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1.恩送り−泥濘の十手− 2.月のうらがわ 3.母子月 4.日輪草−泥濘の十手No.2− 5.龍ノ眼 |
「恩送り−泥濘の十手−」 ★★ 警察小説新人賞 | |
2024年02月
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おまきは赤ん坊の時、紫雲寺の門前で捨てられていた。 その後、甘味屋の商いをしながら岡っ引きを務めている利助とおつな夫婦に引き取られ育ってきた。 その父親=利助が、付け火の探索をしているまま行方知れずに。 自分の手で父親を見つけるしかないと覚悟したおまき、そのおまきを手伝うと行動を共にするのが亀吉と要という11歳コンビ。 その3人と臨時廻り同心の飯倉信左が関わり合い、付け火事件の真相を突き止めようとするのですが、薬種問屋「相模屋」の跡取り息子が溺死体で見つかるという事件が起き・・・・。 時代小説での事件探索ものですが、「警察小説」というに相応しく、段取りがしっかりと描かれています。 また、登場する人物が多い中、各人物像がくっきりしていて、上記と合わせ事件捜査もの作品として申し分ない出来です。 なお、冒頭ではおまきが探偵役とばかり思っていたのですが、おまきは探索の推進役、観察役は亀吉、冷静な分析役は要と、チーム体制での探索になっている処が楽しい。 それに、臨時廻り同心の飯倉信左が加わって、上記3人では困難な役回りを担っている、という風。 登場人物それぞれの家族関係も描きこまれている点が秀逸。 本作、事件ものストーリィであることに間違いはないのですが、その一方で、親に捨てられた子供たちの物語でもある、という処が見逃せません。 お薦め。 ※なお、題名の「恩送り」とは、利助がおまきに語ったことですが、人から受けた恩を別の人に返す(送る)こと、そうすれば皆が幸せになれる、ということ。 本ストーリィのあちこちで感じることですが、良い言葉です。 |
「月のうらがわ」 ★★ | |
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大切な人を喪った悲しみに、人はどう向き合えばよいのか。 現代にも通じるこのテーマを、江戸の長屋を舞台に謳い上げた、情趣豊かな時代小説。 新兵衛長屋で、大工の父親と幼い弟との三人で暮らすおあやは、2年前に母親を病気で喪った13歳の少女。 その隣に越してきたのは、優し気な若い侍である坂崎清之介。 下駄をもらったお礼に、写本仕事をするため反故紙が散らかった清之介の部屋を片付けていたおあやは、「月のうらがわ」と題された小冊子を見つけます。 それは、死んだ母親は月の裏側にいると教えられた子供が、月の裏側に行きたいと父親に乞う話で、結末まで書かれていない。 坂崎もまた、おあやと同様、誰か大切な人を喪った過去を抱えているのか・・・。 新兵衛長屋で悲しみを抱えているのは、おあや一家だけではありません。 怪我して大工仕事ができなくなった重蔵一家、幼い娘を喪ったお杉夫婦、そして何か心の傷を負って出戻ったらしい、差配である新兵衛の孫娘=お美代。 現代にも通じる題材ですが、江戸の長屋という舞台だからこそ人々の心の内が素朴に伝わってくる、という思いがします。 なお、長屋となると大抵登場するのが、長屋の住人を仕切っている気風のよい女房、という存在。 本作でも、惣菜屋を営みながら4人の子を育てるお楽という女房が登場しますが、このお楽、結構毒のある言葉を吐く人物。珍しいキャラクターだけにちょっとしたスパイスになっています。 「月のうらがわ」の物語はどう紡がれるのか。そこが興味処。 最後は、情趣もあり、気持ちの良い余韻を残すストーリィとなっています。お薦め。 1.幽/2.鬼/3.願/4.罪/5.綾 |
「母子月−神の音に翔ぶ−」 ★★☆ | |
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主人公は江戸の市村座に所属する立女形=二代目瀬川路京。 子役だった頃から輝きを見せ続けてきた路京(与一)も、45歳となった今は輝きを失い、すっかり落ち目。 一方、人気低調の市村座に対し、他の芝居小屋は鶴屋南北の「東海道四谷怪談」が絶大の人気を博し隆盛。 それに対抗しようと、市村座では初代瀬川路京の人気演目「母子月」の再演を目論みます。 しかしそれは、舞台上で初代路京が毒殺されるという、因縁の演目であった・・・。 毒殺事件の犯人は江戸処払いとなって一応の決着がついた事件であったが、真犯人であった筈はない。 初代路京を毒殺した真犯人は誰なのか、そしてそれは何のためだったのか。 折しも、当時路京に関わりのあった人物たちが、再び市村座に集まって来る。 失ってしまった<芝居の音>を取り戻すため、路京は真犯人を見つけ出そうとする・・・・。 時代物ミステリという趣向ではありますが、その真骨頂は芝居、そして役者たちの真髄を描いた物語、といって間違いありません。 芝居小屋に紛れ込んだことから初代路京に引き取られ、兄弟子たちから執拗な嫌がらせを受け、一方では路京の嫡子である円太郎と切磋琢磨し、子役として成長。 その与一を応援し見守ってきた、半畳売りの佐吉やお駒、そして三代目瀬川菊之丞の存在も、読み応えがあります。 二代目路京は何故輝きを失ってしまったのか、再び輝きを取り戻すことができるのか、その支えとなるものは何か。 それこそが本作の読み処です。 圧巻の役者小説、お薦め! 序幕.横死/第二幕.亡魂/第三幕.奈落/第四幕.双面/終幕.神の音(ね) |
「日輪草−泥濘の十手−」 ★★ | |
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手札は貰っていないものの、育ての父親の後を継いで岡っ引きとなった17歳の娘=おまきと、その子分で11歳の亀吉と要が活躍する捕り物帳、「恩送り−泥濘の十手−」に続く第2弾。 深川の料亭「森田屋」、そこで深川芸者衆を集めて行われた“衣装競べ”。その最中、森田屋の料理人の一人である平次が毒殺されるという事件が発生。 さっそくおまきたちが犯人を探して動き始めます。 いくら時代小説とはいえ、17歳の娘と11歳の子どもたちという探索者の設定は無理筋ではないかと思う処ですが、物語としてはすんなり成立しているのですから、良しとすべきなのでしょう。 ただし本作、事件ものであることに変わりはありませんが、登場人物それぞれの、人生における岐路、選択を描く処に主眼あり、と感じます。 何時までも子どものままではいられない、次の段階へ進むために足を踏みだす必要があるという点は、材木問屋の跡取り息子である亀吉、目の見えない要、そして本作で亀吉と一緒に算術本の絵を描くことになった2歳上のひなも、裏長屋で病を抱えた元女郎=さきの面倒をみるおくめも同様です。 そしてそれは、かつて同じ道を辿ってきた、深川随一の芸者である梅奴、亀吉と要、ひなに算術本の作成を依頼してきた仁さんこと春木屋仁右衛門にも共通すること。 子どもたちが主役であるというのは、「恩送り」から共通する、本シリーズの特徴かもしれません。 その点を、十分読ませてくれる、堪能させてくれる作品です。 |
「龍ノ眼」 ★☆ | |
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主人公は隠密同心の長澤多門、58歳。 南町奉行の根岸肥前守に命じられ、水を掛けると翡翠色に輝く石の密売買を調べるため、砥役人との名目で、小日向藩の石場村へ赴きます。 その石場村、上質の砥石を産出して潤っているが、村長の権左衛門曰く、かつては発掘作業で身体を病む男たちが多く、25歳で長寿祝いをしていたのだという。 それが今、村の守り神である<おりゅう様>の社の裏手に自生する蓬から作る<長命茶>のお蔭で、皆が健康を保つようになったのだという。 石場村には多門の他にもう一人、村の秘密を探ろうと入り込んだ者がいた。それは、村長の息子=新太郎の嫁である加恵。 実は6年前、加恵の姉でありこの村に嫁いだ初音が、身籠ったまま崖から転落死。用心深い姉がそんな誤りをする筈はない、事故の真相を調べようと、女郎から身請けされてやってきた次第。 役人だけど威張らず、好々爺といった雰囲気の多門、子どもたちに信頼され親しまれますが、そこから徐々に村の秘密に近づくことになります。 村の秘密、村の掟とは、果たして何なのか。 そこには数多くの女たちの哀しみ、悲劇が潜んでいた。 ストーリー、それなりに読まされましたが、それだけで終わってしまった、という感想。 狂信することの恐ろしさ、女たちの悲哀という物語要素はあるものの、それがあってのストーリーであり、それ以上のインパクトは余り感じなかったという思いです。 なお、多門と子どもたちの交流には楽しいものがありました。 序/1.あやかしの子/2.震える子/3.災いの子/4.神の子 |