題名を見ただけでも、えっ!?と驚いてしまう、ユーモア小説。
鮭ですよ、中東のイエメンですよ。よりによって、何故イエメンなんかで鮭釣り?と思うのが普通でしょう。
実はそこに本小説の鍵があります。何故イエメンで“釣り”なのか。そこには釣り人にまつわる深甚な世界、謎があります。
ついつい思い出してしまったのは、英文学上の古典的名著と評されるアイザック・ウォルトン「釣魚大全」。
釣り人とは、如何なる人間なのか。そこに着目した富裕なイエメン人によって、イエメンに鮭を、そしてイエメン人たちに鮭釣りを、という壮大にして破天荒な“イエメン鮭プロジェクト”がスタートするのです。
主人公となるのは、不器用で生真面目な、NCFE(英国立水産研究所)に所属する科学者=アルフレッド・ジョーンズ博士。
一方、不可能事と思われる本プロジェクトの依頼者は、イエメン人の富豪=シャイフ・ムハンマド・イブン・ザイディ・バニ・ティハーマ。
そして、その間に立ってプロジェクト遂行をサポートするのが、若くて有能な美人のハリエット・チェトウォド=タルボットという顔ぶれ。
神による奇跡を信じてプロジェクトに取り込む3人と、自分の利益に繋げようとプロジェクトに口を挟んでくるアルフレッドの上司や英国首相、広報担当官のピーター・マクスウェルらの姿との対比は、ユーモア小説においてお決まりのパターンかもしれませんが、それはそれでやはり滑稽。本書におけるその対比は明瞭です。
日記や手紙、メールのやり取り、さらには何者かによる事情聴取から議会の議事録、果てはアルカイダ内部のメールまでと、様々な伝達手段を用いて顛末が語られていくという構成。その仕掛けが見事にはまって軽快、かつ生き生きとして、十分楽しい。
また、神を信じて、常に前向きな姿勢を主人公たちが保っているところが本書の魅力。
本作品は、紛れもなくユーモア小説の系統に属しますが、そこに“釣り人”というキャラクターを持ち込んだのがミソ。
いかにも英国らしいユーモア小説、です。
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