喜多由布子
(きたゆうこ)作品のページ


1960年北海道生、札幌在住。本名:杉山真弓。2004年、札幌すすきので働くホステスの転機を描いた「帰っておいで」にて第25回らいらっく文学賞を受賞。

 
1.
秋から、はじまる

2.凍裂

3.隣人

 


   

1.

●「秋から、はじまる」● ★★☆


秋から、はじまる画像

2009年10月
文芸春秋刊
(1619円+税)

 

2009/11/02

 

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就職した会社が倒産、その後親のコネで勤めた会社では先輩OLたちのイジメに遭い退職、今は実家の歯科医で夜間受付を手伝うのと、独身である伯母の家事というバイトで暢気に過ごしている小仲樹里・25歳が主人公。
その伯母である小仲律子・47歳は、26歳の時単身でヨーロッパへ仕入れに出かけ高級ストッキングの輸入卸会社を立ち上げ、今は零細といえども10人の社員を抱える社長。樹里から見ても、年を重ねるに連れ、ますますきれいな人だなと思う女性である。
樹里とは、「リッちゃん」「ジュジュ」と呼び合う、気の置けない仲。
その伯母が突然、「男の人を、好きになったようだ」と言い出して樹里はびっくり。そこから始まる、伯母と姪とのバタバタ・ストーリィ。
というと、何やらコミカルなストーリィのようですが、とんでもない。人生で大切なものは何か?について、様々なエピソードを織り込んで紡ぎあげていく、味わいある長篇小説。

伯母である小仲律子を筆頭に、学生時代から美人かつ才媛の評判高く今は伯母の会社で働いている10歳年上の従姉=美樹ねえこと大城美樹子(旧姓=高木)、家具メーカー勤めである恋人の大久保慎介、出番少ないながらも樹里の母親と、登場人物たちが各々の役割に相応した存在感を発揮しているところが魅力。
その中でも群を抜いているのは、もちろんリッちゃんこと小仲律子に他なりません。

今でこそ社長、有能な社員であるリッちゃん、美樹ねえにしろ、最初からそうだった訳ではない。
仕事を始めた頃は品物が売れず、札幌の大通り公園で可哀想に思ったとうきびワゴンのおばちゃんからトウモロコシを恵んで貰ったこと、大家の老女から励ましと応援を受けたこと。
それらのエピソードが、とても良いんですね、これが。

何故彼女たちがリッちゃんを心から応援したのか、そこに小仲律子という女性の魅力の鍵があります。
そんなことを知らず、リッちゃんも美樹ねえも自分とは違う特別な人だからと、樹里は甘えていただけ、その挙句に暴言三昧。
その樹里も最後、否応なく自分で選ばなくてはならない岐路に立たされ、初めて一歩大人へと近付く。
樹里とリッちゃん伯母の取り合わせも絶妙ですが、とにかく小仲律子という女性の底知れない魅力が光っています。
元気を出すなら、薬より本書を読むのが一番。お薦めです。

        

2.

●「凍 裂」● ★★☆


凍裂画像

2010年01月
講談社刊
(1500円+税)

 

2010/02/20

 

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美人で料理研究家として知られる水原睦子50歳が、義父の通夜の後、平凡な夫の勝一57歳を包丁で刺す、という事件。
一体2人の間には何があったのか。
睦子と勝一の周辺にいる人物たちの声を通して、事件の真相を探っていくストーリィ。

同僚、娘、弟、息子ら関係者たちの言葉で水原睦子という女性像を浮かび上がらせるという、ミステリ手法のようなストーリィ構成、これが読み手の興味を強く惹き付けます。
しかし、そこで徐々に明らかになっていくのは、事件の真相よりもむしろ、水原睦子という一人の女性の姿である、という点がお見事。
魅力的な女性“リッちゃん”を登場させた秋から、はじまるで注目した喜多さん、今回は「秋」から一転して事件性のストーリィに挑戦したのかと思ったのですが、それは私の勘違い。
次第に気づくのです、水原睦子という女性もまた、リッちゃんとに相通じる人物像であることに。
すなわち、自分の生き方を通じて多くの人たちを勇気づけ、希望を抱かせる、という女性。
出来過ぎという観はあるけれども、水原睦子という女性の姿に深く胸打たれずにはいられません。

なお、本作品の主題は、家庭内におけるモラル・ハラスメント。
しかし、そんなことはとりあえず忘れて、事件の裏にはどんな真相があったのか、事件を起こした水原睦子とはどんな女性だったのか、ただそれだけを読んでいけばいい、と思います。

               

3.

●「隣 人」● ★★☆


隣人画像

2011年10月
講談社刊
(1400円+税)

  

2011/11/01

  

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冒頭のプロローグ、夫の光一郎が操に対し、いきなり離婚届を書いて欲しいと切り出すところからストーリィは始まります。
「なんで?」と問う操に対し、光一郎は「離婚の理由は・・・自分に訊いてください」と言うのみ。親密だった夫婦の間に一体何があったのか、起きたのか。

菊川操42歳、主婦の傍ら翻訳業。セネコン勤めの夫=光一郎の転勤により、中学1年になる一人息子のと家族3人、東京から札幌に引っ越してきます。
3人が住むことになったのは、大通公園を見下ろすこともできる3LDKの高級マンション。
しかし、操たちの1階下に住む主婦の
畑中咲月と知り合うやいなや、操たちは咲月とその主婦仲間の、強引で不躾な近所付き合いに振り回されることになります。
そして彼女たちの傍若無人な振る舞いは、次第に操と光一郎の夫婦関係、操の親しい知人や双方の親族たちとの関係に亀裂を生じさせ・・・。

怖い。心底から怖くなってしまうストーリィです。
相手が犯罪者でも変質者でもなく、一見ごく普通の主婦ばかり、身近な存在であるからこそ、ひどく怖い。
何でこんなにまで相手の言いなりになってしまうのか、嵌められてしまうのか、どうして拒絶しないのか。
操も光一郎も基本的に善良な人間だからなのでしょうけれど、善良な人間だからこそ嵌められてしまう、その陥穽が実に怖い。
そして、本書の最終章ではもう絶句・・・。
喜多由布子さん、何と上手くて、何と凄いことか。脱帽です。


※本書はフィクション。でもノンフィクションにおいても同じように驚愕し、畏怖する事件があります。 → 福田ますみ「でっちあげ

   


   

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