深沢 潮(うしお)作品のページ


1966年東京都生、上智大学文学部卒。両親は在日韓国人で父親は在日一世、母親は在日二世。自身は結婚・妊娠を機に日本国籍を取得。2012年「金江のおばさん」にて第11回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。受賞作を含む「ハンサラン愛する人びと」(文庫改題:縁を結うひと)にて作家デビュー。


1.海を抱いて月に眠る

2.かけらのかたち

3.翡翠色の海へうたう

4.わたしのアグアをさがして

5.李の花は散っても 

 


                   

1.
「海を抱いて月に眠る ★★☆


海を抱いて月に眠る

2018年03月
文芸春秋

(1800円+税)

2021年04月
文春文庫



2018/05/01



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やたら韓国の風習にこだわり、家族に対して不機嫌だったり怒ってばかりだった在日韓国人一世だった父親。亡き母親は、そんな父親に対していつも愚痴、不平ばかりだった。
しかし、そ葬儀の時、家族がまるで知らなかった在日女性、高齢の韓国人男性が姿を見せ、棺に縋るようにして慟哭していた。
彼らは一体、父親とどんな関係があったのか。

長女である
文梨愛(ムン・イネ)は、彼らと父親の関係を知りたいと動き出します。しかし、彼らによる父親の話はとても受け入れ難いもの。その梨愛にショックを与えたのは、兄の鐘明から渡された、父親が書き遺していたというノート。
梨愛を主人公とする、父親を謎を解き明かそうとするストーリィと平行して、その父親が16歳の時、朝鮮半島から日本へと小船で海を渡り、偽の身分証を手に入れ
「文徳允」という偽名のまま日本で生きて来たこと、望郷の念を抱きつつも果たせず、母国民主化のための運動に身を投じて来た半生が語られていきます。

本作は、日本海を泳いで渡って来たという深沢さんの父上のエピソードを元に執筆された作品とのことです。
幼い頃から深沢さんは、何故戸籍と実際の父親の年齢が違うのか等々、不思議に思っていたそうです。

何と辛く、苦しい半生を送って来たのか、と心を揺さぶられる気持ちになります。
在日朝鮮人に対する差別が問題ということだけではありません。
故郷、そして母親の元に戻れず、本当の自分ではない身上で生きていかなければならないという事実、そしてそれを家族にも打ち明けられなかったこと。
同胞のため母国民主化のための運動に熱心になればなるほど、家族との溝が広がるばかり。もちろん、そこには不器用で怒りぽかった父親自身の問題もあるにはあったでしょうが、その苦しい胸の内を思うと一概に非難はできません。
日本国内における差別、そして日本にいながら朝鮮国内の抗争に人生を左右される悲しみ、在日朝鮮一世の人々の思いを初めて知った思いです。
日本人も知っておくべき事実がそこにあります。是非お薦め!

※戦中〜戦後における朝鮮の人々の苦しみ、哀しみを描いた
帚木蓬生「三たびの海峡を久しぶりに思い出しました。同作がミステリ作品になっていたのに対し、本作はそのリアルさが印象的。

                   

2.
「かけらのかたち ★★


かけらのかたち

2018年11月
新潮社

(1600円+税)

2022年09月
新潮文庫



2018/12/13



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かつて大学のテニスサークルで一緒だった仲間たち、その配偶者たちの現在の状況を描く、連作風ストーリィ。
サークル仲間には男女ともいますが、本作で主に描かれているのは女性たち。
男性にはたいてい仕事という場がありますが、必ずしもそうした場を持たない女性の場合、惑うことが多いからでしょうか。

今も溌溂として雑誌で美熟女として取り上げられた元マドンナの
優子もいれば、不妊治療に疲れ果てた中橋の妻もいる。
2人の娘を東大理系と慶大医学部に入れて自慢げに女子会に参加してきた
智恵がいれば、離婚してシングルマザーとなった恭子もいる。
子供のいる夫婦、いない夫婦もいれば、まだ現役の女でいたいと浮気願望を隠さない主婦たちもいる、といった具合。

彼女たちの状況は様々ですが、次第にある共通点が浮かび上がってくます。それは、彼女たちの関心事が、自分は他人からどう見えるか、幸せ(人生の成功者)であると見えているかどうか、ということ。
自分の価値を、人からの評価に求めているのでは、これはもうキリがないことでしょう。
自分の<かたち>を見定められていない、その意味で彼女たちはまだ成長過程に留まっている、と言って良いのではないでしょうか。
その点で鮮やかだったのは、優子の娘で米国の寄宿制ハイクスール卒業を迎えた
安奈。母親依存だった彼女が決意したことは?

中年女性たちを描く深沢潮さんの筆は、結構辛辣で、容赦がありません。だからこそ切れ味鋭く、彼女たちに内在する問題点を洗い出せているのかなと思う次第です。
悩ましくも小気味よい、視点の鋭さが本作の魅力です。お薦め。
 
「マドンナとガガ」:主人公は、健介の20歳も若い再婚相手の梨奈。彼女が味わった辛さは・・・。
「アドバンテージフォー」:ランチに集まったかつてのサークル仲間女性4人。結局はお互いの比較?
「かけらのかたち」:不妊治療を続ける志津子。子供がいる、いないはそんなに重要なことなのか?
「ミ・キュイ」:“美魔女”と呼ばれるママ友4人。結局は、現役の女であるということを訴えたいのか。
「まーくんとふたごと」:主人公は唯一の男性、健介の元妻である晴美の一回り年下の夫である桜井
「マミィ」:優子の娘=安奈の決意はまさに圧巻。

マドンナとガガ/アドバンテージ フォー/かけらのかたち/ミ・キュイ/まーくんとふたごと/マミィ

             

3.
「翡翠色の海へうたう ★★


翡翠色の海へうたう

2021年08月
角川書店

(1600円+税)



2021/09/25



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主人公の河合葉奈、三十路になっても未だ独身、ブラックな零細IT企業勤務。両親と優秀な兄夫婦の関係は良好だが、葉奈はもういないも同然の扱い。
そんな葉奈が唯一得意だったのは文章を書くこと。小説を書いては応募、ようやく長編新人賞の最終候補に2年連続で残るまでに至り、次こそ勝負作と慰安婦問題を題材にすることに決め、取材のため沖縄に赴きますが・・・。

慰安婦問題、当時にしてもいろいろな様相、局面があり、書くのは極めて難しいことです。
現に葉奈、沖縄で取材した60代女性から、どれだけの覚悟を以て書こうとしているのか、賞を取るためといった軽い気持ちで取り上げるような問題ではないと諫められます。

ストーリィは、葉奈が沖縄の各島で幾つもの戦跡を見て歩き、戦争当時のことを知る人たちから話を聞くという現在と並行して、当時騙されるようにして半島から沖縄に連れてこられ、慰安婦にされた20歳の朝鮮人女性の苦痛と屈辱に満ちた日々が綴られていきます。
人権も何もなく、ただただ性欲の捌け口というモノ扱い、「穴」にされ続ける日々の、どんなに悲惨で過酷なことか。

慰安婦のことを広く描くのは難しい・・・こうして一人の女性を主人公にして書く方が相応しいこと、と感じます。
しかし、読み進んでいくうち、本作が伝えるのは過去の出来事に留まるものではない、と気づきました。
結局、権力・暴力・武器という力をもった男たちによる、女性たちに対する虐待の一つではなかったか。
そしてそれは、現代にもまた続く問題である筈です。
セクハラ、盗撮、性的暴力、レイプ、そしてタリバン政権による女性の権利弾圧も同様の問題でしょう。

最後、主人公となった二人の女性、それぞれの思いが深く胸の内に染みこんでくるようです。

        

4.
「わたしのアグアをさがして ★☆


わたしのアグアをさがして

2022年12月
角川書店

(1650円+税)



2023/01/21



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アグア」とはスペイン語で「水」、そこから「なくてはならないもの」という意味になるのだそうです。

本ストーリィは、勤務先の会社が倒産したうえ、交際中の恋人からも結婚を拒絶され別れるに至るという二重のショックを受けた処から始まる、主人公=
莉子の、自分の大事なもの探し物語。

この際だからと莉子、趣味で踊っていたフラメンコをもっと学びたいと思い立ち、スペインのマドリッドへ。
2010年、2016年と、2度に亘ってスペイン滞在した間の出来事が描かれます。
さしずめ、青春彷徨ならぬ、30代未婚女性彷徨、と言ったところでしょうか。
ただし、この莉子、男性関係に不器用というか、男を見る目がない、というか・・・。

そして莉子が最後に
セビージャ(セビリア)で出会ったのは、フラメンコの伝説的な踊り手であった日本人女性。
その出会いによって莉子は、自分のアグアを見つけることができるのか。

本作でいう「アグア」、莉子に限らず誰にとっても課題だろうと思いますが、本ストーリィについてはやはり、スペインという舞台への観光気分があって楽しめます。
つい、莉子のように腰を落ち着けて滞在してみたいなぁと思った次第です。


2010年/2016年/2017年

              

5.
「李(すもも)の花は散っても ★★


李の花は散っても

2023年04月
朝日新聞出版

(1800円+税)



2023/05/01



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朝鮮併合後、朝鮮の李王家が日本の皇族に準ずる位置づけで取り込まれ、皇族である梨本宮方子(まさこ)が王世子である李垠に嫁いだこと、政略結婚でありながら二人の間は愛情で結ばれたことは、かつてから知っていました。
いずれもう少し深く知ってみたいと思っていましたが、本作は文字どおりその関心に応えてくれた一冊です。

“日鮮融和”を謳いながら朝鮮の人たちを差別し、皇族でさえ李垠・方子夫婦を差別視したその傲慢さには、率直に言って反吐が出るような思いを禁じ得ません。
また、日鮮融和と言いつつ、日本と朝鮮の架け橋になるような行動も許されず、自由な言動も許されず、ひたすら日本政府・日本軍部の都合の良いように利用されるだけの存在に耐えるしかなかった。そして戦後、祖国からも拒否されたその運命の、何と過酷だったことか。

本作は、妃となり共に苦難の道を歩んだ梨本宮方子の視点から、この歴史的事実を描いた長編小説。
そしてもう一人、亡母がかつて梨本宮家で女中をしていたという縁をもつ
マサという女性を創造し、並行して庶民の視点から日本と朝鮮における激変の時代を描くことにより、複層的なストーリィとして仕上げています。

日本と韓国の関係には、こうした歴史が今も横たわっていることを私たちは忘れてはいけない、知らなかったのであれば知るべきである、と思います。
そしてまた同時に、現在の様々な問題との関連を考えずにはいられません。

兄弟国と言いつつ、そのウクライナの人たちに対して残虐非道な侵略・攻撃を続けるプーチンの振舞いは、上記とまるで同一と感じます。
また、日本が難民申請を極力抑え込み、入国を許そうとしない背景には、上記から変わらない考え方が今もあるからではないか。

朝鮮併合、関東大震災時の朝鮮人虐殺、戦後の南北朝鮮分断、知ってほしい多くの歴史的事実が本作には語られています。

1.殿下のさざれ石となって/2.独立運動と爆弾/3.初めての胎動/4.震災と竹やり/5.希望の産声/6.朝鮮と十字架/7.軍靴の響き/8.別れと再会/9.祖国の仕打ち/10.戦禍と離散/11.ニューヨークへの旅/12.讃美歌とケーキ/終章.光の中へ

       


   

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