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Lucia Berlin 1936〜2004年。米国アラスカ生。鉱山技師だった父の仕事の関係で幼少期より北米の鉱山町を転々としたが、5歳の時父親が出征しテキサス州エルパソの母の実家へ転居。終戦後、両親・妹ともにチリのサンチャゴへ。18歳でニューメキシコ大学に進学するまでチリで過ごす。 大学在学中に最初の結婚をし2児を設けるが離婚。61年から3番目の夫とメキシコで暮らし2児を設けるが夫の薬物中毒により68年に離婚。 71年からカリフォルニアに暮らし、高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師等をしながらシングルマザーとして4人の息子を育てる。この頃からアルコール依存症に苦しむようになる。 20代から体験に根ざした小説を書き始め、77年に最初の作品集が発表されると、その斬新な「声」により、多くの同時代人作家に影響を与える。85年「わたしの騎手」にてジャック・ロンドン短編賞を受賞。90年代に入ってサンフランシスコ郡刑務所で創作を教えるようになり、94年コロラド大学の客員教授、さらに准教授となるが、子供の頃に患っていた脊柱側彎症の後遺症からくる肺疾患等が徐々に悪化し酸素ボンベが手放せなくなる。2000年大学を引退し、息子たちの住むロサンジェルスに移住、04年癌のため死去、享年68歳。 レイモンド・カーヴァー、リディア・ディヴィスをはじめ多くの作家に影響を与えながらも、生前は一部にその名を知られるのみであったが、2015年“A Manual for Cleaning Women”が出版されると同書はたちまちベストセラーとなり、多くの読者に驚きと共に「再発見」された。 |
1.掃除婦のための手引き書 2.すべての月、すべての年 3.楽園の夕べ |
「掃除婦のための手引き書−ルシア・ベルリン作品集−」 ★★★ 原題:"A Manual for Cleaning Women Selected Stories Lucia Berlin" 訳:岸本佐知子 |
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2019年07月 2022年03月
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2004年の逝去から10年後に出版されるいなやベストセラーになったという短編集“A Manual for Cleaning Women”(43篇収録)から、訳者の岸本さんが選りすぐった24篇を収録した一冊。 だいぶ前から読もうと思っていたものの、図書館の順番待ちにより今になったものですが、読めたことを幸運に思う作品の一つ。 ベルリンの作品は皆、本人の実体験に基づいて書かれたものばかりとのことですが、鉱山町に住んだ幼少時代、難物の祖父母と暮らしたテキサス時代、お嬢様として過ごした南米チリ時代、4人の息子を育てたシングルマザーの頃、アルコール中毒に苦しんだ頃等々と、その変遷ぶりは一人の人間として驚くばかり。 そして、それらがどの作品にも反映されているのですから、これはもう凄い、その身近なリアル感に圧倒されます。 ベルリン作品の魅力は、研ぎ澄まされたリアルな現実に、哀感と同時にユーモアが混じり合って存在している処。 現実の物語は、架空の物語を安々と凌駕する、そう感じさせられます。もっともフィクション部分も多々あるようですが。 「掃除婦のための手引き書」「わたしの騎手」「どうにもならない」の3篇が何と言っても圧巻! そして、癌のため余命僅かとなった妹サリーに寄り添う2篇も、胸に多くのものが伝わって来るようです。 なお、冒頭の「エンジェル・コインランドリー店」には、ふとヘミングウェイの短篇を連想させられ、「ドクターH.A.モイニハン」は凄絶なブラックジョークを聞くようで絶句。 この一冊の短篇集の中には絵空事でない、あらゆる世界、多種多様に生きる人々の姿、単純に割り切れない人間の複雑な心情が詰まっています。 是非お薦め! エンジェル・コインランドリー店/ドクターH.A.モイニハン/星と聖人/掃除婦のための手引き書/わたしの騎手/最初のデトックス/ファントム・ペイン/今を楽しめ/いいと悪い/どうにもならない/エルパソの電気自動車/セックス・アピール/ティーンエイジ・パンク/ステップ/バラ色の人生/マカダム/喪の仕事/苦しみの殿堂/ソー・ロング/ママ/沈黙/さあ土曜日だ/あとちょっとだけ/巣に帰る/ リディア・デイヴィス「物語こそがすべて」/訳者あとがき |
「すべての月、すべての年−ルシア・ベルリン作品集−」 ★★★ 原題:"Toda Luna, Todo Ano Selected Stories Lucia Berlin" 訳:岸本佐知子 |
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2022年04月
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短編集“A Manual for Cleaning Women”(43篇収録)の内、「掃除婦のための手引き書」に収録できなかった19篇を収録した短編集。 「手引き書」と本書を両方読めば、上記短編集の43篇をすべて読めるということです。 ベルリン2冊目ということで前書より落ち着いて読むことができた所為か、やはり素晴らしい、と改めて感嘆します。 何よりもリアル感が秀でています。 一人称で描かれていることが多いという所為だけではなく、実際の体験に基づいているからでしょうか。 現実は、良いことだけでも悪いことだけでもありません。良いことがあったり同時に悪いことがあったりと単純ではなく、またとかくままならぬもの。 ベルリンの短篇にはそういう現実感が溢れています。 また、親身になってくれる家族や友人がいても、所詮最後は自分一人ですし、熱烈な恋愛をしても一転して他人の関係に戻ってしまうこともあります。そうした突き放されたような孤独感がいつも登場人物たちには付き纏っています。 本作で印象が強かったのは、「虎に噛まれて」「エル・ティム」「哀しみ」「笑ってみせてよ」「カルメン」「ミヒート」。 その内、「哀しみ」「笑ってみせてよ」「ミヒート」は複数視点から描かれており、特に印象深い。 アルコール中毒やヤク中毒という主人公、登場人物も当たり前のように登場しており、アメリカ社会の底を見るような気持ちになります。(「哀しみ」「カルメン」等) なお、主人公となる若い女の子の境遇が余りに悲惨、でもそれも現実なのかと衝撃を受けたのが「ミヒート」。本短篇集中で最も忘れ難い一篇です。 虎に噛まれて/エル・ティム/視点/緊急救命室ノート、一九七七年/失われた時/すべての月、すべての年/メリーナ/友人/野良犬/哀しみ/ブルーボネット/コンチへの手紙/泣くなんて馬鹿/情事/笑ってみせてよ/カルメン/ミヒート/502/B・Fとわたし |
「楽園の夕べ−ルシア・ベルリン作品集−」 ★★☆ 原題:"Evening in paradise" 訳:岸本佐知子 |
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2024年09月
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ルシア・ベルリン作品集、3冊目。 どちらかというと前2冊からの惰性で手に取ったようなものですが、読み始めるとやはり、ルシア・ベルリンは良い、と唸らざるを得ません。 ありふれた日常を描いたようなストーリーという印象を持つのですが、実際の中身はというと、とんでもない、こんなことがあるのかということばかり。 ルシア・ベルリンにとってはごく普通の日常生活だったのかもしれませんが、傍から見れば波乱万丈、でもそこには生の喜びや生きる苦労、そして様々な人との生身の絡み合いがあります。 小説の内容はルシア・ベルリンが実際に経験したこと、でも事実どおりではなく脚色や改変もされている、その結果として煌めきを含んだ小説として世に残った、改めてそう感じます。 収録22篇の中で特に面白かったのは、 「日干しレンガのブリキ屋根の家」「桜の花咲くころ」「楽園の夕べ」「幻の船」「わたしの人生は開いた本」の5篇。 なお、巻末掲載の、長男マーク・ベルリンが寄せた一文「物語こそすべて」。 ルシア・ベルリン作品の本質を語っていると思える一篇で、ファンとしては見逃せません。 オルゴールつき化粧ボックス/夏のどこかで/アンダード−あるゴシック・ロマンス−/塵は塵に/旅程表/リード通り、アルバカーキ/聖夜、テキサス 一九五六年/日干しレンガのブリキ屋根の家/霧の日/桜の花咲くころ/楽園の夕べ/幻の船/わたしの人生は開いた本/妻たち/聖夜、一九七四年/ポニー・バー、オークランド/娘たち/雨の日/われらが兄弟の守り手/ルーブルで迷子/陰/新月/ <物語こそすべて>−マーク・ベルリン(長男) |