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1.水に立つ人(文庫改題:「やわらかな足で人魚は」+α) 2.永遠の詩 3.昨日壊れはじめた世界で 4.見えない星に耳を澄ませて 5.あの光 |
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「水に立つ人」 ★★☆ オール讀物新人賞 (文庫改題:「やわらかな足で人魚は」+α) |
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2021年03月
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オール讀物新人賞を受賞、その紹介文に関心を惹きつけられ、読みたいと思った一冊。 何より印象的だったのは、主人公たちが抱える悲しみが、読み手の胸の中に沁み透って来るように感じられたこと。主人公たちの抱える悲痛な思い、癒しようのない孤独感がひたひたと伝わってくるようでした。 そうした悲しみの晴れる日がいつか訪れるのだろうか。 悲しみから再生へと移るその瞬間が、何とも清新で美しい。 |
「永遠の詩(とわのうた)」 ★☆ | |
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高校を卒業したばかりの真島元基は、家を出、居場所を求めて孤独なガラス職人=雨宮誠二の元に住み込み、ガラス職人の道を歩もうとします。 元基がそうせざるを得なかったのは、9歳年上の義母である希帆との関係を断ち切るため。しかし、そうした行動をとりながらも元基は今も希帆が放つスミレの匂いから逃れられずにいる。 美しい、しかし自分に纏わりついて放そうとしない義母との関係に惑い続ける、まだ自立できない青年の物語。 せっかく家を出てガラス職人の家に住み込んだというのに、希帆は自分の手から元基を放そうとしない。それどころか折に触れ、生まれたばかりの弟=和也の存在をちらつかせます。 一体、希帆の思惑はどこにあるのか。元基はいったいどうすればいいのか。 ふとラディゲ「肉体の悪魔」を思い出しましたが、希帆の人間性が今一つ掴めない点で、同作品とは異なる印象。希帆については“悪女”というより“悪霊”という方が相応しい気がします。 本作の世界は狭い。限定された少数人物の中だけでストーリィは展開します。 デビュー作「水に立つ人」が良かったので2作目である本作にも期待したのですが、紹介文を読んで躊躇したのが正直なところ。元基の置かれた状況、孤独感に切ない思いを感じさせられるものの、う〜む、今ひとつ得心の行かないところあり。 それでも、今後の作品に期待したい気持ちは変わりません。 |
「昨日壊れはじめた世界で」 ★★ | |
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小学生の時、同級生5人は忍び込んだマンションの最上階で、不思議な男と出会った。 その男は5人に「世界はもう、昨日から壊れ始めているんだ」と語った。 それから30年後の今、確かに彼らの生活は壊れていた・・・。 園部大介は、親から継いだ書店が行き詰まり閉店を決意。妻・娘ともギクシャクし、離婚は避けられない状況。 その大介を訪ねてきた幼馴染の仰木翔子は、アルツハイマーになった父親の介護で苦労、今も未婚のまま。 優等生だった小菅稔は窃盗症のため勤務先を転々とし、今の職場でも万引きがバレ、障害者雇用率アップのため急きょ雇い入れた視覚障害者=日渡絵麻の世話役を押し付けられている。 当時親の羽振りが良かった武元律子は、父親の不動産会社倒産という苦境を乗り越えて税理士となったものの、今はその父親の介護という苦労を抱え込んでいる。 そして皆川恵、彼女は今・・・・。 母親の育児放棄、幼い身でたった一人教会に助けを求めたのにまるで悪者のように追い払われる・・・そんな皆川恵の境遇こそ、間違いなく世界は壊れ続けていてやがて人類は滅亡の時期を迎える象徴なのかもしれません。 しかし、大介にも翔子にも、稔と律子にも、今そこに選択のチャンスが横たわっていることに気づきます。 そう、まだ終わった訳では決してないのです。やり直す覚悟を決めて前向きな選択をすれば、そこに新しい世界が生まれるかもしれない、いやきっと新たに始まることでしょう。 そんなメッセージを感じる作品です。 なお、彼らが見習うべきは日渡絵麻でしょう。彼女は10代の頃から新しい世界を歩き続けてきたのですから。 最上階の男/十三階段の夢/私の王様/あの空の青は/春の断崖 |
「見えない星に耳を澄ませて」 ★☆ | |
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音大ピアノ科3年生の曽我真尋は、音楽療法士コースを受講科目に追加し、実習のため音楽療法士である三上先生の診療所を定期的に訪れている。 そこで真尋が出逢ったのは、自分の心を頑なに閉ざしている中学生の待山汐里、順調に仕事の実績を積み重ねているという体を崩さないフリーのパーソナルスタイリストだという井手智美、目的がないまま生きている宅配ドライバーの弘岡、という人たち。 そうした人々と関わっていく中で、真尋もまた母親との関係において、彼らと同様の問題を抱えていることが次第に明らかとなっていきます。 真尋も含め、どの人物も余りに痛々しい・・・・でも彼らについてそう思うのは、彼らを見下げている証拠なのでしょうか。 そんなところに逃げていてはいけない、自分のちゃんと見つめて解決策を考えるべき・・・・そう語るのは簡単なことです。 それができないところに彼らの辛さがある筈。 でもそれは、彼らが何とか生きようとしているからこそ身に着けた鎧なのではないかと思うと、その重さを軽視することはできません。 ほんの小さな光であっても、彼らがこの先に見出すことができればと、祈るような思いで読了。 薔薇なんてどこにも/三等星の翼の下で/どこかに見えない星が |
「あの光」 ★★☆ | |
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読み始めてからまもなく、本作品を読むのが辛くなりました。 主人公である高岡紅(べに)の真摯に頑張ろうとする姿が分かるほど、その痛々しさが感じられて。 高岡紅は、水商売に没頭する母親の奈津子から放り出され、厳しい祖母の元で育ち、15歳の時に祖母が死んでからは一人で生きてきた女性。 祖母に躾けられた掃除技術をもとにハウスクリーニング会社に勤め、それも汚部屋の片づけ仕事が主。 母親やそのコンサルタントだという幸村に唆されて独立したものの、忙しさは全く変わらず。 ところが、紅が担当した依頼人が、紅の助言のおかげで良いことがあったとSNSに書き込んだことがきっかけとなり、後押しする人もいたことから、“開運お掃除サービス”を立ち上げ、本執筆やセミナーを開催し、メソッドを広めようと活動し始めます。 しかし、その結果はどうだったのか・・・。 読み手には紅の心情が良く分かります。紅が願っていたのは、少しでも多くの人に幸せになって欲しいというだけ。それなのに何故そうした結果になってしまったのか。 高岡紅に、多くの人が群がったのは何故なのか。人は幸せを苦労して掴むより、容易く人に与えてもらおうとするからなのでしょうか。 本ストーリィの真骨頂は、終盤にあります。 全てが崩れ去った後になって初めて明らかになることもあり。 本作は、高岡紅の、承認欲求を描いた物語。 紅は何に囚われていたのでしょうか。そして、紅にとっての光はどこにあるのか。 そこには紅だけでなく、すべての人に通じる真実があり、幸せを求めて足掻く多くの人たちに向けた、作者からの強い励ましのメッセージがあります。 お薦め! |