|
|
1.ジャッジメント 2.罪人が祈るとき 3.救いの森 4.イノセンス 5.まだ人を殺していません 6.チグリジアの雨 7.この限りある世界で 8.魔者 |
1. | |
「ジャッジメント」 ★★ 小説推理新人賞 | |
2018年08月
|
最近の日本社会においては凶悪な殺傷事件がいとも簡単に起きてしまう。それは何故なのか。 20XX年、日本に治安の維持と公平性を重視する観点から新しい法律=「復讐法」が成立。 社会から容認された復讐という設定に目を奪われがちですが、本書ストーリィは応報執行者らが隠していた内情を暴き出す、ミステリ風の連作ものになっています。 「サイレン」:残虐な殺され方をした息子、その父親の悔恨 |
「罪人(つみびと)が祈るとき」 ★★ | |
|
イジメを題材にした、胸を締め付けられるストーリィ。 主人公は高校生の時田祥平。親友に裏切られ、今は執拗なイジメの対象になっている。 母親は若い恋人を作った父親に嫌気がさして家を出ていき、父親は若い恋人の元に入り浸って祥平に無関心。祥平には、助けてと手を差し伸べることのできる相手さえいない。 その祥平の前に現れたのは、「ペニー」と名乗る正体不明のピエロ。そのペニー、祥平が計画さえ立てれば、イジメ相手を殺すのを手伝ってやると言う。 もう一人の主人公は、会社員の風見啓介。 中学生の息子=茂明がイジメのために自殺し、何とかその真相を突き止めようと奮闘していた妻の秋絵は次第に心を病み、ちょうど1年後に飛び降り自殺。 さらに1年後、茂明の同級生がまたもや飛び降り自殺・・・。 今や、不思議でも特別なことでもなく、何処にでもあることとしてストーリィの題材になっている観のあるイジメですが、本書に書かれたイジメの様子、さすがにこれはもう辛い、痛ましい、痛まし過ぎる。 毎日のようにイジメられ、嘲笑され、誰も味方はおらずたった一人きり。この苦しみから逃れるためには、相手を殺すしか、自分が死ぬしか、そのどちらしかない・・・・。 そんな時、自分をこの窮地から救い出してくれるかもしれないと思える相手が現れたら、どう感じるでしょうか。 どんなことがあっても人を殺すなどしてはいけない・・・。 それはもう理想論でしょう。第一、それは誰のために言っている言葉なのでしょうか。イジメ犯人のためとしか思えない言葉であって、イジメに遭って苦しんでいる人、そのために大切な家族を失った人に対して、苦しみの上塗りをしているだけなのではないか。 本ストーリィで起きた殺人、それは結局、復讐だったのでしょうか、それとも新たな犠牲者を救うためだったのでしょうか。 最後、少年が企んで送ったメッセージに、心が救われるような思いをするのは、決して私だけではないでしょう。 1.遭逢/2.崩壊/3.共謀/4.決断/5.決行/6.審判/7.祈望 |
「救いの森」 ★★ | |
2022年05月
|
児童保護救済法が成立し、「児童救命士」という国家資格が設けられて各地に設置された児童保護署に配置される。 また、子どもが 6〜15歳の間はライフバンドの装着が義務付けられ、自分の身に危険を感じた場合はそのライフバンドを押すことによって児童保護のセンターに急報されるという仕組みが出来上がったという、架空の社会を舞台にした連作風ストーリィ。 あくまでフィクションですが、現代社会ではもうそれが絵空事とはいえない状況だけに、それだけのリアル感、緊迫感を抱かされるストーリィになっています。 主人公となるのは、江戸川児童保護署に配属されたばかりの新米児童救命士である長谷川創一。 その長谷川がパートナーとして組まされた先輩児童救命士の新堂敦士は、勤労意欲が全く感じられない人物で、子供を救おうという熱意に燃える長谷川からすると、イラつかせられてばかりの人物。 しかし、現実は、長谷川が思っていたよりはるかに厳しい世界。自分の観察力の浅さ、力不足を感じさせられてばかり。 ・「語らない少年」:長谷川たちが点検しに赴いた小学校で説明中、何故4年生の須藤誠はライフバンドを鳴らしたのか? ・「ギトモサイア」:小3の東三条美月は何故、献身的な継父の作る食事を取ろうとせず、ファーストフードに入り浸るのか? ・「リピーター」:ライフバンドを鳴らした椎名涼太は、鳴らす常習者だという。何のために涼太はライフバンドを鳴らしているのか? ・「希望の音」:ネット上に新堂を暴力救命士だと誹謗する書き込みがされ、すぐに拡散。「カヅキ」という書き込み者は、何故新堂に対し激しい憎悪をぶつけるのか? 親に執拗な暴力を振るわれても親から離れられない、離れたがらないという子供の姿を、これまで多く報道された虐待事件から 感じます。 親から離れていいんだよ、親から離れても大丈夫なんだよ、他の人に助けを求めていいんだよ、という声をそれらの子供たちに届けられれば、少しでも多くの子供たちを家庭内虐待から救うことができるのではないか、と心から思います。 1.語らない少年/2.ギトモサイア/3.リピーター/4.希望の音 |
「イノセンス Innocence」 ★★☆ | |
|
一旦見送ったのですが、思い直して読書。読めて良かったです。 主人公は大学生の音海(おとみ)星吾。他に部員のいない美術サークル、コンビニの深夜バイトと、人に関わらずに生きている風。 それは何故か。 中学生の時カツアゲに遭いそうになった星吾は、通りかかった大学生=氷室慶一郎に助けられる。しかし、彼は不良たちにナイフで刺され、恐くなった星吾は逃げ出してしまい、彼は手当てが間に合わず死んでしまう。 逃げ出した不良が星吾に投げつけた、「テメェが逃げたせいだ」「お前も同罪だ」という言葉と、何度も目の前に浮かぶ氷室の顔に、星吾はずっと苦しんでいる。 高校時代、その事実をネットに晒されてイジメに遭い、大学生となった今もバイト先に噂を広められ、友人は一人もいない。 そんな星吾にも少し光が見えます。 美術サークルに誘ってくれた顧問の宇佐美弦准教授、コンビニのバイト仲間で同じ大学の吉田光輝。そして、飛び込み自殺しようとした中年男に心無い言葉を投げつけた星吾に批難の言葉をぶつけてきた女子学生の黒川紗椰。 彼らとの交流で、先に光を見出せるような気がしてきた星吾でしたが、何者かによる殺意か、と思う出来事が星吾の身に何度も起きます。 でも本当に悪いのは誰なのか。弱かったから犯してしまった過ちであっても、ずっと責め続けられなければならないのか。 星吾に生きる権利はないのか、また誰かを好きになってはいけないのか・・・。 星吾のこれまでの人生は、まさに苦しくて仕方がないようなものです。それでも彼は生きている。罪の意識を背負いながら。 その星吾の周囲に配された人物たち、彼らが星吾という人物を公正に見ている所為でしょうか、星吾の内心を客観的に眺めることができます。 しかし、星吾を執拗に狙う犯人がもし、その彼らの中にいたとしたら・・・。 思いがけない展開、思いがけない結末・・・まさに本作は、慟哭のサスペンス、ミステリといって過言ではありません。 読了後、いつまでもその衝撃的な余韻が消えずに残りました。 とにかく終盤の炸裂感が凄い! お薦めです。 |
「まだ人を殺していません」 ★★★ | |
2023年10月
|
交通事故で5歳の娘を失った葉月翔子は、それが原因となって夫と離婚、今は絵画教室を開きながら一人暮らしの身。 そんな翔子は、出産時に亡くなった姉の遺児=良世・9歳を預かることになります。 父子2人暮らしだったその義兄=南雲勝矢が、行方不明になっていた女児・老女の2遺体をホルマリン漬けにして自宅に隠していたことが発覚し、逮捕されたことから。 兄からの連絡に翔子は動揺しますが、一人身の自分が引き受けるしかないと覚悟し、児童相談所の二之宮から説明された後、良世を迎え入れます。しかし、その良世はまるで無表情、そのうえ言葉も口にせず、時折不気味な笑みを浮かべるのみ。 不安と恐れを感じながらも翔子は、良世に寄り添おうとするのですが・・・。 いったい良世は何を考えているのか、勝矢は何故あんな凶悪な犯罪を行ったのか、良世はそのことを本当に知らなかったのか。 弁護士に付き添われ面会に行った際、勝矢が口にした「息子は不幸を呼ぶ子なんです」という言葉の意味は何なのか。 良世、とても頭がいい少年。そして周囲の人間のことをよく見抜いている。だからこそ、何を考えているのか分からない、その良世に翔子は、不安をかき立てられずにはいられません。 でも、まだ小学生に過ぎないのです、その良世は。 本作は、ヒューマンドラマの要素もありますから、ヒューマンドラマとして読む手もあるでしょう。 しかし、本作はあくまでミステリとして読んだ方が、ずっと楽しめる、その衝撃を堪能できる、と言えます。 良性の不気味な行動の背景にあるものは何なのか、また不気味な笑いの内に隠されているものは何なのか。 驚くべき真実、真相が次から次へと明らかになっていきます。それらはすべてミステリ、その謎解きに他なりません。 そしてその都度、読者は隠されていた事実に、繰り返し驚愕させられます。 これだけ胸熱くさせられ、驚愕させられるミステリは、そうはありません。 子を亡くし家族を失った母親と、母親を知らず家族の愛を失った子どもが織りなす、圧巻のミステリ。 お薦めです! |
「チグリジアの雨 The Rain of Tigridia」 ★★ | |
|
高校におけるイジメを題材にした、スリリングな作品。 主人公は成瀬航基。母親が元同級生の高校教師と再婚し、故郷に戻って息子2人・継父と共に祖父の家に同居。 航基にも問題はあったのかもしれませんが、クラスの人気女子生徒が陸上部で継父からセクハラを受けたという噂が広まり、それも原因となって航基はクラス中から酷いイジメを受け続けることになります。 耐え続けて書いた遺書が5通目に至った時、航基はついに自殺を決意しますが、そんな時に航基の目の前に現れたのは、クラスで浮いている存在の月島咲真。 「誰の役にも立てなかった奴は天国へ行けない」「死んでも楽になれない」と咲真から断言され、その咲真に翻弄されるようにして航基するに至った行動は・・・。 イジメ問題を取り上げた小説は近時数多くある、と言って間違いありませんが、小林由香作品であるだけに本作はかなり苛烈。 ちょっと他作品には見られない、予想の付かない展開が繰り広げられます。 イジメをするんだったら、それだけの覚悟をもってしろ、という糾弾と、死を決意する前に声を上げろ、というメッセージが強烈に胸に突き刺さります。 イジメ問題もさることながら、この月島咲真という登場人物が不思議な存在。 一番救いを求めていたのは、航基なのか、咲真なのか。 鋭い刺激に満ちたスリリングな作品。読み応え十分です。 1.ゴーストリバー/2.紫色の雨/3.報復の日/4.世界に告ぐ |
「この限りある世界で」 ★★ | |
|
中三の少女がクラス内で同級生に刺殺されるという事件。 加害者である少女はその前日、小説投稿サイトに「新人文学賞の最終選考で落ちたことが哀しいので明日、人を殺します」と書き込み、同時に自分の応募作をアップしていた。 その結果、受賞者であった青村信吾は、コネだったのではないかとSNSで故なき誹謗を受けて追い詰められ、自死。 担当編集者だった小谷莉子は自責の念から立ち直れず、出版社を退職し、そのままヒキコモリとなってしまう。 白石結実子は、かつて教育実習生の時、小説家になりたいという夢を抱く生徒=青村信吾に出会っていた。 今結実子は、教師を辞め、狛江市の施設で篤志面接委員のボランティアをしている。 その結実子に、千葉の新緑女子学院に収容されている中三少女殺人事件の加害者=遠野美月の篤志面接委員を引き受けてほしいという依頼が寄せられます その美月、課題の作文等を拒否していて、心配される状況なのだという。 初めて面接した結実子は、美月から「私の本当の犯行動機を見つけてください」という課題を突きつけられます。 それから結実子は、美月にきちんと向かい合うため、様々な人物たちに会って話を聞き、事件の真相を知ろうとしますが・・・。 事件自体は単純でそこに疑惑がある訳でもなく、中三少女の同級生同士の諍いに深い真相があるとも思えない。無関係だった筈の人間が事件に巻き込まれてしまうという悲劇はあったもの、事件自体のインパクトはそう大きなものではなく、小林由香作品にしてはと少々肩透かしを喰らった印象でした。 しかし、終盤、真の犯行動機を掴んだ結実子が、面接室で美月を畳みかけるようにして追い込んでいく、延々と続くその場面が真に圧巻、凄い! この場面こそ、小林さんの真骨頂というべき面白さです。 そしてその後に明かされた仕掛けは・・・・。 終盤、これらの展開で、緩んでいた気持ちが一気に吹き飛ばされました。 この読み応え、達成感、実にお見事! 事件の真相究明が本作の主眼ではありません。 魂の救済、更生、それこそが本作品の主眼でしょう。お薦め。 |
「魔 者」 ★★☆ | |
|
主人公の今井柊志は今、「週刊ウォッシュ」編集部の社会班に所属する記者。記事をものにするため苦闘中。 その柊志は、人気作家=雨宮世夜の新刊「ゴールドフィッシュ」を読んで愕然とする。 フィクションと言いつつ、そこには、柊志がこれまで誰にも告げずにいた幼い頃の出来事が描かれていたのだから。 実は柊志が 6歳の頃、19歳の兄が仲間と15歳の少年をリンチした末に殺してしまうという事件を起こす。それに加えて、当時17歳の優しかった姉=小夜子がトラックに轢かれて事故死するという悲惨な過去を柊志は背負っていた。 その後、伯母夫婦に引き取られて養子となり、姓も変わってそれ以降は事件と関係なく生きてきた。 それが突然、会社の編集部に、兄のことを示唆する電話が掛かってきたと思えば、過去のことを調べるな、という警告状までが届く。 いったい何が起きているのか。 覆面作家という雨宮世夜の正体は誰なのか、目的は何なのか。 まず柊志が当たり始めたのは、亡き姉の同級生たち。 そこで明らかになったのは、当時姉が同級生から酷い虐めを受けていたこと。それは姉が死ぬに至った原因なのか。 聴き取り調査から浮かび上がってきたのは、天池梨七(なな)という同級生の存在。 梨七と姉の小夜子は、小学生以来の親友だった。 しかし、小夜子の兄が殺害したのは、その梨七の弟=晃太郎。 加害者の妹と被害者の姉が同じクラスで、しかも親友同士。二人の少女は否応なく、過酷な状況に投げ込まれていた。 柊志を脅迫するのは何者か。事件当時、何があったのか。 圧巻のミステリです。二人の少女の悲運に言葉もありません。 そのうえで、本作のメッセージが実に重たく胸に届きます。 善人悪人を問わず、誰の心の中にも“魔者”は潜んでいるのだということ。 人を憎むことは簡単です。でも、苦境にある人を許し、支えようとすることこそ、人間らしい道なのではないかと改めて感じさせられます。 最後の場面、出来過ぎですが、救われる思いです。 お薦め! プロローグ/1.残された者たちの見る景色/2.罪ある者たちは過去へ/3.小説『罪と献花』/4.書く者たちが伝えたいもの/エピローグ |