逸木 裕
(いつき・ゆう)作品のページ


1980年東京都生、学習院大学法学部法律学科卒。フリーランスのウェブエンジニア業の傍ら小説を執筆。2016年「虹を待つ彼女」にて第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞し作家デビュー。22年「スケーターズ・ワルツ」にて第75回日本推理作家協会賞<短編部門>を受賞。


1.少女は夜を綴らない

2.星空の16進数 

3.
空想クラブ

4.五つの季節に探偵は 

5.
彼女が探偵でなければ 

  


       

1.

「少女は夜を綴らない Girl never spells the Night ★★


少女は夜を綴らない

2017年07月
角川書店

(1400円+税)

2020年06月
角川文庫



2017/09/26



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中3女子の山根理子、3年前理子の目の前で友人の加奈子が転落死。事件は事故として処理されましたが、理子は自分が加奈子を殺したことを知っている。
その罪の意識から理子は
“加害恐怖”という強迫性障害を抱え込み、その恐怖感を抑えるために同級生の殺害計画を想像しては“夜の日記”と名付けたノートにそれを書き綴ります。
そんな理子の前に現れたのが、中1生となった加奈子の弟=
瀬戸悠人。悠人は理子が姉を殺したことを知っていると言い、バラされたくなかったら自分の父親を殺す計画を手伝って欲しいと要求してきます。

罪の意識と加害恐怖に常に追い詰められている理子の心情。近所で起きたホームレス連続殺人の犯人は兄ではないかという疑念、さらに同級生女子からの執拗な嫌がらせ。
中3という未熟な心に襲い掛かるこれらの重圧に、単なる読者でしかないというのに、狂いだしたくなるような圧迫感、絶望感を理子と共にせずにはいられません。
この脅迫感、圧迫感は余りにリアル過ぎ、凄い! 凄すぎる!

理子にとって悠人は脅迫者に他なりませんが、その悠人に親近感を抱いてしまうのは、自分の正体を知られているという安心感、暴力的であるうえに下劣極まりない父親という闇を悠人もまた抱えていたからでしょうか。

超ブラックなミステリと感じるような本作ですが、基本的には青春ミステリ。最終的には、理子に救いがもたらされるまでのストーリィなのですから。
最後、理子が再生に繋がる道の入り口にようやく立ったと感じるその場面では、心からほっとさせられます。
そして、理子が再生へと向かう支えとなったのは、理子を心配する親友や仲間たちの存在、という点も真に青春ミステリらしいところです。(※万々歳とはとても言えない結末なのですが)

決して、明るい、楽しいといったストーリィでは全くありませんが、焦燥感を味わってみたいという方には、是非お薦め!

              

2.

「星空の16進数 A starlit sky in hexadecimal colors ★★   




2018年06月
角川書店

2021年12月
角川文庫

(780円+税)



2025/01/04



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五つの季節に探偵は」「彼女が探偵でなければの2作を読んですっかり女性探偵=森田みどりの虜になってしまい、彼女が最初に登場する本作を読まずに済ませる訳にはいかないと、読んだ次第です。

とはいっても本作、主人公は一人ではなく、17歳の
菊池藍葉と、育児休暇中に臨時で仕事を引き受けた森田みどりの二人。

藍葉、他人とうまく繋がることが出来ず、高校中退。するとシングルマザーだった母親が家を出て行き、現在はウェブデザイン会社で働きながらの一人暮らし。
その藍葉の元を突然訪ねてきたのが、探偵だという森田みどり。
そのみどり、過去に迷惑を掛けた詫び代として、藍葉を探し出し百万円を渡すようさる人物から依頼を受けたと言う。
一体誰なのか? 藍葉が思い浮かぶのは、幼い頃自分を誘拐して逮捕された
梨本朱里という女性。
藍葉はみどりに、梨本朱里という女性を探し出して欲しいと依頼します。
そこから、藍葉が過去を振り返って自分を見つめ直すストーリーと、みどりが梨本朱里の行方を捜し求めるストーリーが、並行して進められていきます。

もちろん、隠されていた事実を絡んだ糸を解きほぐしていくように明らかにしていくみどりの探偵ぶりが、ミステリ小説としての読み処です。
その一方、藍葉も朱里も実は類稀な色彩感覚の持ち主で、藍葉には朱里を慕う気持ちあり。みどりとの出会いとその助言によって、藍葉が自分に目覚め、成長のきっかけを掴むという成長譚としての部分も十分に魅力的です。
(※題名の「16進数」とは藍葉の色彩感覚に由来します)

しかしまぁ、みどりの探偵行動は危なっかしくて、周囲の人間はみどりを放っておけない、というのは確かだろうなぁ。


プロローグ/第1章〜第4章/エピローグ

        

3.

「空想クラブ ★☆


空想クラブ

2020年08月
角川書店

(1600円+税)



2020/10/09



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主人公である中学生の吉見駿は、宮古島の亡き祖父から不思議な能力を貰っていた(元々はユタだった祖母からの力)。それは、見たいものを想像すると実際にその現実の光景を見れる、というもの。
その駿、突然飛び込んできた、小学校時の仲間だった
久坂真夜が川に落ちて死んだという知らせにショックを受けます。
葬儀の後、現場であるその河原に向かった駿は、何とそこで真夜に再会します・・・幽霊となった真夜に。

真夜、「助けて」という声を聞いて目を向けたら、川の中に少女の姿を見つけたのだという。思わず助けようと駆けだしたら、衝撃と共に意識を失い、気付いたらここにいたのだという。
その女の子が無事だったどうか確かめてほしいと真夜から頼まれた駿は、かつての仲間たちの助けを借りてそれを調べようとするのですが・・・。

その仲間というのが、駿の不思議な力を知って一緒に空想を楽しもうと真夜が結成した
“空想クラブ”のメンバー。二人の他にサッカー部の人気者=尾瀬隼人、絵の才能豊かな伊丹圭一郎、そして真夜と親友だった早乙女涼子。しかし、今はバラバラ。

・駿の不思議な力はファンタジー要素。
・今や孤立感を漂わせる圭一郎、不良仲間に入った涼子と、距離ができてしまったかつての友人に向かい合い、再び仲間が結集する過程はまさに青春友情ストーリィ。
そして、真夜が事故死した経緯を探る展開はミステリ要素。
本作はそれらが絡み合ったストーリィです。

もし想像力を活かせたら、というのは魅力ある設定ですが、逆に突拍子もない、と感じる処もあります。
それ故に、主人公たちに同調しえず、残念ながら共感するまでには至らず、という感想。

エピローグ、壮大な夢ではありますが、その解決で本当に良いのだろうか、と最後まで戸惑わざるを得ず。


1.少女の死/2.エスキモーの服を着た少年/3.稲妻の日/4.昔の空/5.空想クラブ/エピローグ

    

4.

「五つの季節に探偵は ★★   


五つの季節に探偵は

2022年01月
角川書店

(1600円+税)

2024年08月
角川文庫



2024/11/16



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私立探偵、榊原みどりを主役とする連作ミステリ。

女性探偵、連作ミステリという点は特に珍しいものではありませんが、本作表題の「季節」とは、みどりにおける“年代”と認識していい。
すなわち、同級生から頼まれて調査ごとをしたことがきっかけとなり探偵仕事の面白さに目覚めた高校二年との時から始まり、京都大学生時代、そして父親が起業した探偵事務所に入社、新人探偵時代から2児の母親となり部下をもつ立場となった時まで、5つの時期におけるみどりを描くという構成。そこが秀逸。

さらにみどりの探偵ぶりが異質。調査仕事に面白さを感じてはいるものの、それ以上にみどりが関心を持っているのは、その人間の本性を暴くこと。
その結果として本ミステリは、榊原みどり
(結婚後は森田姓)という人間の本質を描き出していくとともに、依頼事件の裏に隠されていた関係者たちの秘密、魂胆を暴いていく、という趣向になっている。そこが本作の面白さ。

「イミテーション・ガールズ」:父親が探偵なら娘もできるだろうと、同級生から無茶ぶりされた調査とは・・・。
「龍の残り香」:京都大学の友人から頼まれた相談ごと。みどりはそれに応じられたのか。
「解錠の音が」:事件の謎解きも面白いのですが、最後にみどりが同僚に仕掛けたことは・・・。
「スケーターズ・ワルツ」:みどりが軽井沢のカフェで偶然出会ったピアノ弾きの女性。その女性が語った思い出話の中に秘められた謎は?(※日本推理作家協会賞<短編部門>受賞作)
「ゴーストの雫」:本篇の主人公は、腰痛で鳶職を辞め<サカキ・エージェンシー>に転職した須見要。上司である森田みどりとともに、リベンジポルノの加害者を探すのですが・・・。

5篇中、私として特に魅了されたのは、逆転、また逆転という展開の「イミテーション・ガールズ」「解錠の音が」の2篇。


イミテーション・ガールズ−2002年 春/龍の残り香−2007年 夏/解錠の音が−2009年 秋/スケーターズ・ワルツ−2012年 冬/ゴーストの雫−2018年 春

      

5.

「彼女が探偵でなければ If She Were Not a Detective ★★   


彼女が探偵でなければ

2024年09月
角川書店

(1800円+税)



2024/11/17



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私立探偵・森田みどりを描く五つの季節に探偵はの続編。
今回は2022年から2024年という2年間での出来事ですから、前作におけるような大きな時間的変化はありません。

※なお、探偵みどりが初めて登場するのは
星空の16進数という長編作品のようなのですが、未読であり、そのうちに読んでみたいと思っています。

本作題名、みどりが探偵になったことを後悔するかのようなニュアンスですが、全体にかかるものではなく、最後の「探偵の子」においてみどりがふと抱いた思いです。
前作同様、単なる事件の謎解きにとどまらず、関係者の内面、抱えている想いに容赦なく踏み込んでいく、という処に読み応えがあり、そして鮮烈な衝撃があります。

「時の子」:上諏訪、高校生の瞬は3年前、亡父と共に昔の防空壕に閉じ込められたことがある。何故、亡父は定時の散歩で通りかかった老女に助けを求められたのか?
「縞馬のコード」:みどりの部下である女性探偵2人の前に現れた、自称“千里眼”の少年。彼は本当に千里眼なのか、そうでないとしたら千里眼を名乗る目的は何なのか?
「陸橋の向こう側」:ふと気づいた少年は、悪魔のような父親の殺人計画を立てていた。みどりは彼の犯行を留めることができるのか?
「太陽は引き裂かれて」:足立区でトルコ料理店を経営するクルド人男性からの依頼。店のシャッターに落書きされた「×」は差別主義者の仕業なのか。
 なお、本篇の主人公は前作にも登場した須見要。
「探偵の子」:夫である司からの提案で、家族+父親にて父親の故郷の街へ旅行に。そこでみどりが気づいたことは・・・。

5篇中、内容・推理とも読み応えたっぷりだったのは、「縞馬のコード」「太陽は引き裂かれて」の2篇。
後者は、現実的な社会問題を取り上げており、称賛したい。


時の子−2022年夏/縞馬のコード−2022年秋/陸橋の向こう側−2023年冬/太陽は引き裂かれて−2024年春/探偵の子−2024年夏

      


  

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