安壇美緒(あだん・みお)作品のページ


1986年北海道生、早稲田大学第二文学部卒。2017年「天龍院亜希子の日記」にて第30回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。


1.天龍院亜希子の日記

2.金木犀とメテオラ

3.ラブカは静かに弓を持つ

 


             

1.
「天龍院亜希子の日記 ★★      小説すばる新人賞


天龍院亜希子の日記

2018年03月
集英社

(1400円+税)

2020年02月
集英社文庫



2020/08/18



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主人公は人材派遣会社の営業社員である田町譲
仕事状況はブラックと言ってよいものだし、恋人である
早夕里との関係もはっきりしないまま。
そうした状況の中、主人公は小学校の同級生で地味な存在だった
天龍院亜希子のブログ(日記)を見つけます。
そこには、静かで穏やかな日々が綴られていた・・・。

題名にある「天龍院亜希子」という名前からは、かつて評判となった「鬼龍院花子」を連想させられ、さも個性的な女性主人公による破天荒な物語と思ってしまうのですが、事実は全く対極にあるような地味なストーリィ。

憧れの先輩女性=
岡崎さんが時短あるいは産休になろうが人手は増やしてもらえず残業が増すばかり、入院した父親の看護のため地元の静岡に戻った早夕里との関係はどうしたらよいのやら、一方で同期入社である同僚=ふみかとの仲は・・・。
まぁ、極めて平凡で、しがない会社員の日常的な日々。
主人公も決してデキル社員ではないし、少々軽いところあり。

それなのに何となく楽しく、何となく共感できて居心地が良い。
登場する皆々が、等身大の人物ばかりだからでしょうか。
また、かなり存在感があって良い筈の天龍院亜希子、派手なのはその名前だけで、本人は Web上のブログ以外に登場することはないという展開。関心を反らされたような処も愉快。

新人作家なのに筆運びは軽快で、お見事と言いたい。十分楽しませてもらいました。

             

2.
「金木犀とメテオラ ★☆


金木犀とメテオラ

2020年02月
集英社

(1700円+税)

2022年02月
集英社文庫



2020/07/12



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主人公の一方、宮田佳乃は全国コンクールで入賞する程のピアノの腕前を持つと共に都内有数の学習塾に通う成績優勝な少女。
しかし、父親は一方的に佳乃を、北海道南斗市に新設された
築山学園中学校に寮生として追いやります。
その佳乃が入学式で早々に注目したのは、もう一方の主人公となる、新入生総代を務めた
奥沢叶。容姿端麗で人当たりが良く、しかも佳乃に勝るとも劣らない成績優秀な少女。

本作は、宮田佳乃が困難な状況の中で闘い続けようとする姿、奥沢叶もまた困難な状況の中で何とか将来への希望を繋ごうと懸命に闘っている姿が、章を分けてそれぞれを主人公にして語られます。

冒頭の不穏さからして、どんな波乱万丈の物語が展開するのかと思ったのですが、意外にもそうはならず、地元生・寮生を問わず個性的な同級生たちを交えた新設女子高での学園ストーリィ、という形に収まっています。

東京の裕福な家庭出身らしい宮田佳乃、それと対照的に地元で訳ありの母親と2人暮らし?の奥沢叶という2人の同級生。
しかし、共に苦しい状況にあること、それに抗いつつ学園生活を送っていたところは2人の共通するところ。
2人にこの先への道が開けるかどうかが、本ストーリィの見処かもしれません。

学園ストーリィとしてはまとまるべくしてまとまったという印象ですが、期待を外されたという思いもまた残ります。そこがちょっと惜しまれるところ。


宮田佳乃−十二歳の春/奥沢叶−十二歳の夏/宮田と奥沢−十七歳の秋

             

3.
「ラブカは静かに弓を持つ THE FRILLED SHARK HOLDS BOW QUIETLY ★★☆


ラブカは静かに弓を持つ

2022年05月
集英社

(1600円+税)



2022/05/25



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「ラブカ」って? 音楽教室へ潜入調査=スパイ?
そして、「心震えるスパイ×音楽小説」という意味は?

読み始める前から疑問ばかりでしたが、読み始めてすぐ、あぁそういうことなのかと納得しました。
主人公の
橘樹(いつき)の勤務先は全日本音楽著作連盟。音楽教室からも著作権使用料を請求する方針を発表し、ミカサ音楽教室から異議申し立ての訴訟を提起されたところ。
そのため上司から樹、
ミカサ音楽教室に入会しての、2年間にわたる潜入調査を命じられます。
さて、そこからどのような展開が待っているのか・・・。

主人公の樹は12年前の事件がトラウマで、不眠症に悩まされ、交遊関係もなく、極めて暗い印象。
ところが、ストーリィが進むにつれ徐々に、次いでどんどん、楽しさ、気持ち良さが増していき、とても嬉しい気分です。

上記事件以来、5歳から13歳まで習っていたチェロから遠ざかっていた樹が、再びチェロを手にした時から、何が変わっていくのでしょう。
チェロ講師の
浅葉桜太郎との繋がり、生徒仲間との交流、信頼関係と絆。
出だしこそスパイ小説かもしれませんが、これは闇を抱え込んでしまっていた橘樹という青年の、再生ストーリィなのです。

予想もしていなかった面白さに出会い、思わず興奮しました。
これも音楽教室を背景となる舞台にした構成の良さでしょう。
なにはともあれ、お薦めです。

※題名の
「ラブカ」とは、深海魚の一種だそうです。
 そしてあるスパイ小説で、スパイの隠語として使われた言葉だったそうです。


第一楽章/第二楽章/エピローグ

       


   

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