村木 嵐(らん)作品のページ


1967年京都府京都市生、京都大学法学部卒。会社勤務を経て、95年より司馬遼太郎家の家事手伝いとなり、後に司馬夫人である福田みどり氏の個人秘書を務める。2020年「マルガリータ」にて第17回松本清張賞、23年「まいまいつぶろ」にて第12回日本歴史時代作家協会賞作品賞および第13回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。


1.まいまいつぶろ 

2.まいまいつぶろ 御庭番耳目抄 

3.またうど 

 


                   

1.
「まいまいつぶろ ★★☆       日本歴史時代作家協会賞作品賞他


まいまいつぶろ

2023年05月
幻冬舎

(1800円+税)



2024/02/09



amazon.co.jp

第9代将軍であった徳川家重が障害のため言語不明瞭であり、側近くに仕えた大岡忠光ただ一人がその言葉を聞き分けることができたという史実は、以前から私も知っていたこと。
その史実を知っていたことがかえって、本書刊行時に手を伸ばすのを妨げてしまったのではないか、という思いがあります。
いずれにせよ、また遅くなったにせよ、本作を読めて良かったなと思います。

本作に描かれる
長福丸(後の家重)は、身体および言語に障害があるものの聡明な人物として描かれます。
しかし、自ら発する言葉を誰も理解せぬところから相手に伝わらず、また周囲の蔑視を感じとれるからこそ、苛立ちを抑えきれずにおり、また粗相から嘲りも受けている、という出だし。
そこに登場したのが、旗本の子でお目見えに参列した、まだ少年の
大岡兵庫(のち忠光)
何と、長福丸自身も老中たちも驚いたことに、ただ一人長福丸の発する言葉を理解したのです。
そこから始まる、家重と忠光の長きにわたる主従関係を描いたストーリィ。

吉宗〜家治の間にいた第9代将軍=家重を描く時代小説であるのは勿論のことですが、時代小説を超えて、お互いに強く深く信頼し合った主従関係を描いた物語、と捉える方が相応しいと思います。
それにしても、ついに道を誤ることのなかった大岡忠光という人物、その生き方の何と見事であったことか。
そしてまた、忠光に道を誤らせることのなかった家重の、さらにはお互いに深く理解し合い、強く信頼し合い、お互いを大切にしあったこの主従の何と見事であったことか。

忠光が誤ることのなかった道とは、どんなものだったのか、ですって?
それこそが、まさに本作品の読み処です。
是非、本作を読んでその感動を味わってみてください。


1.登城/2.西之丸/3.隅田川/4.大奥/5.本丸/6.美濃/7.大手橋/8.岩槻

                  

2.
「まいまいつぶろ 御庭番耳目抄 ★★


まいまいつぶろ 御庭番耳目抄

2024年05月
幻冬舎

(1600円+税)



2024/06/07



amazon.co.jp

「まいまいつぶろ」のサイド・ストーリー。
長福丸→家重、大岡忠光の周辺にいた人々が、他から孤立しているかのような二人をどう見ていたか、を描き出す連作。

各篇の主人公は異なりますが、それらの動きをずっと目撃していたのは、
吉宗から使命を与えられた御庭番の<万里>だった、ということから「御庭番耳目抄」という次第。

再び「まいまいつぶろ」の物語を、前作とは違った角度から味わえるのが、本作の魅力です。

「将軍の母」:吉宗生母である浄円院、つまり長福丸の祖母。長福丸の将軍継承に反対したその理由は・・・。
「背信の士」:老中首座だった松平乗邑。家重の将軍継承に反対、吉宗に対し次男=宗武を推挙します。その思いの底に在ったものは・・・。
「次の将軍」:家重の嫡男、後の十代将軍=家治。幼い頃は聴き取れた父の言葉を次第に聴き取れなくなったその理由は? 
そして敬愛する父のため家治が取った行動は・・・。
「寵臣の妻」:忠光の妻=志乃。忠光が徹底して付け届けを受け取らないようにしていたその深い理由は?
父親の心が分からないと反発する嫡男=
兵庫の思いは・・・。
「勝手隠密」吉宗、忠光、家重も死去し、自らも年老いた万里が最後に会ったのは、かつての朋輩で、長福丸の御側衆であった大久保往忠。二人が初めて打ち明け合った思いは・・・。

将軍の母/背信の士/次の将軍/寵臣の妻/勝手隠密

         

3.
「またうど ★★


またうど

2024年09月
幻冬舎

(1700円+税)



2024/10/11



amazon.co.jp

歴史上の人物に対する評価の是非はとかく様々ではあるものの、時代小説に描かれるにおいて特に毀誉褒貶が激しい代表的な人物が、田沼意次でしょう。

田沼意次、小禄の身から立身し
第9代将軍家重〜10代家治の治世において側用人・老中格・老中として幕政を主導した人物。
しかし家治の死去を契機に、
徳川治済(一橋家)や白河藩主となった松平定信(田安家)らの策謀によって失墜した人物。

どちらかというと、時代小説では悪く描かれるケースが多いのですが、元々はアンチ田沼派であった松平定信によってことさらに悪評判を広められた所為だろうと思っています。
そもそも政策も、祖父の吉宗を倣って倹約、米を主とした重農主義の経済策をとった定信と、商業・流通に視点を当てた重商主義の経済策をとった意次という点で、相容れないものがあったのでしょうから。

本作は、田沼意次を肯定的に、家重から「またうど」と評され、家治からも全幅の信頼を得ていた優れた政治家として描いた時代長編。
本作題名ともなっている
「またうど」とは、「愚直なまでに正直なまことの者」という意味とのこと。

よく言われるのが、田安家から白河藩に養子に出され、将軍世子の可能性を奪われたことで定信が意次を恨んでいた、ということですが、その辺りの経緯、また“賄賂”のことも明確に描かれていて興味津々。

肯定的に描かれているのでストーリー中の意次の判断、政策はもっともなものと感じますが、政治であれば善い点もあれば悪い点もあったというのが実際でしょう。

政策の是非は結局、結果論でしかありませんが、個人的な憎悪感情から行われてしまったのでは、下の者としては堪ったものではない、と思います。その点は現代の政治も同じこと。


※やはり肯定的に田沼意次を描いた時代小説のひとつが、
平岩弓枝「魚の棲む城。ご参考まで。

          


   

to Top Page     to 国内作家 Index