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検察者、裁きの扉、殺意の川、宿敵、容疑者、曳かれ者、失跡、それぞれの断崖、偽証法廷、落伍せし者 |
殺人法廷、父と子の旅路、父からの手紙、公訴取消し、第三の容疑者、もう一度会いたい、家族、裁判員、決断、声なき叫び |
31. | |
「罪なき子」 ★☆ |
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2021年06月
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今回も、水木邦夫弁護士もの。 水木弁護士が事務員の戸田裕子と共に出掛けた東京美術館で、無差別殺人事件が発生。男女2人が死亡、2人が怪我を負う。 死亡したのは、人気があり愛妻家としても評判だった大学教授の景浦仙一48歳と、1年前に夫を事故で亡くしたばかりの金子さやか32歳。 犯人として逮捕された片瀬陽平28歳は、犯行動機を「死刑になりたかったので、殺す相手は誰でもよかった」と語っている由。 そんな片瀬の心理を知りたい、彼の心の闇に迫りたいと考えた水木弁護士は、自ら無料で片瀬の弁護人を買って出ます。 一方、片瀬陽平の父親=宗像武三が22年前に起こした強盗殺人の罪で、14年前に死刑になっていることが判明します。 いったい片瀬陽平の目的は何なのか。 片瀬陽平は何かを隠している、そして彼は何をしようとしているのか、それは父親の事件と何か関係があるのか。 「私に死刑判決が出るような弁護をしてほしい」という片瀬の主張を宥めながら、水木弁護士は事件の背後にある筈の秘められた事情を調べようとします。 片瀬陽平と母親は、父親が強盗殺人の罪で逮捕された時、そして死刑に処せられた時と、何度も<死刑囚の息子>であるとネットで暴かれ、その度に居場所を奪われてきた。婚約した相手からもその事実が知られると婚約を破棄されるという悲哀を、何度も何度も味わわされてきた。 一体、息子だからといって陽平のどこに罪があるというのか、死刑囚の息子というだけで罪なのか。死刑囚の息子だからといってそれを暴き、糾弾する権利が誰にあるというのか。 犯行の事情が何であったにしろ、社会によって居場所を奪われた自分だからこそ、その社会によって殺されたいという陽平の叫びは、心に突き刺さります。 しかし、死んだ金子さやかの妹である金子さつきが水木弁護士を訪ねて来たところから、事態は動き始めます。 小杉さんらしい、ヒューマンドラマの法廷推理劇。 最初の頃は深く胸揺さぶられることが多かったのですが、水木弁護士が年をとり、ストーリィにも鋭さが減り、私自身も小杉作品に慣れ切ってしまった所為か、以前ほどの感動を受けることはなくなりました。 それでも、上質の法廷ミステリであることは間違いありません。 ※水木弁護士、自分を支えてくれた妻の信子がくも膜下出血で死去し、今は独り身。事務員の戸田裕子が時々身の回りの世話をしてくれているという状況。 ペリー・メイソンとデラ・ストリートの関係とは異なりますが、水木弁護士と戸田裕子の今後の関係が気になりますねぇ。 1.死刑囚の子/2.疑惑/3.不倫相手/4.呉越同舟/5.防犯カメラ |
32. | |
「逃避行」 ★★ |
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地元有力者である真鶴観光社長の久下隆弘・60歳が水死体となって発見される。 それと相前後して、その年若い美人妻=暁子・32歳が東海道線の快速に乗車して東京へ向かい姿を消します。 当然ながら暁子が何か事情を知っている筈、小田原中央署の岡田秀樹警部補と駿河肇刑事がその後を追いますが、意外にも暁子の行方を掴めない。 一方、北海道余市町に暮らす元刑事の小原伸介は、自分史の講習を受けたことがきっかけになって、犯人を逃してしまった<北大教授一家殺害事件>のことを思い出し、唯一人の引き残りであった麻衣(当時6歳)を訪ねるため、上京します。 何の関連もない全く別の事件が、暁子が東海道線の中でDV夫から逃げてきたらしい同じ年頃の女性に声を掛けた処から、2つの事件が絡み合い始めます・・・・。 久々の警察捜査ものと思ったのですが、どうやら本ストーリィの主眼は、追われるものと追うもの、それぞれ2つの側から描いた追跡ゲームといったところにあるようです。 そしてその過程で、刑事たちも思いも寄らぬことに、過去の事件の真相が浮かび上がってくる、という予想外の展開へ。 本作の面白さは、事件の謎解きより、暁子の逃避行、そして暁子を追う過程で一気に過去の事件の解決がもたらされる、という展開の妙にあります。 特に、暁子の決断力、行動力が見事で、その逃避行ぶりは鮮やかというに尽きます。彼女の魅力があってこその、本作品の魅力でしょう。 1.道連れ/2.すれ違い/3.なりゆき/4.巡り合わせ/5.後ろ姿 |
33. | |
「死の扉」 ★☆ |
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2025年01月
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死期間近の患者への苦痛緩和措置は、安楽死と同一か否か。 一応は検察ミステリという筋立てですが、本質的なテーマは上記にある作品。 主人公は横浜地検の検事である華岡徹。 この華岡、幼い頃に癌で死去した父親に対し母親が安楽死を望んだのではないかという疑念をずっと抱き続けてきた人物。 その華岡が現在担当している事件は次のもの。 一つ目は、元プロ野球選手の三和田明が妻を殺害したと起訴された事件。しかし、思わぬ証人の登場で一審判決は無罪。検察として控訴するかどうか、勝てるか、決断を迫られます。 二つ目は、マンションから転落して重傷を負った青年への、医師=山中征爾による安楽死実行が疑われる事件。 華岡が驚いたのは、一つ目の事件で三和田を無罪に導いた証人であるメガバンク部長職にある田中真司が、二つ目の事件で死去した青年の父親であったこと。 二つの事件に何か関わりがあるのか。両方の事件で弁護士として登場してきたのは、無罪判決を多く勝ち取り遣り手として評判の弁護士=駒形惇一郎。 それと並行して、華岡の実母である由美子が余命宣告を受け、義父である宏から、会ってやってほしい、さらに苦痛緩和措置を許可してほしいと頼まれますが、華岡としてはとても認めがたい、というストーリィが描かれます。 安楽死の範囲、安楽死の是非は難しい問題であると同時に、尽きない問題であると思いますが、主人公の考え方はかなり頑ななように思えます。それは父親の死のことが関係している、という設定でしょう。 事件は、華岡自らの丹念な捜査により糸口が見つかり、すべてが明らかになりますが、ミステリとしてはちょっと迫力不足。 また、勝利判決を得る為なら脅迫も辞さない駒形弁護士の問題が置き去りにされてしまったところが、やや物足りず。 ※私自身としては、医師による措置とか、厳格な条件を設定したうえで、安楽死は認めるべき、認めてほしいと考えています。 1.安楽死/2.証言/3.発見/4.家族/5.決断 |
34. | |
「母子草の記憶(ははこぐさのきおく)」 ★★ |
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久々の、小杉健治さんらしい、親子を巡るヒューマン・ミステリです。 主人公の草下彰はノンフィクション作家。5年前、25歳の時に全国ノンフィクション大賞を受賞したものの、その後は苦戦中。 その草下が、通りがかった公園で発見した殺害されたらしい中年男性、草下はふと見覚えがあるような気がします。 もしかすると、その殺された男=井ノ内正孝・56歳は、何か伝えようと自分を訪ねるところだったのではないか。そしてそれは、15年前に草下の両親が殺された事件に関わることではないか。 そこから草下は、警察の捜査とは別に個人で、井ノ内の身元、その過去を調べ始めます。そしてそれは、井ノ内の関わりのあったある母子の行方を辿る行動となっていきます。 人と人と繋がりを辿って、井ノ内という男性が殺されるに至った理由を知るべくそのの過去を調べていく話。 その後には、悲痛な状況におかれた女性、その子どもを追って今度は、過去から現在へと人を探していくという話へと展開していきます。 草下自身の過去と現在を絡めながら、ストーリィを進めていく、その構成が巧妙で上手い、小杉さんらしい組み立てです。 途中、こういうことかなと推測したのですが、いや違うか?と思わせられたうえで・・・・。 最後は胸熱くなりますが、草下本人だけでなく、皆が幸せになって欲しいと願う気持ちにもなり、清涼感あるエンディング。 私が小杉健治作品を好きな処です。 ※親子を巡る小杉さんのヒューマン・ミステリ、「父と子の旅路」「父からの手紙」もお薦めです。 1.届かなかった声/2.熊本行/3.写真の子ども/4.疑惑/5.新しい門出 |
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