四国・石鎚山/子連れハイク&ブナ観察
'98/8/14

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【報告文書】

《一路、土小屋へ》

 朝7:30に愛媛県は小松町を出発、一路土小屋を目指す。いよ小松で松山自動車道に入って川内で降り、砥部へ向かう。R33で山越えをして美川村に入り、R494を経て石鎚スカイラインに入る。山岳道路を避け、松山周辺の混雑を避けてというつまばやしの案内によるのだが、なんとも遠回りだ。表の登山口から遠路裏へ回るというのは滑稽なものだが、これはこれで登りの少ない道を選ぼうというのだから仕方がない。

《石鎚山の山容は槍ヶ岳を凌ぐ!(笑)》

 ただ、スカイラインからの石鎚山はなんとも豪快な山容をしている。頂上の岩峰が槍ヶ岳を凌ぐほどの様子を見せてくれる。それがだんだんと近づく様は、感動の一瞬が続く。20年ほども前か、牧場を抜け、堂が森を経て石鎚山に登り、土小屋から面河へ降りたときの印象は、もう無くなっていた。降りと登りは、やはり印象が違うということだろう。

 この日、実は瓶ヶ森あたりを彷徨こうかと話していた。続けてのキャンプはさすがに家族の反対を受け^^;、日帰りの予定で出てきている。ところが、このスカイラインで心が変わる。皆で石鎚山に登ろう!と。土小屋に着いたのは、10時半を過ぎているが、どうやら安定した天候で快晴に近い。気分は乗ってきた(^_^;)。行くしかない。このあたりのいいかげんさは一家の伝統ともなりつつある、はは。

《土小屋から山頂を目指す》

 国民宿舎に立ち寄り、フィルムを購入。リバーサルは調達できなかったから諦めた。36枚撮りを2本買ったつもりが・・・。11:10、ここを出発。すぐに尾根沿いの広い道に出る。つまばやしに小3のこぶな、2歳のひめしゃらという4人の家族山行。道を後続に譲りつつ、ゆるゆると歩む。ひめしゃらを背負子に乗せたときが距離稼ぎのチャンスと思うが、その背負子を背負ったつまばやしの歩が進まない。バテぎみである。

《土小屋ルートはブナの森であった》

たわわに実をつけたブナの枝

 歩き始めて30分ほどか、ブナの枝がたわわに実をつけているのに気が付く。それ以後ブナ帯を歩く間に見たブナは、すべてがそんな状態。大豊作とも言える状況だ。見るとすでに殻を開いて実を見せているものもある。この秋、動物や虫たちが喜ぶに違いない。ウラジロモミやカエデ類、ミズナラも見える中で、リョウブが多いと気づく。赤い幹肌のヒメシャラもある。なんたらヒメシャラという看板もあった。このあたりの区別はできない。

 ブナの葉は小ぶりで、ヒメシャラも混じる太平洋側の様相を見せている。オオカメノキも赤い実を見せている。表登山道に多く見られたシロモジも、結構その特徴ある葉っぱを見せている。稜線の休憩場所で昼食とする。その間、行き交う人々も多い。再び歩き始めるが、日差しがきつく暑いこと。やがて、剣山と同じようなお花畑が姿を見せる。ここでもアサギマダラが蜜を集めに飛び交っている。

 「落石に注意」という地帯を過ぎる。天狗尾根の下にあたるからだろう。しばらくすると二の鎖小屋下で成就社からの道と合流する。ここまで、こぶなが『鎖を登りたい』と言うのに、『よし!と〜ちゃんが登らせてあげよう』との受けごたえをしていた。ところが、少し前からひめしゃらが午睡の時間^^;。しばらく小屋下で起きるのを待っていたが眠りこけている。仕方なく方針変更。皆で巻き道を登ることとした。

 カメラと双眼鏡、それに上着のみを持ち、他の荷物はデポしておいて登る。落石危険地帯からは自分がひめしゃらを背負子に乗せている。頂上が近づくと足が軽くなるこぶなにサブザックを背負わせる。こうなるとスムーズに進む。15時過ぎに石鎚山の山頂。とはいえ、天狗岳はまだ先にある。もう時間が迫っている。こぶなには『ここに来る機会はまたできるから。鎖も天狗岳も次の機会!』と言い含める。山頂は涼しい。上着を着て山頂神社にお参り。

《山頂にて》

 山頂に着くなり起きたひめしゃらは、怖がることを知らない。山頂の岩に立とうとする。周囲は絶景。360度の大展望である。そうか、周りを見回したいかと肩車。これで天狗岳より高くなったかしらん^^;。

 記念写真をと1枚撮るとカメラがピーピー。ん!?なんとフィルム切れ。『か〜ちゃん、フィルムは36枚撮りを買ったよね。んでもこれ12枚撮りやでぇ〜!』。この会話を聞いていた隣の人に笑われた^^;。もう一本買ったフィルムはデポしたザックの中。剣山、石鎚山と子連れ連続登頂を行なった記念すべき写真が、たったの1枚!。ま、1枚残っていただけでも幸と言うべきか…。

 山頂小屋で休憩して早い夕食をとる。おにぎりとカップうどんを食して、16時に降り始める。ひめしゃらを背負子に乗せていると、歩きたいと背中からブーイング。『危ないから』と言い含めたが、わかったかどうか。二の鎖小屋下で休憩。今夜はつまばの実家でバーベキューの準備をしているとのことなので、急いで戻らねばならない。急げや急げと、背中のひめしゃらを退屈させないよう、掛け声を掛けながら歩く。このとき土小屋に戻る人たちには迷惑を掛けたかも知れない。ごめんなさいね〜。

《下山、そして帰阪へ》

 こうして18時前に車に戻り、皆が登山靴を履き替え、来た道をドライブ。小松町に戻ったのは20:30前。そそ、8月14日のことでした。15日は子供たちとセミ捕りや散歩をしたり、ゆるりと過ごした。その日の深夜、愛媛を発ち、徳島を経て淡路島入り。鳴門大橋のSAは大賑わい。仮眠している車が多いのね。誰しも同じことを考えるもの。ではと、自分は勝手知った津名ICから伊弉諾神宮へ。ここで仮眠。墓参りや親戚の挨拶を済ませて昼前に明石大橋へ。岩屋のSAも人・人・人。こんなところに長居は無用。記念写真を撮り、土産物を調達して、空いている橋を渡って帰阪となりました。


【あとがき】

 剣山のお花畑で見たレイジンソウに影響され、石鎚山のお花畑も同様と思っていました。レイジンソウはこちらの方が盛りだなと。ところが、写真を撮ったものを確認すると、どうやらミソガワソウでした。「花」だけを見ていると勘違いもするものと反省。石鎚山のお花畑は「落石危険」と表示された地域にあり、サラシナショウマ、オタカラコウ、ミソガワソウを中心とした群落でした。

 土小屋からの尾根道に「森林の垂直分布」と題して案内板があります。それによると、暖帯から亜高山帯までの植生が見られる石鎚山は、土小屋あたりの高度ではモミ・ツガ帯を過ぎており、ブナ、ウラジロモミ、ダケカンバの共生する地帯にあたり、登るにつれ、ダケカンバとシラベの世界となり、山頂部はシラベの世界となります。昨今、酸性雨による立ち枯れがよく話題に上りますが、今年のブナの実の豊作が、危機感を持った種の保存に力を注いでいるのか、それとも単に周期による豊作なのか、興味があるところです。

 案内板といえば、もう一つ、「石鎚山系のカエデ類」と題したものがありました。アサノハカエデ、ナンゴクミネカエデ、コミネカエデ、コハウチワカエデ、ヒナウチワカエデ、イタヤカエデなどがこの付近に見られると書かれています。一つ葉のチドリノキを含めて葉っぱのデザインが載っているのです。この中で「ナンゴクミネカエデ」が、アサノハカエデとコミネカエデの中間的な形をしていて、同定するのに難しいなと思いした。カエデの判別は、まだ手の内に乗っていなくて、付き合い方がまだまだ足らないようです。


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