熊谷達也作品のページ


1958年宮城県生、東京電機大学理工学部卒。中学校教諭、保険代理店業を経て、97年「ウエンカムイの爪」にて小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。2000年「漂白の牙」にて新田次郎文学賞、04年「邂逅の森」にて山本周五郎賞および直木賞を受賞。


1.
七夕しぐれ

2.箕作り弥平商伝記

3.ゆうとりあ

4.バイバイ・フォギーデイ

5.烈風のレクイエム

6.リアスの子

7.ティーンズ・エッジ・ロックンロール

8.希望の海

  


 

1.

●「七夕しぐれ」● ★★


七夕しぐれ画像

2006年10月
光文社刊
(1600円+税)

2009年06月
光文社文庫化



2007/09/21



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仙台のO町に住む小学5年生、和也、幸弘、直美の3人を中心とした少年物語。
学習塾を始めることになった父親の都合で、仙台市に引越してきた和也は、まるでバラックのようなあばら屋が5軒並ぶ中に同級生のユキヒロナオミが住んでいるのを知ります。さっそく幸弘と親しくなったものの、何故か翌日以降、ユキヒロもナオミも自分を遠ざけようとしているらしい。何気なくしたことが原因で2人に嫌われてしまったのか・・・、そんな和也の困惑から始まるストーリィ。

熊谷さんらしいと思ったのは、本書が単なる小学生物語、成長物語ではなく、差別問題を真正面から扱った物語であるという点にあります。それも、少年たちの目を通して描いたもの。その意義はとても大きいと思います。

ユキヒロとナオミは同級生たちからどこか浮いていた。和也はその理由を、5軒の中に住む安子ねえ沼倉のおんちゃんを通して知ることになります。
かつてエタやヒニンと呼ばれていた人たち。彼らが住んでいた地区はエタ(穢多)町と呼ばれ、差別されていた。
そんな差別は今はない、と教師たちは言う。しかし、現にイジメではなく差別が今も学級内で続いている。
「いじめよりも差別のほうが、ずっと根深くて深刻だ」という。何故なら戦う相手が違う。「表面上の敵は直接関わっている相手であっても、本当に戦わなければならないのは、その背後にあるもの。(中略)大人がつくってきた社会だ」とは、忘れてはいけない重みのある言葉。
イジメに対しては力で対抗することができるけれども、差別に対抗するためには力だけでは足りない。
同級生や教師に対して堂々と主張しようとする、この3人の頑張りが素晴らしい。そして、その3人を心から見守り応援する安子ねえ、沼倉のおんちゃんの人物像も素敵です。

小学生の成長物語というより、社会問題を取上げた物語というべき作品ですが、小学生3人+大人2人の行動が実に爽快。お薦めです。

 

2.

●「箕作り弥平商伝記」● ★★


箕作り弥平商伝記画像

2007年07月
講談社刊
(1700円+税)

2014年01月
講談社文庫化



2007/08/29



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大正期、秋田県太平黒沢村で“”を手作りし行商もする、弥平という青年を主人公にした長篇小説。

この弥平、難産のすえ癇癪球を破裂させた産婆が片方の足を渾身の力を入れて引っ張ったことから、右足と左足の長さが違ってしまったという身体の持ち主。
しかし、走るのは滅法早いし、度胸も据わっている。そのうえ村の産業ともいうべき箕作りの腕も良い。
そんな弥平に愛嬌と親しみ、そして作品にユーモアを感じるのはきっと私だけではないでしょう。
大正期、箕作り、行商というもの珍しさもあって、面白く読み進むことができます。

そんな弥平が、婚家から出戻ってきた姉の事情を確かめようと初めて群馬まで行商の足を伸ばしたところ、思いも寄らぬ事態に弥平は直面します。
箕作りの技が正当に評価されていた東北と違って、関東で箕作りは卑賤な仕事とみなされていた。そして“被差別部落”という弥平のそれまで知ることもなかった存在。
そんな中、惚れ込んだ娘に向かって猪突猛進する弥平の姿はユーモラスにも微笑ましくも感じられて愉快ですが、それと同時に“差別”という事実に哀しさを覚えて止みません。

大正期の農民生活風景という気分で読み始めた本書ですが、読み終わってみれば純朴な青年の一途な恋物語というべきストーリイ。爽やかさも哀しさも含めて味わい豊かです。

“箕(み)”とは、穀物をふるって、からやごみを振り分けるためのざるのような農具のこと。

  

3.

●「ゆうとりあ Welcome to Utolia」● ★★


ゆうとりあ画像

2009年03月
文芸春秋刊
(1714円+税)

2012年01月
文春文庫化



2009/04/15



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長年勤めた会社を定年退職。それを機に自然豊かな土地に引っ越して畑仕事をしたいという妻の懇望に負け、それならば俺も手打ち蕎麦の店でも開こうかと、東京を引き払って富山県の外れ“ゆうとぴあ”と名付けられた土地へ移住した熟年夫婦。
ところが実際に暮し始めると、予想もしなかった問題が次々と起こり・・・・。
新たな人生を踏み出した団塊世代夫婦の、新しい土地での悲喜こもごもの騒動をユーモラスに描いた長篇小説。

都会人向けの理想郷という名前は格好良いが、隣人は変わり者が多いし、慣れると近隣の住民たちは遠慮なく押しかけてくる。さらにイノシシにサル、クマまで現れるという具合で、子供の頃からトラウマになっていた犬まで飼い始める羽目に。
意外とお金もかかりこんな筈じゃなかったと思うものの、慣れてみれば住み心地は良いとまずは夫婦共々満足。

前半はそうした経緯がユーモラスに語られていきますが、後半に入ると一転、野生動物との共生問題から、新しい可能性を含んだ田舎での生活設計へと、深い考察が繰り広げられていきます。
前半のユーモア部分より、実はこの後半部分の方にこそ、本書の価値がある、と言って良いかと思います。
主人公に対してそれら問題への良い導き手となるのが、若い隣人夫婦の一方、猟銃を担いでクマハンターでもあるという加奈子さん。この女性の存在が、本書の良いスパイスになっています。

第二の人生をどう過ごすかという問題提起を、ユーモラスかつ豊かに語っている点が本書の魅力。
定年後の人生は・・・・とそろそろ考え出した方には、是非お薦めしたい一冊です。

             

4.

●「バイバイ・フォギーデイ BYE-BYE FOGGY DAY」● ★★☆


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2012年04月
講談社刊
(1600円+税)



2012/05/09



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函館のH高校に通う高校生=田中亮輔は、バンドとバイトに明け暮れる日々。
一方、亮輔の幼馴染で政治オタク、かつH高校の生徒会長である
杉本岬は、かねてよりH高校の文化祭“柳雲祭”を自らの手で仕切りたいと思っていた。
折しも今年は、憲法改正の是非を問う国民投票が行われる。高校3年生も投票権を持つ故にこの問題を柳雲祭で取り上げようと、岬は八面六臂の活躍を見せ始めます。
そんな岬を恐ろしく思いながらも、時々可愛いと思う心を禁じ得ない亮輔。
そんな2人を中心とした高校青春&恋愛ストーリィに、憲法改正の是非という政治問題を絡めた長篇小説。

何と言っても岬と亮輔、この主人公2人のキャラクターが抜群に魅力的。
亮輔は等身大に感じられる、親しみやすいキャラクターですが、それと対照的に、将来の夢は総理大臣になって未来の日本を救うことと言ってのける岬は、惚れ惚れしてしまうキャラクター。
岬に思うがまま操られているという状況ながら、それでも岬に惹きつけられてしまうという亮輔の気持ち、判らぬではないと可笑しくなります。
この2人の掛け合いが楽しいうえに、やはり一つのことをやり遂げようと皆が力を合わせる(本作では文化祭)点が、いかにも高校生らしく気持ち良い。
日本国憲法、とくに第9条(戦争の放棄)を巡る改正の是非については近い将来日本国民が向かい合わざるを得ない問題だと思いますが、それを先取りし、純粋な高校生の視点から考察してみせた点に拍手を送りたい。

※表題の「フォギー」とは霧のこと。もやもやしてすっきりしなかったことが漸くすっきりしたという意味で、「バイバイ」であるとのこと。

                       

5.

「烈風のレクイエム」 ★★


烈風のレクイエム画像

2013年02月
新潮社刊
(1800円+税)



2013/03/15



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父親から引き継ぎ、函館で潜水組を率いている泊敬介という人物を主人公に、函館の大火、戦争、そして洞爺丸沈没という惨禍を乗り越えて生きてきた人間の姿を描く長編小説。

函館の大火で母親、妻、そして3歳の愛娘を失った敬介は、その渦中でやはり家族を喪った静江という女性、その静江が保護する記憶を失った男の子と巡り会い、やがてひとつ家族として再び力強く生きていく・・・・。
ただし本書は、泊敬介という人物の半生を描くことを主眼としてい訳ではなく、幾多の惨禍を経験してもそれを乗り越えていく人々の姿を描いた、ドキュメンタリータッチのストーリィと言えます。
函館の大火、洞爺丸沈没と、逃げ惑う人々の姿、その中で幸運にも生を繋いだ人々の姿、それらの姿はとてもリアルでサスペンス作品にまるで引けを取りません。

そんなにまで人は生きていかなくてはならないのか? というのが本作品から感じる問い掛けです。東日本大震災の傷跡がまだ生々しいなかでその問い掛けはとても切実な響きを持っています。
そしてその答えは・・・・。
その答えはやはり、読者自身が本書の中から見つけ出すべきものなのでしょう。

第1部 喪失/第2部 再生/第3部 鎮魂

     

6.

「リアスの子」 ★★


リアスの子画像

2013年12月
光文社刊
(1700円+税)

2016年02月
光文社文庫化



2014/01/13



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元号が昭和から平成に変わった頃の宮城県北部、リアス海岸を臨む港町=仙河海市の中学校を舞台に、教師と生徒との間の信頼関係はどのようにして築かれるのか、を描いた長編小説。

主人公は教師としてこの町の中学校に赴任し、漸く慣れてきたところの
岩渕和也、31歳。新年度では3年5組を担当する予定で、部活動においては陸上部を指導。
この中学校の生徒はとかく人懐っこく、主人公にもよくじゃれかかってくる。また、教師と親との関係もとても濃い。
そんな中学校の新年度に東京からやってきた転校生が
早坂希。いかにもスケバンといった感じの長いスカートに茶髪という外見。穏かで平穏無事だった水面に一石が投じられたという風です。
さて、主人公はこの早坂希をどう扱っていくのか。それは希一人に対してのことだけではなく、対応を誤れば担任クラスの生徒との信頼関係まで損ないかねない重大事。

本書を読むと、生徒と教師の信頼関係が危ういバランスの上に成り立っているということがリアルに感じられます。その難しさの理由は簡単、相手がまだ子供だから。ほんのちょっとしたミスで生徒の教師に対する目は変わってしまう。常に教師を試すような目でみていることも、理由の一つ。
それに対して教師側は、ともかく何事にも慎重を期すること、自分だけで解決しようとは決してせず、同僚教師の意見・協力を求めること。
本ストーリィでは、数多くの同僚教師が登場し、彼らと密接に連携をしながら教師皆で生徒たちに対応していこうとする姿勢が強く印象に残ります。
そしてまた、読後感の爽快さも、本ストーリィの魅力です。

        

7.

「ティーンズ・エッジ・ロックンロール Teens Edge Rock and Roll★★☆


ティーンズ・エッジ・ロックンロール

2015年06月
実業之日本社
(1700円+税)

2017年10月
実業之日本社
文庫化



2015/07/01



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本書は、宮城県の港街=仙河海市(気仙沼市がモデルとのこと)を舞台にした、バンドに情熱を燃やす高校生たちの輝くような青春ストーリィ。

仙河海高校2年生の
庄司匠は、中学校時代の同級生2人とバンドを組み仙台市内のライブハウスに出演もしていたが、あえなく解散。そこで軽音部室のドアを叩いたのですが、そこで出会ったのが美人の上級生=宮藤遥、何と軽音部の部長だという。
そこから、稀に見る魅力をもった本書ストーリィが、本格的に幕を開けます。

本書では主人公の匠も勿論魅力ある男の子なのですが、それを超越する魅力を振りまいているのが、匠が呼ぶところの「遥先輩」。何しろ裏表や誤魔化しが一切なく、常にストレートに本音を語る一方で、相手の思いに鈍感な“不思議ちゃん”というキャラクターなのですから。
その遥に背中を押され、時に言質を取られ、高2男子の匠はバンド演奏の夢に向かって走り出します。しかも遥先輩に次々と堀を埋められ、ますますスピードアップしていくのですから、この楽しさ、面白さは堪らない快感です。
勿論、遥先輩に対する匠の、高校生らしい恋愛模様も本ストーリィにおける大事な一幕。

また本作品には、匠たちの地元愛、街起こしといった要素もあり、匠たちの行動を応援してやろうとする大人たちの温かい視線を感じられる点も大いなる魅力です。
そんな大人たちの協力を得て夢を実現しようと奮闘する一方で、進路に悩んだりと、まさに高校生らしいストーリィ。
匠、遥という高校生コンビには格別な魅力があるのですが、彼らの周辺人物たちの魅力も見逃せません。
こんな青春を送れたらと、尾籠ながらもう涎が出そうです。

モデルとなった気仙沼市と言えば、東日本大震災で大きな被害を受けた地域。匠や遥たちの身にもその被害は及びますが、彼らは決して諦めない。そんな彼らの姿は眩しいばかり。
青春&バンド小説の傑作、お薦めです!

 

8.
「希望の海−仙河海叙景− ★★


希望の海

2016年03月
集英社刊
(1800円+税)



2016/03/31



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仙河海市という東北地方の架空の町を舞台に、3.11東日本大震災前後の人々の様子を描いた連作短編。

各篇の主人公は様々です。故郷に戻ってきた元陸上アスリート、水産加工会社で働く若い夫、高校生、市役所職員、認知症の夫を抱えた老女、小学生、教師、といった具合。
様々な境遇・状況、様々な思いを抱きながら、彼らは過疎化が進みつつあるこの町で暮しています。
ある篇で登場した人物が他の篇では主人公になったり、あるいはその逆があったりするのは、地方都市故の人間関係の近さがそこにあることを認識させられます。
彼らが愛おしく感じられるのは、倦むことなく、それなりに故郷であるこの町への愛情が感じられるからです。

東日本大震災を題材にしながら、各篇から感じられるこの穏やかさは何なのだろう(昨日、大きな地震があったという程度)と思っていたところ、最終2篇で目の前の景色が一変します。
その2篇の舞台は、仙河海市の高台に設置された仮設住宅。

ごく平凡な日々の営みが描かれていた7篇の後である故に、被災前と被災後の対照的な光景が、衝撃的に読み手の胸を打ちます。
そんな辛く、悲しみの癒えない状況にあっても、踏ん張って走り出せば、先にある景色が見えてくる。
どうか頑張ってほしい、という祈りにも似た願い胸の奥底から湧き上がってくる思いがします。


リアスのランナー/冷蔵家族/壊れる羅針盤/パブリックな憂鬱/永久(とわ)なる湊/リベンジ/卒業前夜/ラッツォクの灯/希望のランナー

  


  

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