井上荒野
(あれの)作品のページ


1961年東京都生。89年「わたしのヌレエフ」にて第1回フェミナ賞、2004年「潤一」にて島清恋愛文学賞、08年「切羽へ」にて 第139回直木賞、11年「そこへ行くな」にて第6回中央公論文芸賞、16年「赤へ」にて第29回柴田錬三郎賞を受賞。実父は小説家の井上光晴氏。


1.切羽へ

2.夜をぶっとばせ


3.それを愛とまちがえるから

4.ママがやった

 


      

1.

●「切羽へ」● ★★       直木賞


切羽へ画像

2008年05月
新潮社刊

(1500円+税)

2010年11月
新潮文庫化



2008/07/24



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主人公の麻生セイは、島でただひとつの小学校で養護教諭をしている31歳。画家である夫の陽介との2人暮し。
2人共に故郷であるこの小さな島で平穏な生活をしているが、そこにやってきたのが、新任の教師・石和聡
石和のつかみ所のないような雰囲気に、夫を愛していながらも惹き付けられずにはいられない、セイの揺れ動く胸の内を描いた長編小説。
女性に人気が高いらしい作家として井上荒野さんには関心を持っていましたが、本作品はとりわけ好評なようなので良い機会だと読んだ次第(直木賞受賞は図書館に予約した後のこと)。

本作品は一応恋愛小説の範疇に入るのかもしれませんが、私としては既婚女性に当然にして訪れる心の揺れを描いたストーリィのように感じます。
愛し合う夫と静かな島での平穏な暮らし。そうした生活を愛していたとしても、理解できないあるいは手の届きそうもない雰囲気を纏った見知らぬ男性が目の前に現れれば、相手に関心を惹き付けられてしまうのは当然かと思うのです。
一時、そんな心の揺れを抱くこともありながら、夫婦というものは続いて行くものだ、と謳っているように感じます。

惹き付けながらも見ているだけというセイと対照的に、具体的に行動する3歳年上の独身女性教師、月江の存在が面白い。
妻がありながら月に1度のペースで月江の元に通ってくる、皆から“本土さん”と呼ばれる情人の存在もユニーク。
そうしたセイと対照的な月江の存在があってこそ、セイの存在感もまた感じられるというものでしょう。
また、妻が石和に惹き付けられているのを感じながらもそれを口にしない、夫・陽介の姿も興味あるところ。

※なお、受動的な女性という点で印象が共通するのか、本書を読みながら知らず知らずのうちに川上弘美「風花のゆりを思い出していました。

        

2.

●「夜をぶっとばせ」● ★★


夜をぶっとばせ画像

2012年05月
朝日新聞出版

(1500円+税)



2012/06/29



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何か凄いよなぁ、と感じた中篇小説。
 
主人公は、
「どうしたら夫と結婚せずにすんだろうだろう」とよく考えるのだという35歳の主婦、たまき
パソコンに夢中になって夫を無視していたところ、いレイプされる。その反動で「三十五歳。主婦。水瓶座。いいことがひとつもありません。誰か助けに来てください」とネットに書き込んだところ、メールが殺到。
メールしてきた男と逢引きし、ラブホへ等々。
怒った夫から暴力を振るわれそうになったところ、ネットで知り合った男が家に押しかけてきて騒動に。結果的に子供2人を連れて家を出て、夫とは離婚。
たまきの夫にも問題大ありなのですが、たまきの行動もまた常識外れ。しかし、結果的に悪者にされたのは夫の方で、たまきも子供2人もケロッとしているのですから、ただもう唖然。

「チャカチョンバへの道」は、上記「夜をぶっとばせ」の3年後の話、たまきの元夫=雅彦を主人公とした中篇。
今度こそ本当に愛せる女に出会えたと喜んでいたのに、次第に女の行動はおかしくなり、理解不能へと。
前篇ではたまき、男運の悪い女という風だったのですが、実は雅彦の方こそ、女運が悪い男だったのではないかと思えてくるから面白い。両方の側から描いてみたからこその妙でしょう。
本篇にもたまきがケロッとした顔で登場。いやはや、こういうところ、男はとても女性に敵わないのではないかと思えます。
 
世の中、こんな女と男ばかりになったら一体どうなることやら。そう考えると、眩暈がしてきます。

夜をぶっとばせ/チャカチョンバへの道

         

3.

「それを愛とまちがえるから」 ★★


それを愛とまちがえるから画像

2013年01月
中央公論新社

(1500円+税)



2013/03/20



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学生時代からの恋人関係から結婚して15年という袴田伽耶の夫婦。夫婦としてうまくやれていたという自信が崩れたのは、あるときから2人がセックスしなくなってしまったこと。

伽耶が匡に問い質し、匡も伽耶に問い返して、夫婦お互いに恋人のいることが明らかになります。
そこから始まる、各々の恋人2人を巻き込んだ4人の関係を描いたコミカルなストーリィ。
何が滑稽かと言うと、酒を一緒に飲んだり、揚げ句には4人で一緒にキャンプに行ったりするのですから。

お互いに相手が嫌いになった訳ではない。でも・・・セックスを間に挟んで今や2人の意識が対照的にまでズレてしまっていることが語られていますが、判るんだなァ。
夫婦それぞれの恋人である
逢坂朱音星野誠一郎の2人、それ程入れ込んでいる訳じゃなく単なるセックスフレンドという程度の関係だというのに、袴田夫婦2人のペースに乗せられて4人関係になってしまっているところが可笑しい。

夫婦とは何ぞや、そして恋人とは。夫婦と恋人、果たしてどちらが重要なのか。
夫婦コメディのようなストーリィの中で、もはや日常の一部となってしまった夫婦関係の微妙さをリアルにそして核心を突いて描いたところに、くすぐったい様な妙味があります。
夫婦関係の危うくない方に、お薦め。

 

4.
「ママがやった MAMA KILLED HIM ★★


ママがやった

2016年01月
文芸春秋刊

(1400円+税)



2016/02/04



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79歳の母親が7歳年下の夫(父親)を自宅で殺すという、衝撃的な出来事から始まる連作形式の長編ストーリィ。
その母親、子供たちを呼び集めてその事実を告げた後は、平然と子供たちの食事の心配をしたりします。そんな母親の姿には、娘や息子ならずとも、善悪の意識を崩されるような、呆気に取られる気がします。

何故、母親は父親を殺したのか。ろくでもない男とは既に判っていた筈。それなのに今更何故・・・・。
そこからこの家族の、夫婦の出会いと結びつきから、今日に至るまでの足取りが、連作形式にて時間を前後しながら描かれます。

主人公は時に応じて母親であったり父親であったりしますが、それだけではなく、長女・次女・長男が主人公となることもあります。
子供たちをそれぞれに描く篇においても、どこかいびつな部分を感じざるを得ないのは、彼らが母親や父親の血を引いているからなのでしょうか。とくに母親が営む居酒屋を手伝う独身の長女の身上には、正直いって慄然とさせられます。

小説としての構成、ストーリィの運び方は見事ですし、忘れ難い印象を残す作品ではありますけれど、歓迎する気持ちになれるかといえばちょっと成り難し。
でもそんな作風が、井上荒野さんらしいところなのかもしれません。


ママがやった/五、六回/ミック・ジャガーごっこ/コネティカットの分譲霊園/恥/はやくうちに帰りたい/自転車/縦覧謝絶

  


   

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