伊集院 静
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1950年山口県防府市出身の在日韓国人二世、立教大学文学部日本文学科卒。伊達歩の名にて作詞家としても活躍。広告代理店勤務を経てCMディレクター、81年「皐月」にて作家デビュー。91年「乳房」にて第12回吉川英治文学新人賞、92年「受け月」にて 第107回直木賞、94年「機関車先生」にて第7回柴田錬三郎賞、2002年「ごろごろ」にて第36回吉川英治文学賞、14年「ノボさん」にて第18回司馬遼太郎賞を受賞。2023年11月肝内胆管がんにて死去、享年73歳。


1.ノボさん-小説 正岡子規と夏目漱石-

2.琥珀の夢
-小説 鳥井信治郎-

  


     

1.

「ノボさん-小説 正岡子規と夏目漱石- ★★☆      司馬遼太郎賞


ノボさん画像

2013年11月
講談社刊

(1600円+税)

2016年01月
講談社文庫
(上下)



2014/01/12



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俳句、短歌等々、日本の近代文学創成期に大きな足跡を残し、36歳という若さで亡くなった正岡子規の青春風景を、夏目漱石との友情と絡み合わせて描いた逸品。

冒頭、親しい友らに声を掛けられながら、夢中になってしまったべーすぼーる(野球)の試合に向かおうとする“ノボさん”こと正岡子規の姿から書き起こされます。
“子規”とは後年自ら、血を吐くまで鳴き続けると言われた時鳥(ほととぎす)の異名から取った筆名。本名の
升(のぼる)からノボさんと親しく呼ばれたという次第。
それにしても何という気持ちの良さでしょうか。ノボさんの周りには常にのどかさと明るい温かさが満ちていて、実に快い。青年時代の子規、彼の本質とはこうした人物だったのでしょうか。皆がノボさん、ノボさんと呼んで親しく交わろうとしたのも当然のことと思わざるを得ません。

そのノボさんが首席をとった秀才として知り合ったのが夏目金之助、後の漱石。
子規と漱石。それまでの境遇、その後の生涯は対照的とも言えますが、気質としては相通じるところが多かったらしい。知己を得た2人の友情が近代文学の扉を開ける礎になったのかと思うと、感慨一入です。
とにかくノボさんの青春像が明るく、どこまでも青空が続いていくかのようで、とても眩しい。そこにどう漱石が関わったか。2人の友情風景もまた、ノボさんの青春風景を高めているように感じます。

後半、病床に倒れた子規の苦しみ様は痛ましい限りですが、事実である以上そうした光景も仕方ないこと。それでも正岡ノボさんという爽快な青年像が曇らされることはありません。
短くも見事に生きぬいた明治の青年像、その青春風景を生き生きと描き出した作品として高く評価したい。

ノボさんどちらへ? べーすぼーる、をするぞなもし/初恋の人、子規よどこへでも飛べ/漱石との出逢い。君は秀才かや/血を吐いた。あしは子規(ほととぎす)じゃ/漱石との旅。八重、律との旅/鷗外との出逢い。漱石との愉快な同居/子規庵、素晴らしき小宇宙/友は集まる。漱石、ロンドンへ/子規よ、白球を追った草原へ帰りたまえ

      

2.

「琥珀の夢-小説 鳥井信治郎- ★★


琥珀の夢

2017年10月
集英社刊

上下
(各1600円+税)

2020年06月
集英社文庫
(上下)


2017/10/09


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本作は日本経済新聞の朝刊に連載された小説の単行本化。
毎朝、読むのが楽しみでした。

「やってみなはれ」がモットーのサントリー、その創業者である
鳥井信治郎の、まさに怒涛のような人生を描いた長編。
大阪の商店で次男として生まれた鳥井信治郎、13歳で丁稚奉公したのを皮切りに、やがて独立して鳥井商店を興し、葡萄酒、そして国内初のウィスキー製造販売に挑戦していきます。

冒険ともいえる事業に挑戦していく姿、人と人の繋がり、社員を家族のように大事にする精神、それは現代から見ても斬新のように感じられます。
信治郎の何事にも勇気を奮って、大胆に挑戦していく姿、そして事業が成長していく過程を描いた本ストーリィは、興味津々、面白さ尽きません。

本作からは、鳥井信治郎という事業家の度量の大きさに忘れ難い思いを覚えます。
口先ではなく行動でそれを示したところが、鳥井信治郎という人物の見事さにあったと思います。

日本に洋酒文化が広まっていく過程、歴史を読むという部分だけでも十分面白い。
“サントリー・オールド”というウィスキーは、我々世代では定番のお酒だっただけに、ストーリィにやっと登場した時には、思わず胸が小躍りするような気分でした。

   


  

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