北方謙三作品のページ


1947年佐賀県唐津市生、中央大学法学部法律学科卒。81年「弔鐘はるかなり」にて作家デビュー。83年「眠りなき夜」にて吉川英治文学新人賞、85年「渇きの街」にて第38回日本推理作家協会賞長篇部門、91年「破軍の星」にて柴田錬三郎賞を受賞。近年は時代・歴史小説分野にも注力しており、「三国志」の他に「水滸伝」もあり。


1.三国志 一の巻・天狼の星

2.三国志 ニの巻・参旗の星

3.三国志 三の巻・玄戈の星

4.三国志 四の巻・列肆の星

5.三国志 五の巻・八魁の星

6.三国志 六の巻・陣車の星

7.三国志 七の巻・諸王の星

8.三国志 八の巻・水府の星

9.三国志 九の巻・軍市の星

10.三国志 十の巻・帝座の星

11.三国志 十一の巻・鬼宿の星

12.三国志 十二の巻・霹靂の星

13.三国志 十三の巻・極北の星

  


 

1.

●「三国志 一の巻・天狼の星」● ★★

 

 
1996年11月
角川春樹事務所

2001年6月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2002/09/15

とうとう「三国志」を読むに至りました。高校の頃からいつかは、と思っていた作品。足掛け30年にわたる目標だったと言えます。ただ、北方謙三作品で読むとは、全く予想もしていなかったこと。

舞台となるのは、後漢末期の中国。帝の力は衰え、黄巾賊が全国で蜂起するという、乱世の時代です。
冒頭から、劉備、曹操、孫堅という3雄が登場します。三国志の3人はパソコンで漢字変換すると、ズバリ出てくるから凄い。三国志の圧倒的人気の高さ故でしょうか。
3雄の中で誰が一番魅力的かというと、劉備。ストーリィの描き方もあるでしょうけれど、出発点で最も条件に恵まれていない、その一方で関羽、張飛という2豪傑をひきつけるだけの人間的魅力、清廉さを備えている、というところが理由です。(※関羽、張飛については、パソコンの漢字変換で出てこないなァ)
ストーリィの面白さは、まだまだこれから。3者もまだ存在を認められつつある段階で、物語のこれからの長さが予想されます。
本書への評価は、これからの面白さへの期待感によるもの。

馬群/砂塵遠く/天子崩御/洛陽内外/諸侯参集/群雄の時/地平はるかなり

  

2.

●「三国志 ニの巻・参旗の星」● ★★


 
1996年12月
角川春樹事務所

2001年7月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2002/10/18

漢の都・洛陽は焼く尽くされて廃棄され、帝は長安に無理やり移されます。
一方、主人公である3雄は、次第に勢力を拡大する一方で、相応の圧力を受けるようになっていく。
勢力を拡大した一番手は曹操。一方、劉備は以前に比して勢力を拡大したといっても、他に比べるとその基盤は脆弱。“力”の前に“徳”によって名を広めた、という観があります。
その2人に対し、孫堅は戦死し、長男・孫策に代替わりしています。といっても、乱世の最中。孫策は振り出しに戻って再出発という状況を余儀なくされ、現実の厳しさが窺えます。

「一の巻」が3雄の皮切りだったのに対し、本書では漸く本格的せめぎ合いがこれから始まっていこう、というところ。3雄それぞれに配下として加わる人物も多彩になっていきます。
上記3雄の迎える状況が厳しいほど、物語としての面白さは増していくようです。
第3巻に向けて、気分も乗ってきます。

烏の翼/降旗/黒きけもの/大志は徐州になく/流浪果てなき/それぞれの覇道

     

3.

●「三国志 三の巻・玄戈の星」● ★★


  
1997年2月
角川春樹事務所

2001年8月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2002/11/01

第3巻は、英雄たちがお互いの勢力を争い、潰し合う戦いの様が描かれます。
戦うためだけに生まれてきたような呂布が、その鍛錬した騎馬隊を率い、劉備に入れ替わるように強さを発揮します。そして、それに押し出されるように劉備の位置は弱まる(具体的には、劉備が手放した徐州を呂布が制し、呂布は群雄の一人として名を高めていきます)。でもそれを良しとするところが劉備にはあり、それが劉備をして他に比べることのできない英雄という印象を与えます。
本巻において着実に勢力を拡大するのは、曹操。本巻の最後で、劉備は曹操の元に身を寄せ、曹操と呂布はついに激突します。
一方、曹操、劉備と勢力地域を接しない孫策は、本巻においてはやや蚊帳の外、という風。
英雄たちの個性より、覇権争い・兵力・戦術という現実面の相違が際立った巻。

光の矢/情炎の沼/原野駆ける生きもの/追撃はわれにあり/海鳴りの日/滅びし者遠く

  

4.

●「三国志 四の巻・列肆の星」● ★★


  
1997年4月
角川春樹事務所

2001年9月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2002/12/20

第4巻では、曹操がじりじりと勢力を増し、多数が群雄割拠した時代から覇者が集約されてきた時代へ移り変わった様子が描かれます。
その象徴が、後半描かれる、袁紹曹操の闘い。袁紹は漢王朝における名門の出身で、三十万の大軍を擁する最大勢力。曹操にとって前半における最大の山場と言えるでしょうか、曹操の死力を尽くした攻防の様子は読み応えがあります。
その一方、劉備の方は相変わらず流転の繰り返し。曹操と対照的な運命を辿っている訳ですが、劉備の発展を見るには諸葛孔明の登場を待たねばならないのか、その登場が待ち遠しくなります。

その2人とかけ離れたような経緯、自分たちだけで充分物語を作ってしまっている観があるのが、孫策孫権の兄弟。曹操と劉備が年齢を重ねる一方で、孫家ばかりは若返りを繰り返す結果になっています。
これから後の巻へと、ますます期待感は膨らんでいきます。

遠い雷鳴/わが立つべき大地/光と影/策謀の中の夢/風哭く日々/乾坤の荒野/三者の地

   

5.

●「三国志 五の巻・八魁の星」● 


  
1997年6月
角川春樹事務所

2001年10月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/01/11

第4巻で曹操袁紹の大軍を破り、勢力図は一気に逆転しましたが、その勢いにて袁紹とその子息らを打ち破り、河北を制覇するまでが本巻の中心ストーリィ。
その一方、劉備劉表の元に身を寄せ、客将の立場に甘んじたままです。
したがって、本巻はそれ程ワクワクするような展開は見られません。
一応の勢力を築き上げた曹操、未だ領地を持てず忍耐を続ける劉備、孫策暗殺後を継いで落ち着きを出すまでの
孫権と、これまでの群雄割拠の展開と、今後3者が競うことになる展開との、間をつなぐ巻、という気がします。

本巻の最後、劉備の元に徐庶という軍師たる人物が登場します。これまで関羽、張飛、趙雲という豪傑に加え、政略を練る軍師の登場へと幕が開けられた訳です。徐庶は短期間で曹操の元へ去りますが、その徐庶は劉備に諸葛亮孔明の名を残していく。
次巻へと期待が膨らみます。

軍門/勇者の寄る辺/生者と死者/制圧の道/戦のみにあらず

   

6.

●「三国志 六の巻・陣車の星」● ★★


  
1997年8月
角川春樹事務所

2001年11月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/01/18

歴史上に名軍師として名を残す諸葛亮孔明が、本巻にてついに登場。
前巻の最後に徐庶が残した言葉に従い、
劉備三顧の礼を尽くして、青年・諸葛亮を軍師として迎えます。その孔明が劉備に示したのは“天下三分の計”
一方、孫権下での有力者・
周瑜が展望するのは、天下二分。

烏丸への北伐も成功し北を制した曹操は、孫権、劉備が寄騎する劉表を征すべく大軍を発します。
劉表が既に没し、劉表軍は戦いを放棄し、曹操に降伏。
いよいよ曹操、劉備、孫権が直接凌ぎを削る、幕開けを本巻は描きます。
「三国志」全篇に亘り、初の“軍師”として登場する諸葛亮孔明が何と言っても新鮮、興味を惹き付けられます。
また、もうひとつの本巻の特徴は、包容力ある劉備、独裁的で荒々しい曹操、考えすぎる位慎重な孫権、という3者の性格の違いが、明瞭に描き出されるに至ったこと。
1〜5巻はゆっくり読んできましたが、本巻はいっきに読了。

辺境の勇者/わが名は孔明/天地は掌中にあり/知謀の渦/橋上/揚州目前にあり

      

7.

●「三国志 七の巻・諸王の星」● ★★


  
1997年10月
角川春樹事務所

2001年12月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/01/26

ついに曹操軍30万が、覇権を手中にするため動き出す。
劉備はまたしても曹操に存在場所を追われることになりますが、今回劉備の傍らには、諸葛亮孔明がいる。
戦略を駆使する諸葛亮は、孫権軍をして、曹操軍に対するため劉備軍と連合せざるを得ない状況に追い込みます。
ここに曹操軍と、劉備・孫権の連合軍が激突する「赤壁の戦い」が繰り広げられます。本書はその赤壁の戦いを中心に描いた巻。

本書の注目点は、諸葛亮を軍師に得て、劉備軍が初めて追われる立場から一転、勢力拡大の契機を掴んだこと。
そしてまた、孫権の共同経営者とも言うべき立場にある
周瑜が、覇者に劣らない采配と、諸葛亮に負けない戦略の才を示すところにあります。
周瑜あっての「赤壁の戦い」と言えるでしょう。戦史としてみても、読み応えがあります。
振りかえると、曹操軍と孫権軍がぶつかるのは、これが初めて。
周瑜が描く“天下二分の計”と、諸葛亮孔明が描く“天下三分の計”の争いは、まさに本巻から始まると言って良い。
劉備軍の伸張が、これから楽しみです。

千里の陣/風下の利/夜が燃える/わが声の谺する時/病葉の岸/秋(とき)

  

8.

●「三国志 八の巻・水府の星」● ★☆


  
1997年12月
角川春樹事務所

2002年1月
ハルキ文庫

(571円+税)

2003/01/31

“天下二分の計”を実現すべく益州攻略を目指した、孔明に勝るとも劣らない智将・周瑜は、その途中病に没す。
その結果として劉備に勢力拡大の余地が生まれ、劉備は孔明の戦略の下、領国奪取を目指して益州に軍を入れます。

本巻は「赤壁の戦い」後の曹操・孫権・劉備の3者関係を描き、この後の“天下三分”への幕開けとなる巻でもあります。
その3者が膠着状況に陥る一方で、西域に近い涼州を支配する猛将・馬超、五斗米道の信者たちからなる軍を指揮する張衛の存在がクローズアップされてきます。
孫堅は既になく、曹操・劉備らも年齢を重ねる一方で、孫権・孔明・馬超・張衛ら若い武将たちが登場しています。「三国志」という物語の長さを改めて感じさせられます。

8巻から9巻へと、劉備による益州獲りの展開が楽しみです。

野の花/長江の冬/乱世再び/曇天の虹/新しき道

   

9.

●「三国志 九の巻・軍市の星」● ★☆


  
1998年2月
角川春樹事務所

2002年2月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/02/15

益州に入った劉備は、諸葛亮孔明の戦略に則って、一気に益州を支配下に置きます。
劉備が初めて真に領国を有して3者拮抗の構図が生まれた為か、本巻から曹操=「魏」、劉備=「蜀」、孫権=「呉」という国名が記されます。
益州に討ち入った劉備、張飛、趙雲らから離れ、ただ一人関羽のみが荊州に留まり、劉備軍の支配地を死守します。
一方、最後まで曹操に抵抗していた馬超、五斗米道から離れた張衛は、もはや3者対立の構図の中に飲み込まれた、少数の抵抗勢力でしかありません。
「三国志」というに相応しい構図には至ったものの、この先どう展開するのか予想もつかないといった、当初の躍動感はもう感じられません。劉備・関羽・張飛・趙雲が兄弟の如く手を携え、生死を共にした雰囲気がもはや見られないところが、寂しい。
曹操が述懐するように、時代は世代交替を迎え、曹操・劉備・孫堅ら英雄が覇を競った時代から、姑息な戦術戦に変わりつつあります。
そして、まるでそれを象徴するかのように、魏・呉の策略下、遂に関羽倒れる。

たとえ襤褸であろうと/荊州の空/新たなる荒野/漢中争奪/北へ駈ける夢/野に降る雪

   

10.

●「三国志 十の巻・帝座の星」● 


  
1998年4月
角川春樹事務所

2002年3月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/03/22

前巻の最後で、関羽の裏切りによって死に、劉備・孔明らは戦略の練り直しを迫られます。
に対抗するためには、以前として・呉は同盟を維持していく他ない、というのが理屈上の話。しかし、そうであっても、劉備と張飛は関羽の仇を討つため、孫権を攻めずにはいられない。男としての志、劉備そして蜀という国が、魏・呉に優って輝く部分です。

とはいうものの、関羽、そして本巻で曹操が死に、英雄が次々と死んでいった後の舞台は寂しい。
曹操を次いで魏王となった曹丕、呉の孫権は、得失を規準に行動する君主たちであって、風雲を呼び起すような人物たちではもはやありません。
本巻の末尾で、張飛もまた呉の暗殺者の下に倒れ、ストーリィは英雄たち去り行く後、終幕に向かっていくストーリィという観が強くなります。

烈火/冬に舞う蝶/めぐる帝位/去り行けど君は/死に行く者の日々/遠い明日

   

11.

●「三国志 十一の巻・鬼宿の星」● 


  
1998年6月
角川春樹事務所

2002年4月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/04/19

関羽・張飛という2人の義兄弟の報復のため、劉備は自ら蜀軍を率いて呉への攻略戦に向かいます。
しかし、一時は破竹の勢いで呉の領域を侵し勝ち進んだものの、呉軍の若い智将・
陸遜の計略に嵌り、大敗を喫します。
そして本巻末にて、遂に劉備死す。

群雄割拠の時代を勝ち抜いてきた英雄たち、孫堅・孫策・周瑜、曹操、関羽・張飛・劉備が皆歴史の舞台から姿を消し、あとは三国の勢力争いのみが残った、という印象です。
魏・蜀・呉という3国がそれなりに確立した以後は、もはや勢力争いでしかない。漢王室復興という劉備・諸葛亮孔明の志より、領国経営の安定という孫権の選択の方が、もはや現実的なのかもしれません。だからといって、裏切り、暗殺は肯定できるものではありませんし、それでは夢がない。
残る2巻への興味は、諸葛亮が如何に時代を収拾しようとするのか、に尽きます。

前夜/戦塵の彼方/いつか勝利の旗のもとで/去る者もあり/滅びの春/月下の二人

   

12.

●「三国志 十ニの巻・霹靂の星」● ★☆


  
1998年8月
角川春樹事務所

2002年5月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/05/06

劉備亡き後、諸葛亮孔明はその夢を引き継いで蜀の国力回復、さらなる蜀の勢力拡大に注力します。本巻は、その経緯を描いた一冊。

未平定だった南中の平定を孔明ならではという方法で、鮮やかにし遂げます。
そしてその余勢をかって、さらに天才的な作戦をもって魏に攻め込みます。
諸葛亮孔明の為の巻といって良いストーリィですが、それにも拘わらず孔明の戦略は成功には至らない。それは孔明の宿命というより、読み手にとっては実際の歴史がそうであったと納得する他ありません。
劉備、関羽、張飛という魅力に富んだ英雄たちの姿はもはやありませんが、ひとり趙雲が残っていることに重みを感じます。しかし、その趙雲も本巻の最後に遂に死す。
この長大なストーリィも、残すところあと1巻。

南中の獅子/さらば原野よ/北への遠い道/天運われにあらず/再起するは君/老兵の花

    

13.

●「三国志 十三の巻・極北の星」● ★☆


  
1998年10月
角川春樹事務所

2002年6月
ハルキ文庫

(571円+税)

 
2003/05/17

蜀の存亡を賭け、諸葛亮孔明が全力をあげて蜀軍を率い、魏軍に戦いを挑む最終巻。

今や曹操、劉備、孫堅・孫策なく、魏・蜀・呉それぞれの帝、曹叡(曹操の孫)、劉禅(劉備の子)、孫権(孫堅の子)は天下三分の状況にそれなりに安住している。その中でただ独り、孔明のみが劉備たちの志を引継ぎ、天下統一の夢を実現するため最後の戦いを魏に挑みます。
孔明の天才的な戦略には興奮しますが、一方で孔明の孤高を感じざるを得ません。その孔明に対するのは魏の将軍・司馬懿。孔明との戦いを極力避け、負けない事だけに全力を尽くします。ついに孔明の天才をもってしても、運まで手中にすることはできなかった。
英雄たちの志を引継ぎ、それに殉じるかのように戦陣で没する孔明の姿には感動を覚えます。長大な歴史小説の幕を下ろすのに相応しい巻。

降雨/山に抱かれし者/両雄の地/敗北はなく勝者も見えず/日々流れ行く/遠き五丈原

  


  

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