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1.七度笑えば、恋の味 2.今夜、ぬか漬けスナックで 3.ずっとそこにいるつもり? 4.夜しか泳げなかった |
「七度笑えば、恋の味」 ★★ 日本おいしい小説大賞 | |
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主人公の桐子は28歳、高齢者向けマンション内施設で調理スタッフの補助としてパート勤め中。 しかし、仕事外でも色眼鏡とマスクを付けたまま、まるで顔を隠しているような様に、同僚たちからも不審がられている。 桐子がそうしている理由は、異形な顔のおかげで幼い頃から嫌な思いをさせられ続けてきたため。 桐子の実像はそんな臆病な女性であるのに、夫の圭一はSNSで理想的な夫婦として桐子の写真を平気で晒している・・・。 人の眼から逃れることばかり考えてきた桐子を変えたのは、勤め先のマンション入居者で不良老人という評判の匙田譲治・72歳との関わり。 “日本おいしい小説大賞”という文学賞名から想像されるほど料理がクローズアップされている訳ではないのですが、匙田が桐子に作ってくれた料理、子供の頃に桐子が祖母から作ってもらった弁当の思い出等が、少しずつ桐子の気持ちを変えていく。 夫が一方的に作るオシャレな料理ではなく、ごく普段着の料理、それも気の許せる人たちと一緒に食べる美味しさ、楽しさ。そして、彼らとの交わりが、桐子の心を変えていくのです。 28歳にもなって今さらという観がありますが、人と関わることから逃げ続けてきた桐子にとって、遅ればせながらの成長ストーリィ、かつ恋愛ストーリィと言って良いでしょう。 各章題名になっている料理の登場も楽しいですが、魅力を感じるのは、桐子と匙田、匙田によって知った居酒屋<やぶへび>関連の人々、栄養士である従妹の麦ちゃんらとのやり取り、交わりです。 美味しい料理に親しい人たち、この組み合わせは本当に幸せを実感できますね。 プロローグ/1.鮭と酒粕のミルクスープ/2.自家製七色唐辛子/3.菜の花そぼろと桜でんぶの二色ご飯/4.漬けトマトの冷やし中華/5.クレソンとあさりのふわ玉雑炊/6.きのこづくしのハンバーグプレート/7.たっぷり山葵のみぞれ鍋/エピローグ |
「今夜、ぬか漬けスナックで」 ★★ | |
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ちょうど観光で訪れたばかりの小豆島が舞台。 主人公の槇生(まきお)・31歳は、ずっと離れ離れだった実母=楓の葬儀に参列するため小豆島を訪れます。ちょうど仕事も住まいも失くしていた槇生、これ幸いと亡母の夫だった伊吹の店舗兼住宅に強引に居候。 その伊吹、何と槇生より年下で、亡母の最初で最後の夫。 亡母と伊吹が営んでいた店<スナックかえで>に槇生が持ち込んだものはというと、漬物屋だった祖母由来のぬか漬け。 ということで、本書題名です。 各章にぬか漬けが登場し、槇生と住民たちを繋ぐ小道具になります。ただし、小道具であって大きな存在になっていない処がむしろ良い、ぬか漬けらしくて。 章立ては、ぬか漬けのぬかを作る工程のようですが、各章毎に島の住民や槇生たちの抱えている問題を描いていくという構成が歯切れよく、ストーリィのテンポがとても良い。 余所者のうえに遠慮ない口利きする槇生という人物像は、彼らの話し相手としてちょうど良かったのでしょう。 また、槇生とのやりとりで彼らが救われるだけでなく、槇生もまた救われるという点が気持ち好い。 最初こそ余所者として白い目で見られていた槇生ですが、何時の間にか知己が増え、島の誰彼となく挨拶している姿は嬉しいものがあります。 しかし、その槇生、病院絡みの深刻な問題を抱えていながら、どうも伊吹たちに隠しているらしい。それは何なのか? どうぞお楽しみに。 プロローグ/1.足し塩/2.水抜き/3.捨て漬け/4.差し水/5.虫よけに唐辛子/6.休ませる/7.本漬け/エピローグ |
「ずっとそこにいるつもり?」 ★★☆ | |
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現在の状況に悩みながら、懸命に苦闘してる人たち。 しかしそれは、傍からみれば、ただ立ち止まっているだけ、に過ぎないのではないか。 そんな顛末を描くストーリィ、5篇。 ・「あなたのママじゃない」:小さな映画宣伝会社で忙しく働く弥生。おかげで家事はほとんど夫の友樹任せ。 その友樹から催促されている役所への届け出、引っ越し準備とは? 弥生が敬遠していた姑との間に友達のような関係が生まれるところが面白い。 ・「BE MY BABY」:就職を機会に同棲しようと恋人の帆乃果から提案された健生(けんせい)ですが、何やら逡巡中。 そんな折、かつて池袋で一緒に暮らしていた美空が健生のアパートに押しかけてきて・・・。 ・「デイドリームビリーバー」:東とのコンビを解消して以来、漫画家として前進できずにいる峯田太郎。連絡先も分からなくなった東を今も待ち続けている。一方、東は? ・「ビターマーブルチョコレート」:思い通りにいかない3歳の娘=華を連れ、一時的に古い団地の実家に戻ってきた朱里。 今は無職らしい隣室の幼馴染=真琴に何故か脅され、部屋の掃除を手伝わされる始末。真琴の意図は復讐? ・「まだあの場所にいる」:独身、37歳の女子高教師である相田杏子。転入生の倉橋美月を見て、自分と合わぬものを感じる。 そして文化祭、杏子の思いもよらぬ結末が・・・。 どの篇もごくありきたりな日常光景から始まります。 しかし、その先にある急展開が面白い。その筆さばきが絶妙、すっぱりと鮮やか、と感じる次第。 幸せは我慢することでは手に入れられない。自分の好きなように行動してこそ、という古矢永さんのメッセージが伝わって来るようです。 中でも「ビターマーブルチョコレート」「まだあの場所にいる」の2篇に、傑作と言いたい爽快感あり。 お薦めです。 あなたのママじゃない/BE MY BABY/デイデリームビリーバー/ビターマーブルチョコレート/まだあの場所にいる |
「夜しか泳げなかった」 ★★☆ | |
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これまでの古矢永作品と一転し、底の深い、切実なストーリー。 古矢永さんの意欲作といって過言ではありません。 高校教師である卯之原朔也にやたら関わろうとする転入生=妻鳥透羽(とうわ)は、秘せられているものの、実は2年前に書籍化されてベストセラー、映画化も噂されている青春小説の作者。 しかし、卯之原には妻鳥という生徒を冷静にばかり見ていられない理由があった。 それは、妻鳥の小説「君と、青宙遊泳」の内容は、7年前の高校時代、卯之原自身と今は亡き同級生=日邑千陽との物語に他ならなかったから。 何故妻鳥は、卯之原が封印していた過去を小説にしたのか、できたのか。 しかし、小説には事実との齟齬があった。それは何故か? 卯之原と、余命宣告を受けていた日邑との高校時代、そして現在の妻鳥と卯之原のストーリーが織り交ぜて描かれて行きます。 その中で、高知駅で死んだ日邑の状況が卯之原の思い込んでいたものとは異なるが明らかになった処から、卯之原と妻鳥、そして妻鳥の担当編集者である犬飼の三人による、謎解きの旅が始まります。 日邑千陽の届かなかった想いが7年を経てようやく伝わる、その切実さと、二人の繋がりに深く胸を打たれます。 また、「夜しか泳げなかった」という本作題名の持つ重みが、忘れ難い。 決して綺麗ごとだけのストーリーではありません。 むしろ、そうではなかったらこそ心に残る、極めて印象の濃い作品。 お薦めです。 プロローグ/第一話〜第八話/エピローグ |