ポールのビートルズ脱退宣言
ディリー・ミラー1970年4月10日
Q. なぜ君はソロ・アルバムを作る事を決心したのかい?
A. 僕は、家にスチューダーの4トラック録音機材をもっていたので、それを使って練習していたんだ。その結果が僕は気に入り、アルバムにしようと決心したのさ。
Q. 君はジョンがプラスティック・オノ・バンドとやった冒険、それに、リンゴ・スターのソロ・アルバムに影響を受けたのかい?
A. ある意味ではね。けれど本当はそうじゃない。
Q. 歌はすべて君ひとりで作ったのかい?
A. そうだ。
Q. それでは“マッカートニー“とクレジットがはいるのかい?
A. そうだとも、“マッカートニー”だよ。いままでは、どの曲も馬鹿みたいに“レノン=マッカートニー”となっていたよ。
Q. 君はソロとしての仕事を楽しんでいるかい
A. すごく楽しい。自分さえ納得すればいいからさ。でも、リンダがいることも知っていて欲しい。本当はダブルキャストなんだ。
Q. リンダの貢献とはどんなことかい?
A. 簡単にいえば、彼女はハーモナイズしてくれる。しかし、彼女にはそれ以上に寄りかかれるし、僕の第2の意見の持ち主だし、有名な写真家だ。なによりも彼女は僕を信じてくれている。
Q. そのアルバムはどこでレコーディングしたのかい?
A. 僕の家とEMIの第2スタジオ、それにウィルスデンのモーガン・スタジオだ。
Q. 君の家の装置は? 詳しく。
A. スチューダーの4トラックの録音機材。マイクは1本しか持っていない。その他の機器は、ベンダー氏やスウェッテンハム氏それに他の人に6ヶ月も持っていかれてしまったんだ。だからV.Uなしでレコーディングしなければならなかった。つまり、音が歪まないようにすべてを聞いて、それからレコーディングしたんだ。だから、答えはスチューダー、マイク一本、それから神経だ。
Q. 君はなぜそれらのスタジオを選んだのかい?
A. 使えたからだ。EMIは技術的に良いし、モーガンは居心地が良い。
Q. そのアルバムが完成するまで知らされなかったのは、そう配慮したからかい?
A. そうだとも。というのは、通例だとアルバムは発表する以前に古くなってしまう。「ゲット・バック」を見てごらんよ。
Q. なぜだい?
A. みんなと同じように、いつも新しい驚きをもったビートルズのアルバムを買いたい、と僕はかねがね思っていた。その意味で今回は最善さ。リンダと僕だけかな、こんなに発売日をひどく気にするのは。僕等は、本当にそうしたかったんだ。
Q. 君はそのアルバムのテーマのようなものをいくつかの言葉でいえるかい?
A. 家・家族・愛。
Q. 完成するには“いつ”から“いつ”までかかったかい?
A. クリスマスから今までさ。機材を点検したのがクリスマスのころだったから。The lovely Lindaは僕が自分の家でレコーディングした初めての曲だ。
Q. そのアルバムの曲は聴衆にとっては新しいとしても、君にとってはどうなのかい?歌は最近の作なのかい?
A. 一つは1959年作 Hot As Sun インド時代の Junk, Teddy Boy、残りはごく最近の作だ。Valentine Day, Momma Miss America, Oo You は間に挟んだアドリブさ。
Q. そのアルバムで君はどんな楽器を演奏したのかい?
A. ベース、ドラムス、アコースティック・ギター、リード・ギター、ピアノ、メロトロン、オルガン、おもちゃの木琴、弓と矢。
Q. それらの楽器を演奏した事があるのかい?
A. うん。いつもならドラムは叩かなかったけれどね。
Q. 君はなぜ自分で全部の楽器を演奏したんだい?
A. 僕は結構上手だと思うからさ。
Q. これからもリンダはずっとレコードで聞けるのかい?
A. たぶん、聞けるだろう。僕達は一緒に歌うのが好きなんだ。それに練習する機会もたっぷりある。
Q. ポールとリンダはジョンとヨーコのようになるのかい?
A. いいや。僕等自身がポールとリンダになるんだ。
Q. 君は自分の仕事に満足しているかい?
A. うん。
Q. 初プレス盤を他のビートルズにあげるかい?
A. 見ていてごらん。
Q. ひとりでレコーディングしたことは君になにを教えたかい?
A. 自分が行うことを決定することは易しい。けれど、自分自身で演奏することはむずかしい。しかし、満足することだよ。
Q. 誰がアートワークをやったのかい?
A. 写真はリンダがすべて撮った。そして、リンダと僕でまとめたんだ。
Q. そのアルバムの制作・販売・宣伝にアラン・クレインもアブコも加わらなかった、というのは本当かい?
A. できる限りやらせたくない。
Q. 君は他のビートルズとかジョージ・マーティンを懐かしくなかったかい?あるいは、ここにリンゴのブレイクがあったらなあ、と思う瞬間はなかったかい?
A. いいや。
Q. これが非常にヒットしたらば、もっとアルバムを作るかい?
A. たとえヒットしなくても、僕は自分がしたいことをやり続けるさ。やりたいときにはね。
Q. 君はビートルズのニュー・アルバムとかシングルとかを計画しているかい?
A. いいや。
Q. このアルバムはビートルズから君が去る記念かい?それともソロ・キャリアの出発かい?
A. 時が教えてくれるさ。ビートルズのポールと考えれば、ビートルズを去る記念さ。ポール自身のソロ・アルバムとみなせば、ソロ・キャリアの出発だろう。だから、両方だよ。
Q. 君がビートルズを離れたのは、一時的にしろ永久的にしろ、人間関係の不一致かい?それとも、音楽的なものなのかい?
A. 人間関係の相違、ビジネス上の相違、音楽的な相違、しかし、なによりも大きな理由は僕が家族とより長い時間をもちたかったからさ。一時的か永久的かそんなことは判らない。
Q. 君はレノンとソング・ライティングのパートナー・シップを再び持つと予見できるかい?
A. いいや。
Q. 君はジョンの平和運動をどう思うかい?プラスティック・オノ・バンドについて、M.B.E勲章を返す事について、ヨーコの影響について、ヨーコについてどう思うかい?
A. 僕はジョン・レノンが好きだ。彼がする事を尊敬している。しかし、そんなことは僕自身とは無関係だ。
Q. そのアルバムの歌のなかの何曲かは、ビートルズのために書かれたものではないのかい?
A. 古い曲はそうだ。 Junk はアルバム「アビー・ロード」のために書いたんだ。Teddy boy は「ゲット・バック」用だった。
Q. 君は「アビー・ロード」に満足しているかい?音楽的に束縛されたことは?
A. 良いアルバムだった。長い間、ナンバー・ワンだった。
Q. 君とクレインの関係は?
A. なんでもない。僕は彼とはまったく関係ない。彼はいかなる意味でも僕を代表していない。
Q. アップルと君との関係は?
A. 他の3人のビートルと一緒に僕も参加している会社とオフィスということさ。僕はオフィスが好きじゃないんだ。とくに、ホリディのときにはビジネス・オフィスが好きじゃないんだ。
Q. 君は独立プロダクションを設立する計画を持っているのかい?
A. マッカートニー・プロダクション
Q. そんな種類の音楽が、このアルバムを作る上で、君に影響を与えたかい?
A. 軽く、ゆっくりしたもの。
Q. 君はいま以上に沢山の曲を書くかい?それとも少ないかい?
A. 同じだろうね。曲がレコーディングされるために列を作って待っている。
Q. 君はいまなにを計画しているのかい? 休日? ミュージカル? 映画? 引退?
A. 僕のただひとつの計画は成長すること。

1970年4月、ポールは、この自問自答形式の文書(質問状を作ったのはアップルのピータ・ブラウン)を作り、それをイギリスの新聞社に送った。デイリー・ミラー誌が4月10日に掲載したのを始めとして、ニュー・ミュージカル・エクスプレス(NME)とレコードー・ミラーがこの文書を公開した。文書の内容は初のソロ・アルバム McCARTNEY のプロモーションを目的としていると思えるが、これは明らかに、ポールの「ビートルズ脱退宣言」である。