主人公のスミシー・アイドは43歳、独身。
兵隊フィギュアの製品管理という単調な仕事についていて、ただ漫然と毎日を過ごしている。
酒と煙草とジャンクフードという不健康極まりない生活。おかげで体重は
126キロという肥満体。
そのスミシーに突然訪れた出来事は、両親の交通事故死。次いで父親宛ての手紙の中から見つけて知った、20年間ずっと音信不通だった姉ベサニーの死。そして実家のガレージで見つけた、少年時代に愛用していた自転車。
ふと乗ってみた自転車に懐かしい爽快さを見出したスミシーは、何も考えずにそのまま走り続けます。そして、それはいつの間にか、東海岸のメイン州から姉の遺体がある西海岸のカリフォルニアまで及ぶ、スミシーの長い自転車旅の始まりとなったのです。
ひたすら自転車を漕ぎ続けることによって、スミシーの脳裏には少年時代の家族の思い出がよみがえってきます。
姉のベサニーは精神を病み、自分の頭の中から聞こえる声に命じられ度々自傷行為を繰り返していた。両親とスミシーはベサニーに振り回されていたが、一方でそれは家族の絆を深く結びつけるものでもあった。
自転車で旅した距離が伸びるのと並行して、ベサニーと家族との思い出が深く語られていきます。
その旅を遠くで支えてくれるのは、隣家の幼馴染で今は車椅子の生活を送っているノーマ・マルヴィー。
無心でただ一つのことだけに没頭する。その快さ。
不健康な肥満体だったスミシーが自転車旅によってどんどんスリムになっていく、家族が堅く結びついていた頃のことを思い続けることによって心が洗われていくという快さもありますが、それは副次的な結果に過ぎないと言っても過言ではないでしょう。
本作品のこの趣きは、恩田陸「夜のピクニック」と共通するものがあると思います。
交通事故に遭って車椅子生活者となって以来向かい合うことのなかった各々に孤独なスミシーとノーマが、長い年月を超えて再び心を通わせ合うことも実に好い。
理屈は何もありません。スミシーが自転車旅によって心身が洗われていく爽快さを満喫しているのと歩調を合わせるように、私も本書を読んで無心になる爽快さを満喫していたのです。
お薦めしたい一冊。
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