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工事中

 つるはしを振り上げたオレに真夏の太陽が容赦なく照りつける。補給した水分は全てが汗となって吹き出してしまう。
「暑い!」
 目の前にあるむき出しの水道管の中には冷たい水が流れているんだろうなと思うと、手にしているつるはしを思いっきり食い込ませたい衝動にも駆られる。
 オレは藤田浩之(ふじたひろゆき)。大学一年の夏休みに近所の道路に穴を開けている。
 ふと横を見ると幼なじみの佐藤雅史(さとうまさし)がつるはしに顎を載せて休んでいた。
「おい、雅史。もうへたばったのか? おまえ、体育会系じゃなかったっけ?」
「サッカーは腕を使わないんだよ」
「なにくだらない理屈を言ってるんだ」
「浩之はずいぶんがんばるね」
「オレはおやじに借金してでかい買い物をしちまったからな。早いところ返さないと落ち着かないぜ。それより雅史はなんでこんなきついバイトをやる気になったんだ?」
「だって、僕たち、友達だよね?」
 雅史はさわやかな笑顔とともに答えた。どういうわけか雅史はこのセリフが気に入っているらしい。高校二年の修学旅行に出発する直前には何度も聞かされて、オレはうんざりしたものだった。
「オーライ、オーライ……」
 元気な女の子の声がダンプカーを誘導していた。
「理緒ちゃんもがんばっているな」
 オレはつるはしを振りながら感心していた。このバイトを紹介してくれたのが彼女、雛山理緒(ひなやまりお)だ。

 事の起こりは、夏休み直前にさかのぼる。
 ある朝、いつものように新聞配達をしてきた理緒ちゃんに、
「いい夏休みのバイト、ないかな?」とオレが訊くと、
「それならとっておきのがありますっ!……実は、わたしもやりたかったんだけど、ひとりじゃ不安だったんです。でも、藤田君が一緒なら安心です!」
 ……というわけで、オレは水道工事をやることになったのだ。

 ブーッ、ブーッ、ブーッ、とバックするダンプカーのブザーの音、
「オーライ、オーライ、オーライ」と理緒ちゃんの誘導の声、
 ふと理緒ちゃんの足元をみると、数メートル先に足場用の鉄パイプが数本積まれていた。後ろ向きに歩いている理緒ちゃんは気がついていないようだ。早く教えなければ。彼女は転ぶことに関しては天才的な才能を発揮するのだ。
「おーい、理緒ちゃん、後ろ……」
 オレの呼びかけに理緒ちゃんは、
「なーにー、藤田くーん?」
 と、振り返りながら答えたとたん、持っていた誘導灯を大きく振り上げながら見事に転んだ。もちろん彼女の足元に転ぶ要素なんて何もない。理緒ちゃんは転ぶ天才なのだ。
 一方、ダンプカーの方は何を勘違いしたのか急に加速してバックし、掘ったばかりの溝に後輪を落とし込んでしまった。
「ああっ、『不幸の予知』!?」
 オレはしょうもないことを口走りながら理緒ちゃんに駆け寄った。雅史もあわてて駆けてきた。
「理緒ちゃん、大丈夫かっ!」
「いたたたた……。どうしてあたしってすぐ転んじゃうんだろ? あ、大丈夫、藤田君。ありがとう」
 オレが理緒ちゃんの手を引いて立たせたとき、不意に水しぶきが降ってきた。どうやらさっきのダンプカーが水道管を踏み破ったらしい。
 水滴が虹色に輝きながら三人の体を濡らしてゆく。オレは目を細め、水の降ってくる空を見上げた。どこまでも広がる、限りなく澄んだクリアブルーの空。両手を伸ばせば、その青に溶け込みそうな……そんな気がした。
「この夏、オレはどんな出逢いをするんだろう…?」
 どうやら、オレはそんなことを口に出して呟いていたらしい。隣にいた雅史が羨ましそうに、
「浩之ばかり出逢っていてずるいや」
と言うから、オレは片目をつぶって、
「主役の意地さ」
と答えて笑った。理緒ちゃんも雅史もつられて笑った。
 空には大きな虹が架かっていた。

(……って、笑っている場合か!)