|
|
1.天地に燦たり 2.熱源 3.見果てぬ王道 |
1. | |
「天地に燦たり」 ★★ 松本清張賞 |
|
2020年06月
|
秀吉の朝鮮出兵という歴史事件を舞台に、“礼”をテーマにして日本(薩摩)、朝鮮、琉球国の主役となるべき3人を、三者三様に描いた力作歴史長編。 一人は、戦さという名の殺戮を続けながら、自らを禽獣と自嘲しつつ、そこから抜け出る道を信じられずにいる島津の侍大将=大野七郎久高(後に樺山左衛門尉)。 もう一人は、朝鮮国で「白丁」と呼ばれる最下級の被差別民ながら、儒学を修め民のために尽くしたい願う朝鮮青年=洪明鐘。 そして三人目は、商人の態を装いながら<守礼之邦>である琉球国を守ろうと密偵の任にあたる若き琉球国官人=真市。 秀吉の命による朝鮮出兵で朝鮮に渡った久高、明鐘、久高についていった真市の3人は、不思議な縁によって出会いを繰り返します。 彼らが出会うたびに繰り返されるのは、“礼”とは何か、それによって世界は変わると信じ得るものなのか否か、ということ。 戦国歴史物語において“礼”をテーマにしたところが珍しく、清新さを感じる所以です。 また、日本にとらわれず、朝鮮・琉球を含め、バランス良く3ヶ国それぞれの視点から描いているところが秀逸。 たとえ敵味方であっても、礼を尽くすことが大事。それはお互いに同じ人間同士であるという共通認識のスタートなのですから。 当時だけでなく、現代国際社会にも通じる問題として“礼”の大切さを教えられた気がします。 結末は実に爽快でした。歴史時代小説ファンには、是非お薦めしたい一冊。 禽獣/異類/をなり神の島/天地と参なるべし/天下と四海/洪明鐘/碧蹄/万物生生/泗川/何ぞ死なざる/誠を尽くす/恃険与神/琉球入り/天地に燦たり |
2. | |
「熱 源」 ★★ 本屋が選ぶ時代小説大賞・直木賞 |
|
2022年07月
|
金田一恭介がその半生を「あいぬ物語」としてまとめた山辺安之助の生涯を軸に描かれた歴史長編、とのこと。 主人公の一人は、上記山辺安之助こと、樺太アイヌのヤヨマネクフ。そしてもう一人は、後に文化人類学者となったポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキ。二人とも実在の人物です。 ヤヨマネスク、日本人の指示だからと両親に連れられ故郷の樺太から北海道へ移住。しかし、長じて亡き妻の願いを叶えようと息子を連れて樺太に戻りますが、そこはもうロシア人の支配地。 その後日露戦争の勝利により南樺太は日本領土となり、そして太平洋戦争の日本敗戦によりソ連支配下。 そうした激動の中、常にアイヌ民族は未開民族であり、文化国家である日本やロシアあるいはソ連の指導教育が必要と一方的に決めつけられ、歴史上弄ばれるかのようです。 一方、ピウスツキはロシア皇帝暗殺計画に関与したと決めつけられ、樺太に15年の流刑となり、そこで樺太アイヌたちと出会って親睦を深め、彼らが自分たちを守るためにはロシア語が必要と、ロシア語や算術を教え始めます。そして刑を終えた後は学者の道を歩んだ人物。アイヌ女性と結婚し、その子孫は今も北海道に。 「アイヌ」とは“人”という意味だそうです。文明国の文化とは異なるものですが、アイヌにも文化や習俗があり、彼らはそれを守って生きることを大切なことと考えて、長きにわたり生き続けてきた。 それを未開民族だからと蔑視し、土地や生活手段を奪って平然としてる横暴さには、今だからこそ、気分が悪くなります。 文明という名のもとに自然を破壊し続けてきたことが、現在の地球環境の悪化に繋がっていると言わざるを得ないのでしょう。 本作には、一応の主人公であるヤヨマネクフ以外にも多くのアイヌの人々が登場します。 幼馴染であり親友の花守信吉ことシシラトカ、和人の父とアイヌの母を持ちアイヌの教育に奮闘した千徳太郎治、ピウスツキと親交を結んだチュウルカとその息子インディン、ピウスツキの妻となったチュフサンマ等々、彼らのひたむきに生きる姿が胸を打ちます。 今まで私が知ることもなかった人々の歴史を、再び眼前に蘇らせた力作歴史小説です。お薦め。 ※二葉亭四迷こと長谷川辰之助、大隈重信、金田一京助、南極探検の白瀬中尉といった人物も顔を見せます。 序章.終わりの翌日/1.帰還/2.サハリン島/3.録(しる)されたもの/4.日出づる国/5.故郷/終章.熱源 |
3. | |
「見果てぬ王道」 ★★ |
|
|
衰退した清王朝を打倒し共和制を打ち立てるべく革命を主導した孫文と、その孫文を金銭的に支え続けた実業家=梅屋庄吉を描いた歴史ストーリィ。 主役は梅屋庄吉ですが、孫文にかかる歴史を知ると同時に、今まで知ることのなかった梅屋庄吉という人物を知ることのできる作品です。 その梅屋庄吉、長崎の貿易商=梅屋商店の主人夫婦の養子となるが、米商売で失敗し上海へ逃亡。その後、香港での写真館事業、シンガポールそして帰国後の日本にて映画館事業で成功(日活の前身)し、事業で得た多額の資金(現在の価値では1兆円程)を孫文に提供した人物とのこと。 孫文の「西洋の覇道に、東洋は王道をもって向き合うべし」という主張に共鳴したということもあるのでしょうが、本ストーリィを読む限り梅屋庄吉という人物は、凄腕の実業家というより、場当たり的で博打的な行動が好き、何より興奮できることに打ち込みたいという、ヘンな情熱の持ち主だったように感じられます。 すべては結果オーライですが、理想を追って失敗を繰り返す点では庄吉も孫文も同類。だからこそ、庄吉や孫文を傍らで支え続けた、現実的でブレない女性たち=登米、妻トク、孫文の若い妻・宋慶齢らの存在が際立って感じられます。 トク、宋慶齢は実在の女性ですが、登米は架空の女性。しかし、前半はこの登米の存在がすこぶる面白く、その人物造形についてはお見事と称えたい。天草で貧しい家に生まれ、女衒に売られて上海の娼館へ。そして紆余曲折を経て自由を掴み取り、庄吉と出会うという設定。 現在に至るまでの歴史は主に男性たちが作ったと言うべきものですが、登米やトク、宋應齢たちがもし歴史を作っていたら、今の世界はさぞ違ったものになったのではないかと、ふと考えてしまいました。 なお、孫文の理想は理想として、その延長上にある現在の中国が、漢人による多民族圧迫、強引な軍事拡張、共産党そして習近平独裁に至っていることを思うと、何とも言えない気持ちになります。 ※本ストーリィを読んで、魯迅を支えた内山書店の話を思い出しました。興味のある方は、それを描いた井上ひさし「シャンハイムーン」も是非。 序章/1.二度目の脱出/2.出会い/3.青天白日/4.別れ/5.シネマ/6.辛亥年/7.再会/8.それぞれの家/9.見果てぬ王道/終章 |