生活習慣病を予防する食事ー糖尿病についてー(続編)

 前号に続き「生活習慣病を予防する食事−糖尿病−」についてもう少し考えてみたいと思います。
前号では食事療法のポイント8ヶ条を載せましたが,今回は栄養バランスについて述べたいと思います。
炭水化物・たんぱく質・脂質・ビタミン・ミネラルをできるだけ毎食バランスよく摂取することが必要なのは,一般的に知られていると思います。
 私たちの体はタンパク質,脂質,無機質などから成り,体の発育,成長や健康な生活を営むためには,食物の栄養素を補わなければなりません。
まず,体に必要なエネルギーを供給する栄養素には,炭水化物と脂質があげられます。炭水化物と脂質の1gは,それぞれ4kcal,9kcalのエネルギーを供給します。
 次に,体の組織を構成する栄養素にはタンパク質と無機質があります。タンパク質も1gで4kcalのエネルギーを供給します。タンパク質が過剰に摂取された場合や,炭水化物や脂質の摂取が少なくエネルギー不足が生じる場合に,食物中のタンパク質や体タンパク質の一部が分解され、エネルギーとして利用されます。
栄養素の三番目の役割として体の機能の調節があります。この機能は,糖質を除くすべての栄養素にあるとされています。とくに,無機質の一部とビタミンは体液の移動や酵素の活性化,体温の維持など,様々な機能があり重要です。
 これらの栄養素について糖尿病予防の観点から,前号では紙面の関係で割愛させて頂いたことにも触れたいと思います。

(1)炭水化物

 炭水化物とは、糖質と繊維を総称したものです。
摂取エネルギーの60%を糖質から摂取することは,伝統的な日本食に近く,心疾患の予防に役立つことが知られます。糖質では単純糖質(砂糖など)と複合糖質(デンプンなど)の二種類があり,血糖値の上昇を抑える働きがある複合糖質の摂取が重要です。
繊維とは、「食品成分表」(四訂版)によると,「1.25%の硫酸溶液及び,1.25%の水酸化ナトリウム溶液で順次分解した残渣の有機成分」と定義されており,セルロース,リグニン,一部のヘミセルロース,ペントザンなどが挙げられていますが,近年,生理的効果が明らかになってきている「食物繊維」が注目されています。
「食物繊維」について確定した定義はありませんが,1976年に英国の学者グループが発表した定義が一般的です。それによると,食物繊維は「ヒトの消化酵素により加水分解されない植物細胞の成分で,セルロース,ヘミセルロース,ペクチン,ガム質,ワックス,それにリグニンにより構成されている」とされています。
 食物繊維には,水溶性繊維と不溶性繊維とがあり,水溶性繊維は,盲腸から大腸に至る腸内で細菌によって発酵し,ここから各種の短鎖脂肪酸が作られます。そしてこの短鎖脂肪酸が吸収されると,肝臓や末梢組織でブドウ糖と脂肪の代謝に影響を与え,血糖値の上昇やコレステロールの吸収を抑制する効果があります。1)
水溶性繊維には,ペクチン,グルコマンナン,グアガム,アルギン酸ナトリウムなどがあります。ペクチンは果物や野菜に含まれ, グルコマンナンはこんにゃくの原料から得られるものであり,グアガムはグア豆(インドで栽培)の種子に含まれ,アルギン酸ナトリウムは海藻類に含まれます。
 この水溶性繊維の中ではペクチンとグアガムが特に血糖上昇を抑制します。わが国の糖尿病交換表では食物繊維が推奨されていますが,欧米でも推奨されており,私が研修したデンマークのステノ糖尿病センターの栄養教育でも食物繊維を勧めていました。具体例として、デンマークでは,主食がパンですので,「精製された白い食パンから,ライ麦パンや全粒パンなど粗引きのパンに替える」ことを勧めています。
 日本では1994年に厚生省が発表した「日本人の栄養所要量」(第5次改定版)では,食物繊維の目標摂取量が示されており、成人では1日当たり20〜25gです。これに対して、同年度の国民栄養調査では食物繊維の平均摂取量は15.89gで、必要量に満たない状態です。この国民栄養調査の食事に当てはめた場合,摂取している精白米の3割を麦飯か玄米に替えることで、食物繊維の目標摂取量が確保できることになります。
」三度の食事で主食となる糖質性食品では,食物繊維を含むものをなるべく選択する必要があり,白米よりは玄米,精白された食パンより全粒パンを選ぶことが勧められます。
 ただし、食物繊維は、他の栄養成分とともに摂取することで効果が発揮されることに注意してください。

(2)タンパク質

 タンパク質は血液や臓器,筋肉など体の成分になるばかりではなく,核酸(遺伝情報を担うもの)やホルモンなど,生命に欠くことのできない生体成分の生成に関与しています。成長期には特に重要です。
タンパク質はエネルギー摂取不足の場合には,体タンパクが分解し,エネルギーとなり,利用されます。しかし,他の栄養分である糖質や脂肪からタンパク質を補うことはできませんので,必要量の摂取が必要です。
 最近ではたんぱく質の過剰摂取や動物性たんぱく摂取に伴う脂肪摂取量の増加が、糖尿病にとっては好ましくないと考えられています。(脂肪については次項にて説明します) タンパク質の過剰摂取は腎臓での処理の働きが増えるため,腎臓に負担をかけることがわかっているからです。
 また、糖尿病性合併症である腎症の予防でも、早期からタンパク制限のある食事療法を行うことが有効とされています。

(3)脂質

 糖尿病を発症する環境因子として、様々な実験的・疫学的研究により、高脂肪食(とくに飽和脂肪酸)が第一にあげられています。
1991年に神戸市で開催されたIDF(国際糖尿病会議)で、疫学調査よりみた発症・有病率は、肥満より環境因子による影響が大きいことが確認されました。また、広島大医学部第二内科のチームが日系人と日本人を調べた「ハワイ−ロスアンゼルス−広島医学調査」によると,総エネルギー量では,ハワイ,ロス,広島でほとんど違いはなかったものの,脂肪,特に動物性脂肪の摂取量に大きな違いがありました。それによると、日系米人は動物性脂肪を日本人の約2倍摂取しており,ハワイ・ロスの日系米人の糖尿病罹病率は,日本人より2〜3倍高いという相関関係が報告されています。3)
また,食事中の脂肪の量とインスリン抵抗性(インスリンの反応が悪くなる状態)の関係も検討されていますが,脂肪とくに飽和脂肪酸の摂取の多い人では,空腹時や食後の血中インスリン濃度が高く,インスリン抵抗性があることを示唆している報告もあります。
一方,脂肪酸の質が血液中のコレステロール値に影響を与える重要な因子となります。脂肪酸には飽和脂肪酸(前出)と一価不飽和脂肪酸,多価不飽和脂肪酸があり,飽和脂肪酸は血液中のコレステロール値を増加させ,多価不飽和脂肪酸はコレステロール値を低下させます。このため,多価不飽和脂肪酸には植物油に多いリノール酸(n-6系)と,魚介類に多いイコサペンタエン酸,ドコサヘキサエン酸を含む(n-3系)があり,n-6系とn-3系の比率は4:1になるように勧められます。
国民栄養調査によると,日本人の食生活は明らかに,脂肪摂取と動物性食品が増加しています。糖尿病と糖尿病性合併症の予防からも,脂肪摂取の適切な質と量について,考えなくてはならないと言えます。ポイントとしては,3度の食事のうち1回は魚を中心とした食事を,そして残りのうち1回は豆・大豆製品を中心とした食事にすると良いと思います。

(4)ビタミン,ミネラル類

 無機質の一部とビタミンは,体液の移動や酵素の活性化,体温の維持など、体を調節する様々な機能があり,無視することができない栄養素です。
ところが、現在では、食品によっては,食品成分表(四訂版)に示されたビタミン量に満たないケースが見受けられ、このため、食事制限をされている糖尿病の患者の場合は、潜在性ビタミン欠乏症が推定されます。
 ビタミン類が本来の含有量に満たない理由としては,調理の際の損失や,野菜に含まれるビタミンCなどは肥料,栽培法,流通過程などによって含有量の低下があるのではと考えられています。
また,ビタミンCは血液中のコレステロール濃度とも関係があります。コレステロールの上昇は動脈硬化症の危険因子であることが知られています。肝臓においてコレステロールから胆汁酸が合成されますが,ビタミンCが欠乏する胆汁酸の合成が低下し、その分,血液中の総コレステロール濃度が上昇することがわかっています。つまり,ビタミン欠乏状態が改善されれば,血中総コレステロール濃度も改善されることになります。4)
動脈硬化症の他にも,糖尿病性合併症とビタミンCの関係についても研究されており,糖尿病患者を潜在性ビタミン欠乏状態にしないようにすることが重要です。
 具体的にビタミン含有量について考えてみましょう。
 野菜のビタミン含有量については様々な報告がありますが,北海道で市場に流通しているほうれん草とじゃがいも,にんじん,かぼちゃについて,ビタミン含有量を日本食品成分表と比較した報告によると,道産のほうれん草ではビタミンCが著しく低く,同様ににんじんではビタミンA効力が低い結果が出ました。5)
しかし,有機栽培農産物のほうれそうで調査したものによると,有機栽培のほうれん草は慣行栽培のものと比べて,硝酸含量が低下(安全性が向上)し,逆にビタミンC含量が増加(栄養価が向上)することが認められました。6)このことは有機質肥料を施し,露地栽培をした方がほうれん草の品質向上に効果があるとを示唆しています。
 こうしたビタミンの適切な摂取が,合併症の予防となる可能性があると思います。
ミネラルでは,まずカルシウムについて取り上げましょう。
 糖尿病患者では腎障害が生じると,副甲状腺ホルモンの分泌亢進により,二次的に骨吸収(骨から血中へカルシウムが移動する)が進んでしまうことがあります。また,神経障害がある場合には消化管の吸収不全によりカルシウム不足が生じることもあります。カルシウムは牛乳や大豆製品,小魚などからも摂ることはできますが,糖尿病の患者では,低カロリーであるスキムミルクや小松菜,かぶの葉,切り干し大根などの野菜類や海藻類から積極的に利用することが必要です。
 次にマグネシウム,亜鉛について解説しましょう。
マグネシウム,亜鉛は糖尿病患者では正常な人より尿中の排泄量が多くなることが知られます。
マグネシウムは豆類や玄米,小麦,クルミ,ごぼう,緑の野菜,きくらげ,海藻類に多く含まれているものです。しかし,マグネシウムの不足は高血糖,動脈硬化症,骨粗鬆症の危険因子と考えられています。高脂肪食や精製・加工された食事はマグネシウムの量が少なくなっていますので,外食の多い糖尿病患者では注意が必要です。
亜鉛は玄米が入った米や麦入りなどの精製されていない穀類を食べることで摂取が可能となるものです。この他,肉類や牡蠣,数の子,豆類に多く含まれています。亜鉛は免疫機能に重要であり,亜鉛不足は感染症を生じやすくする可能性があります。
 糖尿病患者の場合で,1200キロカロリーのエネルギー制限食(基礎食)では穀類の摂取量は少なくなりますので,予防のために十分な野菜と玄米や麦入りの米を食べた方が良いと思われます。

(5)甘味料について

糖尿病の食事療法の中で,砂糖の量については使用量が指導されます。砂糖の摂り過ぎは,血糖値や中性脂肪を上昇させることがわかっているからです。ですから,1日の中で指示された量を守るようにします。しかし,甘味は人間の生理的欲求でもあり,食生活に欠かせないものでもありますので,代用甘味料が使用されることがあります。
その代用甘味料には,どのようなものがあるのでしょうか。
 サツカリン,マルチトール,アスパルテ-ム,ソルビトール,エリスリトール,ステビオサイドなどがありますが,サツカリン以外はほとんど糖アルコールです。
 このような甘味料については,エネルギーは従来考えられていたより少ないわけではないということがわかっています。糖尿病患者では一般人より多量に使用する可能性があるので安全性や副作用などを十分理解する必要があります。例えば,ソルビトールは体内では代謝されないため,多量の摂取で下痢・腹痛を起こす急性毒性が指摘されています。一般に人工甘味料を多量に摂取すると,吸収・代謝がされにくく,腸内に停滞するので,浸透圧による下痢を起こすことがありますので使用量を最低限に控えることが大切です。
また,アスパルテ-ムは加熱調理すると,甘味が消失することがありますし,逆にサッカリンは苦味が出ることがあります。ステビアは天然甘味料ということで規格・基準は定められていません。
ちなみに,日本で使用できる食品添加物は,「一般食品として使用される添加物」「天然香料」「指定添加物約350種類」「既存添加物約489種類」に分類されています。指定添加物とは厚生大臣が「人の健康を害するおそれがない」という理由で使用を許可した食品添加物であり,動物による安全性試験などのデータをもとにその安全性や有用性について十分検討されているものです。
 しかし,既存添加物というのは,平成8年に法律が改正されるまでは届け出るだけで使用できた天然添加物を主体とする489種類の添加物をいいます。逆に言うと,既存添加物については天然添加物が主体であるというだけで法律が改正されるまで,安全性が確認されなくとも届け出るだけで使用が許可されていたことになります。7)
 まだまだ,安全性の確認が必要とされる製品もありますので,科学的な検証が望まれます。ですから,人口甘味料の使用は慎重に,最小限度にしてほしいと思います。

 終わりに

 現在の糖尿病の食事療法は,科学的な検証はまだ不十分と考えられています。大部分が動物実験や部分的な疫学研究に基づいたもので,長期の介入実験に基づいてはいないことが指摘されています。確かに食事療法の目標は,個別指導や血糖測定などにより達成はされています。しかし,糖尿病治療の基礎をなす食事療法をさらに有効なものにするために,さらなる研究が必要であろうと思います。十分な研究により得られた「適切な食事」は,糖尿病の予防や糖尿病性合併症の予防に役立つものと考えます。
昭和22年,自然農法創始者・岡田茂吉は論文「栄養学」にて,「今日の栄養学は穀類の栄養を軽んじている。即ち栄養といえば副食物に多く含まれるように思っているが之も誤りである。実際は穀類の栄養が主で副食物は従である。寧ろ副食物は穀類をうまく食う為の必要であるといってもいいのである。」と穀類の重要性を述べています。8)
必要なエネルギーの60%を糖質でとる「伝統的な日本食」は動物性タンパク質や動物性脂肪の摂取を控えることができます。つまり,糖尿病の予防の面からも重要です。また,上手に穀類を摂取することでマグネシウムや亜鉛の不足を防ぐこともできるのです。私たちはもっと米を中心とした穀類を摂取し,タンパク質,脂質,ビタミン,ミネラルを適切にとり,糖尿病・糖尿病合併症を予防していきたいと思います。

(澤入 房子,生活習慣病を予防する食事ー糖尿病についてー,NewsLetter5.MOA Health Science Foundation,1999)                         


<参考文献>  
1)倉沢 新一,食物繊維の定義と分類,臨床栄養 vol.84.No.3 1994:254〜258 
2)池上幸江,永山スミ,すぐに役立つ食物繊維の知識と献立,第一出版,1996
3)原 均,糖尿病の発現と食事因子,JJPEN,Vol.15 No2.1993:99〜103
4)橋詰 直孝,渭原 博,ビタミンCは糖尿病性血管合併症の進展と関与するか,
日本臨床栄養学会雑誌 ,1998;20:29〜32
5)渡辺しおり他,北海道栄養短期大学研究紀要,13号,1993:27〜32
6)荒川義人,有機栽培農産物の成分〜主にホウレンソウの成分を具体的事例として〜
  Society of Agricutural Cryo-Sciences,Vol 2 No1,1995:33〜37
7)よくわかる天然添加物の話 天然添加物小辞典・全リストと解説, 藤原邦達 著 合同出版社(1996)
8)MOA食生活ガイドブック,MOAインターナショナル,平成9年

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