ミルハウザーのこの短篇集に収録された各篇の特徴を紹介するには、訳者の柴田元幸さんが「訳者あとがき」に書かれている言葉を一部引用するのが、一番適切なように思います。
・ミルハウザーの小説には、きわめて職人的な芸術家が登場し、その芸を高めていって究められる余り、最後は自壊する他ないところまで上りつめていく。
・かなり特殊な人間をめぐる物語が、それと同じかなり特殊な文章で語られている。
・ミルハウザーを好きになることは、吸血鬼に噛まれることに似ていて、いったんその魔法に感染してしまったら、健康を取り戻すことは不可能に近い。
最後の文章など、さも恐ろしげですが、本短篇集のストーリィ、恐ろしくて堪らない、などということは決してありません。
でも、ストーリィの行き着くところが解らない、そんな途方に暮れた気分になるのは、一度や二度ではありません。
そしてストーリィの最後、どこにいるのか解らないままの状態で取り残される、そんな不安感が最後に残る、という気分になるのは疑いありません。
その端的な象徴が、冒頭の「ナイフ投げ師」。
また、自分がどこにいるのか解らなくなる、果たしてここは架空の場所なのか、現実の場所なのか、という気分になるのが、「月の光」「協会の夢」「パラダイス・パーク」「私たちの町の地下室の下」。
ある意味、幻想か現実か判らなくなる、という程恐ろしいことはない、という気がします。
ただし「月の光」は、青白い月の光の下でのふざけ気分があり、月の光という幻想的な美しさを感じることができるため、私としては好きです。
圧倒されんばかりの奥行きの深さ、恐ろしさを感じてしまうのは「新自動人形劇」と「パラダイス・パーク」。
何でも突き詰めてしまうと、恐ろしいまでの域に達してしまうということか。ディズニー・ランドは大丈夫なんでしょうねェ。
少なくとも私、ミルハウザーの魔法には感染せずに済んだみたいです。ただ、それは鈍感だった、ということなのかもしれない。
一つ一つの篇を取り上げると、訳が判らないという気がするのですが、こう集まってみると、もはやこれは他の小説家には書けない、不思議な世界、と感じる短篇集。
ナイフ投げ師/ある訪問/夜の姉妹団/出口/空飛ぶ絨毯/新自動人形劇場/月の光/協会の夢/気球飛行、1870年/パラダイス・パーク/カスパー・ハウザーは語る/私たちの町の地下室の下
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