樋口有介作品のページ


1950年群馬県前橋市生、國學院大学文学部哲学科中退。業界紙記者等を経て、88年「ぼくと、ぼくらの夏」にて第6回サントリーミステリー大賞読者賞を受賞し作家デビュー。青春ミステリーの旗手として支持される。2021年10月沖縄県那覇市の自宅で死去、71歳。


1.
ぼくと、ぼくらの夏

2.
風少女

3.
八月の舟

4.
11月そして12月 

5.
枯葉色グッドバイ

6.
あなたの隣にいる孤独

  


  

1.

「ぼくと、ぼくらの夏 ★★☆    サントリーミステリー大賞読者賞


ぼくと、ぼくらの夏

1988年07月
文芸春秋

1991年04月
文春文庫

2007年05月
文春文庫

(619円+税)

2023年10月
創元推理文庫


2017/08/27


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同級生の地味な女の子が自殺。しかし、本当に自殺なのか?
刑事の父親と2人暮らしの高2生=
戸川春一は疑問を抱きます。
その日新宿に出た春一は、やはり同級生の
酒井麻子と偶然に出会います。
万年刑事の父親を持つ春一、ヤクザ(テキ屋)の親分を父親に持つ麻子というお互いの関係から余り口を利かないようにしていた間柄。しかし、麻子は、自殺した岩沢訓子と中学の頃とても仲が良かったのだという。自殺の真相を突き止めたいと思った麻子が探偵役、春一がワトソン役となり、2人は訓子自殺の真相を調べ始めます。すると・・・・。

高校生の夏の恋愛ストーリィであると同時にミステリ。
その両方において面白いし、内容のレベルもかなり高い。1988年にサントリーミステリー大賞読者賞を受賞したというのも当然の評価でしょう。

同級生の死の真相を一緒に調べていく中で、2人の恋愛感情が高まっていくという構成が実に魅力的。特に2人の会話、やりとりがすこぶる秀逸で、30年経った現在でも今なお清新です。
同時にミステリとしての展開もお見事。こんな展開になるとはなぁと感慨を覚えたものの、その底流に思春期の女子高生らしい、御しがたく揺れる心情が横たわっていることが描かれていて、鮮烈です。
また、そんな彼女たちに対し妬みを持っていた人物が真相に絡んでいたという処が、青春ミステリという言葉に相応しい。

今頃になってようやく読んだというものの、今になっても読めたことを幸せと思う一冊です。

       

2.

「風少女 A Wind Girl ★☆


風少女

1990年01月
文芸春秋

1993年05月
文春文庫

2007年03月
創元推理文庫

(648円+税)



2017/09/29



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群馬県前橋を舞台にした青春回顧風ミステリ。

大学生の
斎木亮は父親危篤の知らせを聞いて、東京から実家のある前橋に戻ってきます。
戻ってきたその駅で斎木は、中学時代に告白してフラれた
川村麗子の妹=千里から声を掛けられます。そして、麗子が風呂場で倒れ事故死、一昨日が初七日だったと告げられる。
あの川村麗子にそんな死は似つかわしくないと思う点で一致する2人は、麗子の死の真相を探ろうと動き始めます。

ストーリィ、そして若い男女2人が探偵役となる構成は、
ぼくと、ぼくらの夏によく似ています。
しかし、同作と大きく異なるのは、2人が向かう先に荒涼感が漂っていること。
主人公の斎木、中学時代は“有名な不良少年”だったという人物設定。その斎木が、当時の同級生たちを訪ね歩き、川村麗子との交際状況や思いを聞き歩く、そこから犯人を導き出していく、という筋立て。
同級生のうち、中学時代は優秀だった男子2人は道をしくじってこの町に留まっているという観が強い。中学時代の同級生たちが未だに付き合い、屯(たむろ)しているという状況は、東京に近い地方小都市の閉塞感を表しているかのようです。

そうした中、如何にも気が強く、斎木にも物怖じしない口を利く女子高生の千里の存在が際立っています。
また、浪人のため2年遅れで東京の大学に入学した斎木の立ち位置は他の同級生たちとちょっと異なっているようです。だからこそ距離を置いて同級生たちを観察できたのか。

本書は、その後の樋口有介作品の原点と言える作品という点で評価が高いようですが、私に関しては未だ樋口作品に思い入れは然程ありませんし、主人公たちがやたら煙草を吸うだけで距離感を覚えてしまうので、「青春ミステリの決定版」とまでは感じられず。

      

3.

「八月の舟 ★☆


八月の舟

1990年11月
文芸春秋

1999年09月
ハルキ文庫

2008年05月
文春文庫

(514円+税)


2017/08/27


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主人公の「ぼく」こと葉山研一は高校生、17歳。
7歳の頃に父親が、そして10歳の頃に姉が家を出て行き、元教師で現在はピアノ教師の母親と一軒家で2人暮らし。

家業である下請け工場を切りまわしている一番上の姉が研一の母親と同級生という、悪友の
田中広司。その田中の紹介で知り合った、一番上の姉と高校の校長夫婦の娘だという晶子
本作は、その3人を中心としたひと夏の高校青春ストーリィ。

ストーリィ全般を支配しているのは閉塞感。
その閉塞感に不満を募らせているのが田中で、主人公はその田中に引きずられているところがありますが、その一方で次第に晶子に惹かれていくという展開。
最後、驚かされる出来事で主人公の夏は幕を閉じますが、もうひとつモヤモヤ感ばかりが残ったストーリィという印象です。
ぼくと、ぼくらの夏に続けて読んだために、同書の主人公コンビと研一・晶子の展開をつい比べてしまい、それだけに不満が残ったということなのかもしれません。

※なお、気になったのは「ぼくと、ぼくらの夏」と同じく、登場する高校生たちがやたらとビールを飲んだり、煙草を吸ったりすること。
今から30年も前のストーリィですから、当時は、品行方正ではない高校生というと、酒・煙草が必然的なアイテムだったのかもしれません。現代ではもう必要ないと思いますが。

    

4.

「11月そして12月 ★☆   


11月そして12月

1995年04月
新潮社

(1300円+税)

2024年09月
中央公論新社



2024/10/06



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2021年に死去した樋口さんらしい青春ストーリー。
中央公論新社から復刊されると知って、図書館から借りて読んだ次第です。

主人公は
晴川柿郎(しろう)、22歳。高校、大学とも中退し、今はカメラを片手に都会のあちこちで生き物を撮り続けているが、といって写真を学んできたわけではなく、フリーター。
その秋郎が高田馬場にある公園で出会ったのが、同い年の印象的な女性=
山口明夜(あきよ)

明夜に一目で惹かれた柿郎は、明夜のことを追いかけ始めます。
一方、晴川家では、姉が不倫相手とのことで自殺未遂を起こしたかと思えば、父親の不倫相手である部下社員が実力行使に至り、ゴタゴタ続き。

要は、柿郎の姉や父は、典型的な自分勝手。自分を弁護、言い訳するばかりで他の人への迷惑などお構いなし(鈍感)。
それに対し、明夜から感じるものには確かなものがあった、ということではないかと思います。

僅か2ヵ月余りの、柿郎と明夜の関わり。
明夜は新しい挑戦に向かってスタートを切りますが、さて柿郎はどうなのか。果たして柿郎にも目標が生まれたのでしょうか。

柿郎にスタートを促す、僅か2ヵ月余りの青春譚。

※なお、自宅は浦和、明夜の住まいは赤羽。その他、高田馬場、虎ノ門、帝釈天と、柿郎があちこちを歩き回る処が面白い。
ただ、30年前のストーリー、浦和駅東口はまだ再開発されていませんし、地下鉄南北線は赤羽岩淵と駒込間までの開通。隔世の感があります。

      

5.

「枯葉色グッドバイ」 ★★


枯葉色グッドバイ

2003年10月
文芸春秋

(2000円+税)

2006年10月
文春文庫


2003/10/25


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マンションでの一家惨殺事件。唯一人生き残ったのは、当日外泊していた高校生の長女・美亜のみ。
捜査が進展せず、縮小された多摩川署の特別捜査本部では、新米女性刑事・吹石夕子が執念深く事件の謎を追っている。
そして発生した代々木公園での女子高生殺人事件。被害者は、惨殺事件の当夜、美亜と一緒だった女の子。

惨殺事件と何か関係あるのか。代々木公園に足を運んだ夕子はそこで、今やホームレスとなっている、かつて憧れの先輩刑事・椎葉明郎に出逢います。
窮余の一策、夕子は椎葉を日当2千円で雇い、椎葉の助けを借りて改めて事件を追うというストーリィ。

ミステリとしては特筆する程のことはありませんが、本書の面白さは、夕子、椎葉、美亜の3人のキャラクターにあります。
初の殺人事件をものにしたいと奮闘しながら、肌の荒れを悩む夕子・28歳。
人生の歯車が違ったためにホームレスとなった椎葉。
突っ張った振りをしながらも屈託を抱える美亜・16歳。

夕子と椎葉のコンビには、漫才の掛け合いのような面白さあり。それと対照的に、椎葉と美亜のやり取りには神妙なものがあります。そして次第に信頼を深めていく、3人の関係が良い。
なお、椎葉のホームレス仲間も各々個性的で、そのサイド・ストーリィもなかなか読み応えがあります。
ちょっと楽しめる、秋に相応しいミステリです。

      

6.

「あなたの隣にいる孤独 ★★


あなたの隣にいる孤独

2017年06月
文芸春秋

(1500円+税)

2020年12月
文春文庫



2017/07/17


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主人公の高草木玲菜は14歳。中学3年相当だが、小学校にも中学校にも通ったことがない。何故なら、戸籍がないから。
でも、古い教科書を手に入れ独学で勉強、同学年の子たちに負けない学力はあると自負している。
母親の
麻希子は40歳、<あの人>から逃げる為、玲奈の出生届を出さず、住まいも町から町へと転々と変えてきた。今はキャバクラ勤めの母親も年相応、だいぶ疲れが見えてきている。

そんなある日母親から突然に携帯で、<あの人>に見つかった、だからアパートには帰らないで、また必ず連絡するから、という言葉を残して母親は消息を絶つ。
途方に暮れた玲菜は偶然知り合ったばかりの、リサイクルショップ「川越屋」の店主である
秋吉秋吉(しゅうきち)と、その孫で作家志望だという周東牧生(しゅどうまきお)24歳を頼ることになります。
秋吉老人と牧生はさっそく、玲菜の母親失踪の背景を調べ始めますが、その結果・・・・。

主人公である玲菜の印象が清冽で、それ故にストーリィに引き込まれます。
いったいどんな謎が隠されているのかと期待したものの、謎の解明と決着は実にあっさりしたもの。
その点、ミステリ作品としては物足りなさを覚えますが、本作品の魅力はそこにあるのではなく、玲菜の僅か数日間での成長、母親に対する愛情と信頼にある、と言うべきでしょう。

玲菜は、これまでの全てを失った訳ではなく、裏切られた訳でもない。すべてはこれからの玲菜による選択次第、その手の内にあるのですから。
非現実的なところも多分にありますが、鮮烈な印象を読了後に残す、青春ミステリの秀作と言いたい。私好みです。

   


  

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