|
1986年生、宮城県出身。看護師として働く傍ら小説を書き始める。2017年「跡を消す」にて第7回ポプラ社小説新人賞を受賞し作家デビュー。23年「藍色時刻の君たちは」にて第14回山田風太郎賞を受賞。 |
1.跡を消す 2.シークレット・ペイン 3.セゾン・サンカンシオン 4.藍色時刻の君たちは 5.臨床のスピカ |
1. | |
「跡を消す−特殊清掃専門会社 デッドモーニング−」 ★★ ポプラ社小説新人賞 |
|
2020年08月
|
孤独死や自殺、普通ではない死に方をしてしまった人間の遺した痕跡を、元通りになるよう清掃する、というのが副題にある“特殊清掃専門会社”というデッドモーニングの業務内容。 フリーターである主人公=浅井航(わたる)が小料理屋で知り合ったのは、笹川啓介という30代前半の人物。 その笹川の、一日で1万円のバイト代という言葉についひっかかり、航はそのバイトを引き受けるのですが、その仕事というのが何と特殊清掃だったとは・・・。 この特殊清掃、特別な思い、そして相当な覚悟がないと務まらない仕事だと思うのですが、同年代の廃棄物収集運搬業者である楓から「腑抜け」と罵倒されるような航が続けるに至ったのは、意地でしかなかった、と言ってよいでしょう。 本作は、極めて特殊な清掃業の苦労を描く“お仕事小説”であると同時に、その仕事や仲間たちとの関わりを通じて、航が<クラゲ>から<骨のあるクラゲ>へと成長していく青春成長ストーリィ。 そして、毎日喪服を着込み、会社内はいつも薄暗くしている笹川が抱えている闇の正体が明らかになり、航がそれに対峙せざるを得なくなっていく展開は、ちょっとサスペンス風のスリリングさを感じさせられます。 笹川や航を囲む、楓やデッドモーニングの事務職という望月、小料理屋「花瓶」の女将=悦子という周辺人物のキャラが立っているところも、本ストーリィに惹きつけられる理由。 さて、「跡を消す」という表題、その言葉が具体的に何を指すのか、そしてどういう意味を持つのか。読了後は、その言葉を噛み締めるように何度も繰り返してしまいます。 その言葉が表すもの、それは決して特殊な死に方をした人間だけに該当するものではなく、人間誰しもに共通することではないかと思うに至った次第です。 デビュー作でありながらこの出来の良さ、拍手喝采です。 1.青い月曜日/2.悲しみの回路/3.彼の欠片/4.私たちの合図/5.クラゲの骨/エピローグ |
2. | |
「シークレット・ペイン−夜去医療刑務所・南病舎− The secret pain」 ★★ |
|
2021年09月
|
医療刑務所を舞台にした、社会派ドラマ。 32歳になる精神科医の工藤守は、大学医局の指示で夜去医療刑務所に半年間の期間限定で派遣され、<矯正医官>として勤務することになります。ただし、登庁は週に2日程度。 副題にある「南病舎」とは、内科疾患のP級が北病舎、工藤が担当する精神疾患のM級が南病舎と分かれているため。 夜去医療刑務所に収容されている受刑者一人当たりにかかる年間費用は約4百万円。手術が必要な疾患を患えば倍くらいになることもあるという。それらの費用は全て税金から。 南病舎に収容されている受刑者の中には、妄想に囚われた者もいれば、医療手当を受けることを目的として刑務所入りしている者もいる。 罪を犯して収容されている受刑者たちに対して、医師はどう向かい合うべきなのか。 通常社会における医師と患者の信頼関係などは、ここ刑務所では戒められます。どんな弊害が医師にもたらされるのか分からないから。とはいえ、ことさらに贖罪の意識有無を受刑者に問い詰めようとし、刑務官以上に冷徹に接しようとする工藤の態度は医師に相応しいものなのでしょうか。 そんな工藤と対照的に、自ら矯正医官となった同じ精神科医のベテラン=神崎、女性内科医の愛内凛は、制約はあっても患者として向かい合おうとしている。 そして、この南病舎には、工藤の子供時代にかけがえのない友人だった滝沢真也が殺人罪で収容されていた・・・。 受刑者にも矯正医官にも、さらに刑務官にも、様々なドラマがあって今ここに居るのだということが順次語られていきます。 何が正しいか、などということはそう安易に言えるものではありませんが、矯正医官とはいえ、あくまで医者としてここに居る以上は、医師としての勤めを果たすべきなのではないか、と思います。 工藤が受刑者たちに対して厳しい態度を取ろうとしているのは、もしかして工藤自身が何かの呵責に今も苛まれている所為なのでは・・・。 全く知らなかった世界の扉を開け、覗き見た思いです。 1.羽根と体温/2.動物たちの咆哮/3.下を向いて/4.檸檬の夜/5.塀の中の子ども/エピローグ |
3. | |
「セゾン・サンカンシオン Saison Sankanshion」 ★★☆ |
|
2023年07月
|
題名の「セゾン・サンカンシオン」とは、様々な依存症を抱える女性たちが共同生活を送る施設、とはいっても2階建ての古ぼけた建物。 一応「生活指導員」の女性も共に暮らしているものの、今は指導員である彼女もかつては依存症に苦しんだ女性という次第。 読み始める前は、上記施設を舞台にしたアットホームな再生ストーリィかと思っていたのですが、とんでもない。辛くて辛くて胸が詰まるような群像ストーリィ。 第1章から第5章は、依存症を病んで苦しんでいる女性と、そのおかげで迷惑を被った家族の現在をそれぞれ描くストーリィ。 その間に挟まれる「#」はある女性の、依存症に陥る前から始まる長い人生に及ぶストーリィ。 ニュースでアル中とか薬物中毒とか聞くと、自分を律することのできないだらしのない人、意志が弱い人だからとつい決めつけてしまっていたのですが、本作を読むとそんな簡単なものではないのだと考えさせられます。 辛い状況に追い込まれ、辛さを分かち合ってくれる人もなく、それ故に逃げ込み場所を酒等に求めてしまい、何時しか依存症に陥ってしまっている。 家族も大変だったでしょうし縁を切りたいと思うのも当然のことと思いますが、やはり辛いのは本人なのでしょう。 そうでなくても自身を責めているのに、そのうえ家族や他人からも理解されることなく、責められる一方であれば。 その意味で 「第4章 バースデイ」は余りに辛い、辛過ぎます。 各章を通じて登場しているのは、かつて自身もアルコール中毒者で、今は生活指導員の立場にある塩塚美咲という40代の女性。 その塩塚美咲をはじめとし、本作に登場する女性たちが少しでも安らぎを手に入れることができれば、と心から祈る気持ちになります。 依存症に苦しむ人たちの実情を学ぶ上で、是非お薦め。 第1章 夜の爪/#1.新世紀の彼女/第2章 花占い/#2.はんぶんこ/第3章 葡萄の子/#3.紙の花/第4章 バースデイ/#4.寂しい場所/第5章 三寒四温/エピローグ |
4. | |
「藍色時刻の君たちは」 ★★ 山田風太郎賞 |
|
|
大きな社会問題となっているヤングケアラーを描いた物語。 東北の海辺の町に住む高校2年生の3人。 織月小羽は、離婚し統合失調症となった母親の面倒を見ている。一方、住田凛子は、DV夫と離婚しアルコール依存症となった母親の面倒を見ながら、5歳の弟の世話をしている。 松永航平の母親は幼い時に病死し、航平が双極性障害の祖母の面倒を見ている。 お互いの家族が同じ病院の精神科にかかっているとわかったときから、3人は同胞意識で繋がっています。 背負い込んでいる苦労を口にし合えるという点で救いにはなっていますが、だからといって現実的に苦労が減る訳ではない。 そんな彼らの前に現れたのは、叔母夫婦が営む中華料理屋を手伝っているという20代の女性=浅倉青葉。 彼女は明るい表情で、3人を手伝い、励まし、そして貴重な助言をしてくれます。 しかし、2011年 3月、彼らの町を襲った東日本大震災による大津波が全てを変えてしまう・・・。 第一部は、高校生の彼らと浅倉青葉との出会い。 そして第二部は、それから11年後。東京で再会した3人が、「青葉さんに謝らないといけない」という気持ちを抱き続けている小羽を中心に、青葉という女性の足跡を辿るストーリィ。 子どもは守られるべき存在。それなのに、その子どもに介護の負担を負わせ、将来への希望を奪ってしまうことなど、許される訳がありません。 しかし、現実的に子どもの身で、社会的な扶助制度を利用することなど困難です。彼らに差し伸べる手があって欲しいと、心から思います。 浅倉青葉という女性はどういう人物だったのか。それを辿っていく展開はミステリ的でもあります。 深い感動と共に、読み応えのある面白さも尽きないストーリィ。お薦めです。 プロローグ 第一部:1.2010年10月−海沿いの町/#1.十月の手紙/2.2010年11月−波打ち際のブルー/#3.一月の手紙/3.2011年2月−星の感触/#3.二月の手紙/4.2011年3月十四時四十六分 第二部:1.2022年7月−川沿いの街/2.2022年8月−疎い法律/3.2022年9月−未完成の塔/4.2022年10月−藍色時刻の君たちは/#4.君の羽を想う エピローグ |
5. | |
「臨床のスピカ」 ★★ |
|
|
題名からストーリー内容は推測がついたものの、「動物介在活動(AAA)」、「動物介在療法(AAT)」、「DI犬」(Dog Intervention=犬の介在)という言葉は、本作で初めて知りました。 ストーリーの舞台は、東京にある時津風病院。そこでは最近になってDI犬が導入されたところ。 その時津風病院に勤務するDI犬は、ゴールデン・レトリバーのスピカ。そして犬の責任者である「ハンドラー」は、それまで当病院に看護師として勤務していた凪川遥。 まず第1章から第3章まで、少女やうつ病の中年男性といった入院患者が、スピカの存在によって癒され、表情が生き生きとしてくる様子が描かれます。 その後の第4章では、DI犬導入を熱心に働きかけてきた看護師=武智詩織が自ら重い病を発症して苦闘する姿、第5章では詩織と同期入職だった凪川遥が抱える母親との確執が描かれます。 上記章の間に挟まれる「♯1.〜4.」は、詩織と遥の時津風病院への入職から始まり、スピカがDI犬としてと時津風病院に来るまでの経緯を描いたもの。 「病は気から」という諺もありますが、手術や薬で物理的に症状等を治す、あるいは改善することはできても、心はまた別の問題だと思います。 看護師さんたちとの会話も大切ですが、そこにDI犬がいたとしたら、子どもや老人にとってはどれだけ励ましになることか、と思います。 ただ、現実的にDI犬導入にはかなりの費用がかかり、病院側の負担は大きいのだそうです。 そうした動物介在療法、DI犬の実情を知ることが出来て、とても勉強になった作品。 それと同時に、様々な疾患に苦しむ人たちとスピカの触れ合いに気持ちが温かくなる作品です。 お薦め。 第1章 2023年5月 白い生き物/#1.2012年 春/第2章 2023年8月 水のないプール/#2.2012年 夏/第3章 2023年12月 真冬の蝉/#3.2019年 冬/第4章 2024年2月 線を跨ぐ/#4.2022年 夏/第5章 2024年3月 正しい距離/エピローグ.2024年 春 |