「ミシンと金魚」 ★★☆ すばる文学賞 | |
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年を取っていけば記憶もあやふやになってくるし、身体の動きも不自由になり、やがて認知症も・・・。 年を取ってもそんな風にはなりたくないとは誰もが思うことでしょうけれど、こればかりは如何ともし難い。 本作はその渦中にある安田カケイさんの語りによる小説。 冒頭は、そんなカケイさんの心の中の声が描かれます。 言葉に上手く出せないからといって、胸の内では結構、饒舌。ヘルバーの「みっちゃん」らとのやりとりが面白い。 その「みっちゃん」から、「カケイさんは、今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」と訊かれます。 そこからカケイさんの自らのこれまでを語っていくのですが、その何と凄絶な人生であることか。 継母から薪で頭を叩かれ続け、犬のだいちゃんの乳を飲み「かあちゃん」と呼んでいた、兄が借金の形にカケイを押し付けた亭主は失踪、子どもを育てるため必死でミシンを踏み続け・・・。 「ミシンと金魚」という題名の意味は後半になって分かるのですが、何ともやりきれない痛みを感じます。 しかし、年を取って頭の動きも鈍って来れば、悔いを抱えつつも諦め、それが自分の人生だったと達観できるのでしょうか。 来たるべき日々を描いたストーリィ、圧巻です。 |
「ジョニ黒」 ★★ | |
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舞台は1975年、横浜の下町である黄金町。 小学生アキラのひと夏、夏休みにおける冒険話なのですが、作品全体から当時のワイワイガヤガヤした空気が立ち上って来るようです。 アキラ、4年前に家族で海水浴に行った折、海でアキラは助かったものの父親は行方不明に。 それ以来、母親のマチ子は時々オス(男)を拾って帰るようになり、今は日出男という、何も働かずブラブラしているだけのオスと同居中。 親友は、混血児で外国人っぽい容貌のモリシゲ(守川茂雄、本名:ミッチェル)。彼は町会長のじーちゃんと同居。 その守川家の飼い犬であるヤマトと、何故かアキラはテレパシーで会話ができる、という間柄。 アキラたちが町で出会う男女、それぞれ色々と問題を抱えているようですが、アキラたちに向ける視線の温かさが感じられて印象的。 それぞれ癖があっても、子どもたちをちゃんと見守っている、という感じがします。 ストーリィは後半、アキラの一言で傷ついた日出男が家を出て行ってしまい、アキラがヤマトと共に自分のテリトリーではない場所まで出かけて日出男を探そうとする展開へ。 皆が温かいからでしょう。日出男に対するアキラの視線も温かい。そんな二人の気持ちが交錯する場面に、ちょっとした感動を覚えます。 現代社会ではもう余り見られないような、原風景を感じさせてくれる一作。 佳い作品に出会った、という気持ちです。 |