藤原緋沙子作品のページ


高知県生、立命館大学文学部史学科卒。脚本家、作家。小松左京主宰「創翔塾」を経て執筆活動入り。NHK土曜時代劇ドラマ化された「藍染袴お匙帖」シリーズをはじめ、「隅田川御用帳」シリーズ、「橋廻り同心・平七郎控」シリーズ、「見届け人秋月伊織事件帖」シリーズ、「浄瑠璃長屋春秋記」シリーズ等、数多くの人気シリーズを持つ。TVドラマでは「長七郎江戸日記」「はぐれ刑事純情派」シリーズの脚本を手掛ける。


1.
坂ものがたり(文庫改題:月凍てる−人情江戸彩時記−)

2.
百年桜(文庫改題:百年桜−人情江戸彩時記−)

3.番神の梅

4.雪の果て−人情江戸彩時記−

5.茶筅の旗

 


                 

1.

●「坂ものがたり」● ★★☆
 (文庫改題:月凍てる−人情江戸彩時記−)


坂ものがたり画像

2010年11月
新潮社刊

(1400円+税)

2012年10月
新潮文庫化



2010/01/27



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“坂”をモチーフに、市井に生きる男女の情愛、情念を色濃く描き出したした、時代もの短篇集。

藤沢周平作品の中でも私が特に好きな作品に
橋ものがたりがあります。
“橋”をモチーフに男女の恋物語を描いた短篇集。情感といい、情景といい、忘れ難い篇ばかりです。
橋と坂ということで、本書には「橋ものがたり」に共通するものを感じます。
ただし、橋の場合には向こう側とこちら側ということで置かれた状況の違いという壁に過ぎませんでしたが、坂となるとその壁はもっと大きなものになります。
坂であれば、すなわち上と下。恵まれた状況とどん底、好運と不運、上昇と転落、そして運命の岐路。
本書もまた中心になるのは男女の情愛ですが、坂を背景にしているだけに、ままならぬ運命の中で、となります。
その分、男女の情愛、情念は「橋ものがたり」よりずっと色濃くて、艶めかしく、悩ましく、と言って良いほどです。

運命を分かってしまった男女の姿を描いた
「夜明けの朝」、厳しい現実に立ちすくむかのような若い夫婦とその父親を描いた「ひょろ太鳴く」、行き違ったまま別れの時を迎えた夫婦の悲運を描いた「秋つばめ」、ままならぬ宿命を描いた「月凍てる」
どの篇も、人生の重さを感じさせる、忘れ難い逸品ばかりです。
時代小説ファンには是非お薦めしたい、粒ぞろいの短篇集。


夜明けの雨−聖坂・春/ひょろ太鳴く−鳶坂・夏/秋つばめ−逢坂・秋/月凍てる−九段坂・冬

                   

2.

「百年桜」 ★★
 (文庫改題:百年桜−人情江戸彩時記−)


百年桜画像

2013年03月
新潮社刊

(1500円+税)

2015年10月
新潮文庫化



2013/04/11



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隅田川の“渡し場”をモチーフにした時代物短篇集。

川というものは人生に擬えられるもの。そして渡し場となれば、まさに人生の岐路を象徴するようなものでしょう。
本書収録の5篇に登場する人々も、渡し場に立って川を眺め、自分の来し方、そしてこれからどう道を選択したらよいのかと逡巡します。
前作
坂ものがたりでの“坂の上下”という設定もお見事でしたが、“川を前に佇む”という本書の設定も実にお見事。
橋の向こう側とこちら側という話を描いた名品=
藤沢周平橋ものがたりを当然のように思い出します。
ただし、「橋ものがたり」と本作品を比べるのは野暮なこと。作家それぞれに持ち味は違うのですから。

・「百年桜」は思わぬ状況で幼馴染と再会した、昇進一歩手前にある平手代=新兵衛を描いた篇。この状況は辛い、誰しも迷い、苦しみそうです。会社員なら共感を抱かざるを得ない話。
「葭切」は男女のロマンスが絡むストーリィですが、むしろ家族愛の方に胸打たれます。
「山の宿」は極めて切ない話。それだけに余韻は深く。
「初雪」は長い間離れ離れになっていた母子の物語ですが、現代にもそのまま通じるストーリィと思います。
・「海霧」は13年間、女敵討ちの相手を追い求めてきた武士の話ですが、とても切ない篇。最後の予想外の展開がかえって心をホッとさせます。

川の渡し場という情景を想像すればする程、情趣が豊かに伝わってくる時代物短篇集。市井もの短篇集がお好きな方にお薦め。


百年桜/葭切/山の宿/初雪/海霧

         

3.

「番神の梅(ばんじんのうめ) ★★


番神の梅

2015年10月
徳間書店刊

(1360円+税)

2018年03月
徳間文庫化



2015/11/05



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太平洋を臨む桑名藩、その飛び地は日本海沿岸の柏崎にあり、一旦その勤めを命じられたら帰って来るのは至難の事であることから、俗に“島流し”と言われている。
その
柏崎陣屋に、3歳になる長男を舅・姑に託し、生れたばかりの長女=八重を連れて赴任してきたのは、渡部鉄之助紀久という若夫婦。
柏崎の
番神岬に住む老夫婦に紀久は、桑名から持ってきた一本の梅の木を託します。梅の木に花がいつ咲くか、紀久はそのことに桑名藩への望郷の思いを託します。

本書は、僻地での過酷な暮らしに耐える夫婦の姿を描いた作品ですが、表題は梅の木に託した望郷の思いを表すものです。

それにしても、渡部夫婦、ことに紀久の貧しい様は筆舌に尽くし難い程。江戸の浪人一家でさえ、ここまで酷くはないだろうと思う程です。
実際こんなにまで困窮する様な生活だったのか、ここまで酷い程に貧しく描く必要があったのか。
そして何よりも、渡部一家は無事に桑名藩へ戻れる日を迎えることができるのでしょうか。

望郷の念を胸の奥に抑えつつ、極貧と言ってよいくらいの生活に何年も耐え続ける姿には、いくら“凛とした生き方”が武士の本分と言われようとも、その凄絶さには圧倒される他ありません。
最後はとても切ない幕切れ。
せめて、僅かなりとも救われることはあったのだろうかと、祈りたい気持ちになります。

         

4.

「雪の果て−人情江戸彩時記− ★★


雪の果て

2016年05月
新潮文庫刊

(550円+税)



2016/05/14



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「坂ものがたり」が文庫化に際して“人情江戸彩時記”というシリーズ名称が冠されて以降、刊行当初からシリーズ名を打たれたのは本書が最初で第3弾という次第。
併せて、前2作と異なり、最初から文庫での刊行です。

前2冊ではそれぞれ
”“渡し場というモチーフがありましたが、本書ではとくになし。
強いて言えば、それぞれの事情から自ら商いをしてひとりで生きていく(男に頼らず)女性主人公という共通項があるのですが、それに当てはまらないのが表題作
「雪の果て」

「雪の果て」:想い合う相手=弥生と一緒になれず、さらに弥生の夫の奸計によって脱藩に至った松江貞次郎。今は江戸で暮す貞次郎に、出府していた弥生が江戸屋敷を出たまま戻らないという情報がもたらされ・・・・。
「梅香餅」:シングルマザーのおみさは梅香餅の商いで幼い息子を育てていますが、5年前に戻らないままとなった子の父親が役人に追われていると知らされ・・・
「甘酒」:屋台で甘酒を商って暮すおきみ、夫婦約束をした政蔵に貯めていた金を渡した途端、政蔵は姿をくらまし・・・。
「永代橋」:永代橋崩落事故の際、先妻の子=おいとを見失ってしまった後妻おきわは、責めを負って実子の彦太郎を連れて丸太屋を出ます。その10年後、丸太屋の商いが傾いているという事実を知らされたおきわは動揺を抑えきれず・・・。

格別に感動を覚えるといったことはありませんが、どれも江戸市井の人々が抱える様々な情を描いた篇で好感が持てます。
今後もこのシリーズの新作が刊行されれば、きっと読むだろうと思います。

雪の果て/梅香餅/甘酒/永代橋

                 

5.

「茶筅の旗 ★★


茶筅の旗

2017年09月
新潮社刊

(1600円+税)



2017/10/17



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京都・宇治の<御茶師>たちを描く歴史時代小説。

主人公は、有力御茶師・
朝比奈家の一人娘である綸(りん)
関ヶ原の戦いにより戦乱を被った伏見で火事場から救い出され、記憶を失ったまま養女となったという経緯ですが、
朝比奈道意夫婦から実の娘のように慈しみを受け、病の床についた道意により朝比奈家の跡継ぎとして明言された身。

御茶頭取を務める
上林家の、やはり同じ養子である清四郎を婿に迎え、御茶師である朝比奈家を守ろうと奮闘する綸ですが、時は豊臣と徳川の間に再び戦乱が起きるという情勢。
茶園を守るために宇治の御茶師たちはどう行動すれば良いのか、また、そうした中朝比奈家を守るため綸はどう行動すべきか、その経緯ならびに顛末を描いた長編ストーリィ。

歴史を後から眺めれば徳川の世は必然的であったと分かりますが、その時代にあった当事者たちにとっては難しい判断、まして守るべきものが多ければ、と思います。
利休亡き後の茶道界に君臨した
古田織部、その弟子である小堀遠州という実在人物の登場も合わせ、今までまるで知らなかった歴史部分として、興味をそそられます。

題名の
「茶筅の旗」とは、かつて戦乱から宇治の茶園を守ろうとした郷士でもあり御茶師でもある先人たちが掲げた旗のこと。
主人公である綸の、人に対する慈しみの心を忘れず、凛とした姿が好ましい。
※なお、作者の藤原さん、本書執筆のため、立命館大学の史学科に入学したそうです。


霧/決意/柴舟/女茶師/祝言/茶筅旗/落城/別れ/暗雲/夜明け前

  


   

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