孔 枝泳
(コン ジヨン)作品のページ


Gong, Ji-Young  1963年韓国ソウル市生、延世大学英文科卒。出版社勤務、大学院を経て労働運動に飛び込む。88年短篇小説「日の上る夜明け」にて作家デビュー以来、韓国で若い女性に根強く支持される人気作家。21世紀文学賞、韓国小説文学賞等を受賞。

  
1.
私たちの幸せな時間

2.楽しい私の家

3.トガニ

 


 

1.

●「私たちの幸せな時間」● ★★☆
 原題:"Our Happy Hours" 
      訳:蓮池 薫




2005年発表

20107年05月
新潮社刊

(1900円+税)

 

2010/08/29

 

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題名だけ見ると、若い恋人たちのストーリィという感じなのですが、とんでもない。
恋愛小説といって間違いとは言えませんが、仮にそうだとすると究極のラブストーリィ。

男は、少女強姦・連続殺人の罪で死刑を宣告され、処刑の日を待つ死刑囚=チョン・ユンス。女は、3回の自殺未遂を繰り返して一家の問題児扱いされている元歌手=ムン・ユジュン
何故そんな2人が出会ったかというと、ユジュンの叔母である修道女モニカが、姪を立ち直させるためのきっかけになればと、週に一度の拘置所訪問にユジュンを伴ったから。

何故2人が同胞感を持ち、繋がり合うことになったのか。そこには深い物語があります。
幼い頃に失明した弟と2人、母親に見捨てられ、何も持たない孤児として育ったユンス。一方、富裕な家庭に生まれ優秀な兄3人を持ちながら、深い傷を負った時に母親から見捨てられたことがトラウマとなり、生きる自身を失ったユジュン。
2人に共通するのは、他の多くの人は幸せそうなのに、何故自分一人不幸なのか、という根深い思い。
人を殺しても構わないという気持ちと、自分を殺しても構わないという気持ちは、底辺で共通する心理ではないかと思います。
決して自分だけが不幸ではない、他の人はどうなのか、そう思い始めるところから、2人の再生は始まります。
しかし、・・・・・。
どんな罪を犯したのか、ではなく、何故罪を犯かざる得なかったのか、を考えることが重要ではないか、と本書は訴えているように感じます。

なお、著者が本作品を執筆する動機となったのは、タクシーの中で聞いた、全国の拘置所で最大規模(23人)の死刑が執行されたニュースだったという。
また、本作品を執筆する間、相手を許すことに挑んだ人たちと共にとても幸せな時間を過ごした、という。
ユンスとユジュンが共有した幸せな時間を思うと、本作品が掲げた問題の深さが少しずつ、少しずつ、胸の中に浸透してくる気がします。
韓国社会を垣間見ることのできる面でも、お薦めしたい一冊。

   

2.

●「楽しい私の家」● ★★☆
 原題:"MY SWEET HOME" 
      訳:蓮池 薫




2007年発表

2010年07月
新潮社刊

(1800円+税)

 

2010/08/18

 

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著者が本作品を書くきっかけとなったのは、「新しい意味での家族」ということで、姓の異なる3人の子供をもつシングルマザーである著者の家族をモチーフにしたエッセイの執筆を頼まれたことだそうです。
結局エッセイ執筆には至らなかったものの、小説という形で実現したのが本作品。モデルは、著者自身と著者の19歳当時の娘さんとのこと。

韓国では最近民法が変わる迄、離婚後に母親が引き取ったとしても子供は一生父親の姓を名乗ることになっていたという。
元々韓国は儒教社会。3度の結婚・離婚という経歴のうえ、それを明示するように3人の子供が全て父親違い=姓違いというシングルマザーに対する風当たりは、さぞ強かったことだろうと感じます。
それを示すように、離婚家庭の子供は当然に問題を抱えていると決めつける教師、離婚の原因は妻側に辛抱が足りないからだとミサで説話する神父が登場し、韓国社会の決めつけの強さには絶句するばかり。

主人公のウィニョン、両親の離婚後は父親と継母と暮らしていましたが、18歳になり「私、母さんのところに行って暮らすわ!」と突然に宣言。そこから、母親+父親の異なる2人の弟との共同生活がスタートします。
両親と子供が揃っての当たり前の家族と比べると、主人公の家族は問題だらけ、というより、何か問題が生じる度にこの家族の特殊性に原因があるのか、という問題に行き当たります。
逆にだからこそ、家族とは何か、母親と子はどう繋がり、どう異なる人間なのかを都度、繰り返し問うことになるのが、この家族と言えます。
また、良くも悪くも、娘も母親も真正面からぶつかり合っている姿が印象的。
親だからといって完璧でもなければ、悩みや迷いが無い訳ではない。それを普通隠そうとするものですが、この母親は18歳の娘にそれをさらけ出しています。彼女自身の奔放な性格の故もあるでしょうけれど、ある意味で素晴らしいことと思います。
どの場面をとっても、一つ一つ、この母娘に学ぶこと多し。
是非お薦めしたい、家族物語の逸品です。

      

3.

●「トガニ −幼き瞳の告発−」● ★★★
 原題:"TOGANI" 
           訳:蓮池 薫




2009年発表

2012年05月
新潮社刊

(1600円+税)

  

2012/06/19

  

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韓国内のとある地方都市にある聴覚障害児のための学校。
事業に失敗し妻の伝手でその学校に期限付き教師として勤めることになった
カン・インホは、着任してすぐ、この学校で繰り返し行われ続けてきたおぞましい事実に向かい合うことになります。
それは校長や教師たちが、聴覚障害やそれに加えて知覚障害を抱えた生徒たちに対して、長年に亘って性的暴行を犯し続けてきたという事実。

この事件、フィクションではありません。実際に韓国光州市にあった某聴覚障害者特殊学校で長期にわたって繰り返されていた事実だそうです。その実態が明らかになったのは、2005年06月内部告発によって。しかし、地元の血縁、有力者間の癒着等により事件は葬り去られようとしたが、事件が広く知れ渡ったことから漸く警察も動き出したそうです。で、その結果はというと、執行猶予付の実刑という極めて軽い刑が付されただけで、関係者はすぐ元の教職に復帰したとのこと。
たまたま新聞記事でこの事件を知った著者が、本作品を書いて刊行し、本作品を読んで衝撃を受けた人気俳優コン・ユ氏が強く要望したことによって映画化され、国民の怒りが沸騰し政治・法律を変えるに至った、とのことです。

本書中、繰り返し性的暴行を受けてきた少年・少女らが手話で、彼らを救済しようとする人たちに事実を証言する場面がありますが、その非道さには読んでいるだけでさえ悲鳴を上げたくなる程です。物言えぬ彼らの苦しみ、絶望感、悲鳴が如実に伝わってくる場面です。
独裁国家ならいざ知らず、今や先進的な民主国家の一つである韓国でつい近年まで、こんなことが行われていた事実には、驚愕と共に恐ろしささえ感じます。
子供たちが味わった事実自体恐ろしいものですが、子供たちを救済するため先頭に立って闘ったシングルマザーの
ソ・ユジンに対してある人物がこう言います。幾人かの障害児を犠牲にすれば、みんなが幸せでいられるのに、誰のためにもならないこんなことで何故闘うのか、と。
何て恐ろしいセリフでしょうか。障害児は自分たちより劣るのだから、犠牲にしたって構わないという考え方がまずそこにあります。そして、自分たちが幸せなら他人に何をしたっていい、そう言って平然としている姿があります。

究極の中で、人はどう道を選択するのか。本書はそのこともまた問うている作品だと思います。以て他山の石とすべし。
是非お薦めしたい、驚愕すべき、事実に基づいた小説作品です。
※ちなみに「トガニ」とは“るつぼ”のことで、本事件によって起きた一都市の狂乱状態を譬えた題名だそうです。

        


    

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