もすごく良い!

玉青が、このトランスファーでの経験をきっかけに、新たな道へと歩み出していこうとする姿に、心からエールを贈りたい気持ちでいっぱいです。

               

4.
「万葉と沙羅 ★★


万葉と沙羅

2021年10月
文芸春秋

(1650円+税)



2021/11/15



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友達付き合いがうまくいかず中学校で不登校になった沙羅、このままではいけないと一年遅れで都立S高等学校の通信制に入学します。
登校は週に一回で良いという通信制ですが、それでも登校するのは沙羅にとって楽ではないこと。
その通信高校で思いがけず沙羅は、かつて隣同志だった同い年の幼馴染=
万葉くんに再会します。
読書好きで今は古本屋を営む叔父の元で暮らしている万葉との再会がきっかけとなり、苦手だった本に手を出すようになり、沙羅の日々が少しずつ変わっていく・・・。

幼馴染に再会したからといって、読書をするようになったからといって、沙羅の状況がすんなり改善する訳ではありません。
でも、人と関わるようになれば少しずつ状況や気持ちは変化していくもの。
本作は、そんな沙羅や万葉をゆっくり見守ろうとする著者の温かな目を感じます。
穏やかな良さ、そんな印象を受ける作品。とかく忙しなく、結果をすぐに求めようとしがちな現在にあって、こうした穏やかさは懐かしい、貴重に感じます。

※沙羅と万葉のやりとりに、幾作もの文学作品が登場します。
特に印象に残るのは
福永武彦「草の花」「廃市」。50年前の高校生の頃に読んだ作品ですが、流石に内容は忘れてますね。

「万葉と沙羅」:万葉との再会、読書への踏み出し。
「あなたとわたしをつなぐもの」:2年になった沙羅、新入生という佑月との出会い、友情・・・。
「いつか来た道」:万葉、叔父の正己を追いかけて九州の久留米へ。大叔母の元に一緒に滞在して知った叔父の事情は・・・
「ひとりひとりのぼくら」:通信制大学に進学した万葉ですが思うようにいかず・・・。、
「その先にある場所」万葉、沙羅、それぞれに先のことが視野に入ってきますが・・・。

万葉と沙羅/あなたとわたしをつなぐもの/いつか来た道/ひとりひとりのぼくら/その先にある場所

          

5.
「水の月 La lune de l'eau ★★☆


水の月

2022年05月
潮出版社

(1800円+税)



2022/06/12



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幼い時に両親が離婚し、姉は父の元、3歳下の妹は母の元に。
ずっと会うこともなく生きてきた姉妹2人ですが、TV番組の後に流れるテロップで制作スタッフの中に
姉=渡辺百花の名前を見つけた妹=梅田千愛(ちあき)が姉宛てに手紙を出したことから、2人の間にメール交換が始まります。
本作はその姉妹間で交換される電子メールから成る書簡体小説。

両親が離婚したのは百花が小学3年生の時。幼かった千愛は姉の存在すら覚えていませんでしたが、子どもの頃の写真を見て自分に姉がいることは知っていた、という設定。

最初はぎこちなく、互いに遠慮し合う雰囲気があります。
それはそうでしょう、両親の離婚以来会うことも、連絡を取り合うこともなかったのですから。
だからこの2人にとって、メール交換による関係復活が良かったのでしょう。
言葉にすることは難しくても、整理したうえでの文章であれば、きちんと伝えることができるでしょうから。
言葉の大切さが前提にある点で、「生者のポエトリー」に連なるものを感じます。

お互いの現状を伝えるところから始まり、それまでの人生を語り合い、そして2人の母親がすい臓がんでステージ4にあることが共有されます。それから父親に連絡を取ることへと進んでいきます。

本作から感じることは、人と繋がること、繋がりを感じられる相手がいるということの貴重さ、かけがえのなさ、です。
それによって自分の世界がぐんと広がるように感じられます。

また、姉妹関係の復活は、母親との、そして父親との繋がりの復活にも通じていきます。
人は一人で生まれてきた訳ではない、ですから再び繋がりを持てるようになったことは幸せなことだと感じます。
こうしたストーリィ、中江有里さん、上手いなぁ。

        


   

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