黒川 創作品のページ


1961年京都府生、同志社大学文学部卒。2001年「もどろき」が芥川賞および三島由紀夫賞候補、02年「イカロスの森」が芥川賞候補、05年「明るい夜」が三島由紀夫賞候補、後に京都水無月大賞を受賞。09年「かもめの日」にて第60回読売文学賞を受賞。


1.
かもめの日

2.きれいな風貌

3.いつか、この世界で起こっていたこと

4.暗殺者たち

5.京都

6.岩場の上から

  


   

1.

●「かもめの日」● ★★       読売文学賞


かもめの日画像

2008年03月
新潮社刊
(1600円+税)

2010年10月
新潮文庫化

     

2008/05/05

 

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本書題名の「かもめ」とは、1963年女性初の宇宙飛行士となった当時ソ連のワレンチナ・テレシコワ26歳が地上との交信で「わたしはかもめ」と呼びかけたことと、チェーホフの戯曲「かもめ」に関連するらしい。

私にとっては懐かしい話ですが、それはさておき、本作品の特徴は、これといった主人公がいないことです。
まず登場するのは、ベンチで夜を過ごした太った青年であり、彼が見失った少女です。2人とも最初は名前で呼ばれることがない点が印象的。
そしてラジオ局のAD、フリーの女性アナウンサー、DJ、作家が次々と登場してきます。
どういうストーリィなのか判然としませんし、彼らには時を同じくしているという以外何の関係もないように思えます。
それでも本ストーリィには、何とも言えぬ居心地良さが感じられるのです。
頁を繰るうち、登場人物たちの間に何かしらの関わり合いがあることが次第に明らかになっていきます。ただし、それは謎解きというようなサスペンス性のものではありません。良きにしろ悪しきにしろ、この世界の中で人と人は何らかの形で繋がっている、そうと知ってほっとする、というようなものなのです。
繋がり=“交信”、テレシコワが地上へ交信した時の言葉が、その象徴として使われているようです。

これといってドラマがある訳ではありません。せいぜい、レイプされるという心の傷を負った少女が誰かを付けねらっているらしい、青年はその少女を助けようとしているらしいということぐらい。
それでもこの社会の中で、人が一人っきりではないと判ることがこんなにも心安らぐものなのか、と思います。

※なお、先日に井上ひさしさんのチェーホフ評伝劇ロマンスを読んだばかりのところでまたもやチェーホフ! 単なる偶然かもしれませんが、こんな偶然に出会うことも、読書の喜びです。

       

2.
●「きれいな風貌−西村伊作伝−」● ★★


きれいな風貌画像

2011年02月
新潮社刊
(2300円+税)

  

2011/04/28

  

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文化学院の創設者である西村伊作(1884-1963)の評伝。
文化学院については専修学校という程度の認識しかなかったのですが、本書を通じてその特異な歴史を知ることができました。でもそれは、あくまで余禄。
本書の主体は、あくまで西村伊作という稀有な人物像です。

和歌山県の新宮市に生まれ、7歳の時に目の前で両親(大石姓)を地震により失う。それにより和歌山県山中の大地主である母方の祖母=西村もんの養子となり、家督を継ぐ。
積極的な活動意欲、理想主義に燃え、様々な事業を経て自由主義に依って立つ“文化学院”を
与謝野晶子らの協力を得て創設し、自分の理想を実践しようとする。しかし、その自由主義性から軍部と対立、投獄、学院建物の軍部による接収という苦難を受けながら、戦後再び文化学院の再開に全力を尽くす。
妻=
光恵との間に3男6女をなし、子供たちの多くは海外留学等を経験し、後任校長となった長女=石田アヤをはじめとし、何人もの子が帰国後文化学院の教壇に立つなどした。

尊敬に値する理想的な人物とまでは思いませんが、苦難に打ちひしげることなく、自分の理想を実践することについて積極果敢、その信条を貫いたという点で、やはり特筆されるべき人物だと思います。
また、西村伊作という人物だけのことでなく、その背景となった大正時代の自由、理想を追求する雰囲気が印象的。
ちょうど本書と並行してオムロンの創業者=立石一真の評伝を読んでいるところなのですが、昭和は経済、起業というビジネスが主体となる時代だったのでしょうか、その時代の差がなおのこと鮮やかに感じられます。
西村伊作という人物、子供たち、その背景となる時代をつぶさに描いた力作評伝です。

最初の記憶/遠くの地震/王の法のもとで/時代は変わる/ちいさくて、いいもの/文化学院の教師たち/性の明るみ/狂気か、正気か/悔いなき生活/火を焚く夜

           

3.
●「いつか、この世界で起こっていたこと」● ★★


いつか、この世界で起こったこと画像

2011年05月
新潮社刊
(1700円+税)

  

2012/06/26

  

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3.11東日本大震災を共通キーにした短篇集、6篇。

・35年前、若い頃の思い出を懐かしく振り返ったところで迎えた3.11。
・3.11地震・津波、その渦中に置かれたある家族各々の姿。
・米国へ短期滞在研修へ行った1977年、エルヴィス・プレスリーの死を知ると同時に米国の核施設を見学した。そして今、福島原発の事故に向き合う。
・チェーホフが集めて食したきのこ、チェルノブイリ原発事故の後、放射能汚染からきのこはもはや子供が食べるものではなくなった。
・1989年以来ずっと日本に在住してきたサラエヴォ出身の女性歌手イェレーナは、福島原発事故を心配した故国からの便りに、ついに帰国を決意。
・1923年当時、関東大地震によって引き起こされた地震・津波に鎌倉で巻き込まれた作家夫婦。

3.11震災に何らか繋がりがあるという以外、まとまりのある短篇集とはとても言えない一冊。
しかし、本短篇集全体を俯瞰して眺めると、何となく大きな時間の流れが感じられ、3.11震災も福島原発事故の所詮その環の中の一部に過ぎないように感じられます。
とはいえ、決して仕方ないこととして済ませられることではない(チェルノブイリ事故もそのひとつ)という思いが残ります。
あれやこれやと思索に通じる、不思議な味わいある一冊。

うらん亭/波/泣く男/チェーホフの学校/神風/橋

             

4.
「暗殺者たち」 ★★


暗殺者たち画像

2013年05月
新潮社刊
(1600円+税)

    

2013/07/06

     

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日本人作家がサンクトペテルブルク大学日本学科の学生たちに語り出す、20世紀初頭の“暗殺者”の歴史。

まず語り出されるのは、1909年10月ハルピン駅にて安重根によって伊藤博文が暗殺された事件のこと。
そしてそれに引き続き、
漱石がその事件についてどう語ったか、自らの作品「それから」ならびに「門」の中で登場人物にどう語らせていたかについて、話は継がれていきます。
しかしこの辺りは、本書の中では導入部分。
中心となるのは、急進派の社会運動家=
幸徳秋水と秋水と男女関係にあった菅野須賀子、その他活動家たちのこと。
この2人と周辺の活動家たち、彼らがやがて≪大逆事件≫の首謀者として逮捕され、死刑判決を受けるまでが丹念に語られていきます。

上記登場人物そして事件は、フィクションではありません。歴史上の事件として事実あったこと。
しかしそれが作家によって語られるという形式をとるや、まるで小説のようにリアルに感じられます。教科書に書かれている歴史的事実ではなく、生きた人間たちが演じた人間ドラマとして。
そして最後に作家は、“暗殺者”とは何か、暗殺者という言葉に相応しい人物は誰であったのか、を語ります。
そこで初めて読み手も、本書に描かれた歴史的事件の意味、重みを深く感じるという次第。

本書で印象的なこと、ファンとして少々嬉しかったことは、漱石が淡々と客観的に事件を語っていることです。
国民的作家のこの態度に、日本人全てが必ずしも傲慢であった訳ではないと、救われた気持ちです。

      

5.
「京 都」 ★★


京都画像

2014年10月
新潮社刊
(1800円+税)

  


2014/11/26

 


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“平安建都千二百年”に沸く京都において、地図から消された小さな場所。そんな四つの町をめぐる連作小説とのこと。

何もそれは京都に限ったことではなく、統合や町名変更等により名前が失われた地名は全国何処にでもある話と思いますが、千年の歴史を持つ京都のイメージと、本書各章の舞台となる町のイメージとのギャップの大きさが、尽きることなく興味深く、面白く読めます。
ただし、在日朝鮮人だったり、差別地区に近い土地の出身だったり、両親の離婚により母子家庭育ちだったりと、安泰だったとは決して言えない彼らの境遇が、そのまま彼らが大人になる過程において影を落としています。
それでも
「深草稲荷御前町」トオルは、喫茶店の店主となり折角幸せな家庭を得られたところだったのに、愚かな振舞いからその幸せを手から取り落としてしまいます。
また
「吉祥院、久世橋付近」前田良造は、開業医の家に生まれ自身も成績優秀だったにもかかわらず、高校中退の揚げ句に暴力団員となり刑務所暮らしも経験し、現在はしがないペットの火葬業者。
その2人と対照的に
「吉田泉殿町の蓮池」牧田健一「旧柳原町ドンツキ前」西口健志は、新聞記者、印刷会社の営業部員とそれなりに地道に歩んできたと言えます。

彼らが子供時代を過ごしたのは日本の高度成長時代ですが、彼らがその恩恵を受け、順調に生きてきたかというと、些か疑問符を付けざるを得ません。円満な人生からわざわざ背を向け、あるいは両親の離婚等々による陰をどこか背負ってきた観があります。
町の名前は消えても、彼らが歩んできた過去は決して消えるものではない、そう感じます。
同世代の私としては、「吉田泉殿町の蓮池」に描かれる昭和30年代の風景はとても懐かしいものですが、それ以上に彼らの来し方にある切実さに胸を打たれます。
戦後来順調に発展を遂げてきた現代日本社会の裏面史、という印象を濃くする次第です。


深草稲荷御前町/吉田泉殿町の蓮池/吉祥院、久世橋付近/旧柳原町ドンツキ前

      

6.

「岩場の上から ★★☆


岩場の上から

2017年02月
新潮社刊

(2500円+税)




2017/03/30




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2045年、貧乏旅をしている17歳の少年=西崎シンが、北関東の田舎町=院加町にやってきたところから本ストーリィは幕を開けます。
この院加町には 高さ80mにもなる“望見岩”と呼ばれる奇岩があり、アイヌ語による元々の地名
インカルシ(いつも眺める場所)の由縁となっています。

シンが院加町にやってきたとき、町では平和活動を繰り広げる住民グループがいる一方で、核燃料最終処分場が望見岩の地下深くに建設されるという噂が真らしくささやかれていた。
そして、今や「総統」と呼ばれるかつての強面て首相が実行した政策により、海外の戦地へ「積極的平和活動」の名のもとに日本兵が派兵されており、陸上自衛隊という名称は既に消滅していて本書では「陸軍」と呼ばれています。

シンを始めとして、平和活動を行っている男女、土地ブローカーの中年男性、役場で働く女性とボクサーを目指している兄、映像ジャーナリストと様々な人物が登場します。皆ごく普通の日本人と言える人々ですが、日本の現状になんとなく懸念、不安を感じている風。
それに対して、対象が不明確なまま宣戦布告し、憲法の効力を一部停止し、外国の戦地へ日本兵を派兵しようとしている政権側の顔はまるで見えません。
唯一登場するのが、「総統」と呼ばれる元首相。首相在任当時に実行したとされる政策等から、この人物が安倍首相を念頭にして書かれていることは明らかです。

解釈による集団自衛権の合憲化、自衛隊の海外派遣、テロ等準備罪(共謀罪)等々。安倍政権の奥に潜むきな臭さへの懸念が的中した近未来、というのが本書に描かれている日本国像と言って誤りではないと思います。
言葉の言い換え、大丈夫と明言する口調の裏にある騙し、その言いなりになってしまう恐ろしさをこれ程までに感じさせてくれる未来小説はありません。
近未来といいつつ、現在から繋がる2045年という時代は、すぐ目の前なのです。


序章.百年の終わり/1.地層/2.しずく/3.からだ/4.見えるように/5.振り返ると/6.川/7.雨/8.トンネル/9.影/10.伝言/終章.峠の家

    


  

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