増山 実
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1958年大阪府生、同志社大学法学部卒。2012年「いつの日か来た道」にて第19回松本清張賞最終候補。翌13年同作を改題した「勇者たちへの伝言−いつの日か来た道−」にて作家デビュー。同作にて16年第4回大阪ほんま本大賞、22年「ジュリーの世界」にて第10回京都本大賞を受賞。


1.甘夏とオリオン

2.ジュリーの世界 

3.今夜、喫茶マチカネで 

  


       

1.

「甘夏とオリオン ★★


甘夏とオリオン

2019年12月
角川書店

(1600円+税)

2022年02月
角川文庫



2020/02/05



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主人公の女性落語家=桂甘夏は、銭湯の2階に下宿して仕事を手伝いながら落語家としての修業をしている日々。
その甘夏の師匠で、噺が上手く、しかもイケメン、独身ということで人気の高かった
桂夏之助が突然に失踪し、帰らぬまま。
 
途方に暮れていた甘夏と2人の兄弟子=
一夏・若夏の3人は、<三夏の会>主催として「師匠、死んじゃったかもしれない寄席」を、師匠が帰って来るまで毎月、甘夏下宿の銭湯が営業を終了した後の午前0時から開催することに決めます。
趣向は、毎月テーマを決めて、そして師匠格の落語家を毎月一人ゲストとして招く、というもの。
さて、夏之助師匠は戻って来てくれるのか。

ストーリィ自体ももちろん興味津々なのですが、それ以外に落語家の世界がいろいろ紹介されるように描かれているところが面白く、また楽しい。
甘夏、一夏、若夏と、落語家を志す前にドラマ、夏之助師匠のどの落語がきっかけとなって入門を決めたのか、そして落語家として成長していくためにそれぞれの課題等々。

その中でも、もちろん主人公である甘夏が中心。とくに女性落語家の味わう壁、男性落語家以上の苦労が語られます。
つまり、落語の主要登場人物は男性ばかり。女性が男性を自然に演じるためには、男性落語家以上の修業が必要という次第。
成る程なぁ・・・単なる男女差別の問題ではないのですね。

なお、本ストーリィの楽しみは、落語のいろいろな噺を紹介してもらえるところ。
落語にまったく不案内の私としては、多いに楽しかったです。


1.師匠失踪/2.宿替え/3.泣き虫甘夏/4.うなぎや/5.鴻池の犬/6.代書/7.発覚/8.「つる」の道/9.深夜寄席/10.狐と掏摸/11.らくだ/12.仔猫/13.小夏乱心/14.西の旅/15.ちくわとドーナツ/16.前夜/エピローグ

  

2.

「ジュリーの世界 ★☆       京都本大賞


じゅりーの世界

2021年04月
ポプラ社

(1700円+税)

2023年09*月
ポプラ文庫



2021/06/03



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1979年、京都の河原町に「河原町のジュリー」と呼ばれるホームレスがいた。
彼はいったい何を見ていたのか・・・。

その当時、三条京極交番に配属されたばかりの新米警官=
木戸浩介を中心に据え、40年後にまたがって語ったストーリィ。
そのジュリー、町の人々から忌み嫌われるというようなことはなく、町に溶け込んだ存在として見られていたらしい。
どういう時代だったのか。
歌謡界では、沢田研二や山口百恵が注目を集め、サザンオールスターズが登場したばかり。

私は東京生まれ、東京育ちなのでピンと来ませんが、その頃の京都、河原町周辺の姿は今と違ったものだったのでしょうか。
いずれにせよ、本作を読んで浮かび上がってくるものは、当時の河原町の姿です。

なお、「河原町のジュリー」は実在した人物とのこと。
本作は、その人物が人影もまばらな早朝に東の空を見上げているのを見かけたという個人的体験を起点に描いたフィクションとのこと。


プロローグ/1.花の首飾り/2.坂の向こう/3.夜の猫たち/4.鳥の名前/5.熱い胸騒ぎ/6.ジュリーと百恵/7.黒と白の季節/8.四十年後/9.真珠貝/10.再会/エピローグ/あとがき

      

3.

「今夜、喫茶マチカネで ★☆   


今夜、喫茶マチカネで

2024年07月
集英社

(1600円+税)



2024/08/01



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大阪、待兼山駅近くで永く続いてきた書店<らんぷ堂書店>、その2階にある<喫茶マチカネ>。
両店とも主人公の両親が始めたもので、書店は兄が、喫茶店は弟である主人公=
今澤敦巳が引き継いで守ってきた。
しかし、年々営業環境は厳しくなっており、「待兼山駅」が「大阪大学前駅」に名称が変更されるのを機に閉店が決まった。

それを聞いた常連客=
沖口久志が、「待兼山駅という名前の駅、「喫茶マチカネ」という喫茶店があった証を残しましょう、ついてはこの地で不思議な経験をした人たちに語ってもらい、その話を一冊の本にまとめようと提案する。
その結果として発足したのが<
待兼山奇談倶楽部>。そして閉店までの半年間、毎月11日に、喫茶店の営業終了後に<マチカネ>で話をし、話を聞くという催しが開かれることになります。

上記ストーリー設定、割と好きな方なのですが、もう一つ読んでいて気持ちが乗らなかったのは、“待兼”というこの場所に対する愛着心の有無の所為かもしれません。
その辺りがちょっと残念、と思うところです。
 
「待兼山ヘンジ」:プロローグ。
「ロッキー・ラクーン」:語り手は、カレー屋<ロッキー>の老店主=時任。
「銭湯のピアニスト」:学生時代、<待兼山温泉>(銭湯)でバイトしていた元女子大生=城崎朋子。
「ジェイクとあんかけうどん」:能登屋食堂のおばあちゃん=村田ふみ子。
「恋するマチカネワニ」:バー<サード>の老マスター=大さん。
「風をあつめて」:元阪大生=山脇恭子。
「青い橋」:元電車運転士だった沖口久志。彼の話により、待兼山ヘンジのもたらす不思議の謎が明らかになります。この部分が本作で最も楽しみな処です。 後半はエピローグ。

1.待兼山ヘンジ/2.ロッキー・ラクーン/3.銭湯のピアニスト/4.ジェイクとあんかけうどん/5.恋するマチカネワニ/6.風をあつめて/7.青い橋

    


  

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