すべてを網羅することはできませんが、私の知っている範囲でイディッシュ語に関する本をいくつか紹介します。実際のところ最後まで読破した本は1つもなく、紹介する資格など私にはないのですが、まあ大目に見てやってください。順番は思い付くままに適当に並べています。日本の書籍は、ことごとくすべてが上田和夫先生によるところが凄いです。
今のところ、日本語で読めるイディッシュ語の文法書はこれ1冊です。他に選択肢はありませが、これ1冊あれば十分だと思えるくらい、とてもよくまとめられている良書です。
追記:後述の「エクスプレス イディッシュ語」が出版されてからは、唯一ではなくなりました。
今のところ「イディッシュ語−日本語」辞書はありませんので、この単語集に頼るよりありません。発行部数が少ないためか、値段はちょっと高めですが、1語1円と考えると安いかも... ちなみにこのホームページの歌詞の翻訳は、「1500語」と上述「イディッシュ語文法入門」の巻末単語集だけでほぼ間に合っています。
短編小説のイディッシュ語原文と日本語訳文が併記された本です。入門書を終えた後の、更なる学習に向いていますが、単にイディッシュ短編を読むだけでも面白いです。
旅行や日常生活での会話集です。この手の会話集の例文というものは、案外使う機会がないものです(私が旅行に行かないからか?)。それでも覚えておくべき基本的な文例ばかりですので、決して無用ではありません。
白水社の「文庫クセジュ」のうちの1冊で、そのものずばりの題名通り、イディッシュ語について、その言語的側面から文学的側面までをも解説した本です。日本では未紹介の文学作品の題名が次から次へと登場し、その文学的豊かさを実感すると同時に、途中で力尽きて読むのをやめてしまいました。私にとっては結構難しい本です。
20世紀にはヨーロッパでの迫害を逃れて大勢のユダヤ人たちがイディッシュ語を携えてアメリカに移住します。「人種のるつぼ」と形容されるアメリカで話される英語には、世界中のあらゆる言語から単語や表現が取り込まれています。もちろんイディッシュ語も例外ではありません。この本はアメリカ英語に入り込んだイディッシュ語を紹介しています。日常会話で使われる表現だけでなく、文学作品や文化人の言葉の中からもイディッシュ語を採集しています。ここで Anglish とは Anglicized Yiddish(英語化されたイディッシュ語)、つまりイディッシュ語から英語に取り入れられた単語のことで、Yinglish とは Yiddishized English(イディッシュ語化された英語)、つまりイディッシュ語の文法や表現法の影響を受けた英語表現のことです。
ショレム・アレイヘムの短編を元にしたミュージカルや映画「屋根の上のバイオリン弾き」に、おしゃべり好きであちこちで縁談の世話をしてまわるイェンテというおばあさんが登場します。本書によると yente はイディッシュ語(および英語)では「うわさ好きでおしゃべりなおばあさん」を指していう言葉だそうです。yente という名前自体は昔からあるものですが、現在のような意味を持つようになるのは20世紀に入ってからだそうです。なるほど「屋根の上のバイオリン弾き」から派生した表現なのかなと思いましたが、特に言及はありませんでしたので、逆にこの意味を意識して付けられた役名なのでしょうか。
「英語−イディッシュ語」「イディッシュ語−英語」の辞書です。私が持っているのは77年に再版されたもので、オリジナルは68年に出版されたようです。著者のヴァインライヒはイディッシュ語研究の大家でしたが、辞書の出版を目にすることなく、前年の67年に亡くなっています。
イディッシュ語のヘブライ文字表記は右から左へと書き、英語は左から右へと書きます。当然この辞書では、方向の違う表記法が混在しているわけでして、さながら交通渋滞のような混乱ぶりです。慣れるまで大変です。
題名を訳せば「イディッシュ語の動詞201個 全時制完全活用表 アルファベット順編成」とでもいったところです。現在・過去・未来や分詞などのすべての変化形が一覧表になっている様子は圧巻です。あれば一見便利そうですが、なければなくても済むもので、その点では好事家向けでしかないかもしれません。しかし、文法書には1、2個の動詞の変化例のみが、現在形なら現在形だけ、過去形なら過去形だけ、ばらばらに記載されているだけですので、すべての変化形を俯瞰できるのは興味深いです。また、規則変化とはいえ、初学者が自分のつくった変化形に自身がないとき、この一覧で確認できるのは頼もしいでしょう。普通の入門書にも、be動詞(zayn)の全活用表くらいは載っていてもいいと思います。このシリーズにはいろいろな言語版があり、動詞の数も101、201から、501まであります。他に慣用句2001個というのもありますが、イディッシュ語版はないようです。
83年にイギリスで出版されたもののアメリカ版です。上述の「Anglish-Yinglish : Yiddish in American life and literature」と似た趣向で、アメリカ英語とイディッシュ語の間の密接な借用状況を紹介する読み物事典です。こちらは、見出し語の使用例にユダヤ・ジョークを使っているところがとても面白く、私は解説そっちのけで、ジョークを拾い読みしています。
現在40種類以上も発行されているお手軽入門書シリーズについにイディッシュ語が登場しました。このエクスプレス・シリーズは、20課構成で基本的な事柄を一通り紹介していき、名前通りエクスプレス(急行)で言語を学べます。もちろん詳細な記述は望めませんが、その言語の全容を概観するには最適です。エクスプレスで概要を掴んでから、さらに中級書へ進むのがよいでしょう。
本書で使われているヘブライ文字は、一般的な角文字ではなく、現代的な丸みのあるゴシック体風なのが面白いです。始めのうちはフリガナとローマ字併記がありますが、それも途中までですので、やはりヘブライ文字を修得しないことには読み進めることはできません。初学者は大変かもしれませんが、それはどんなことでも同じです。
題名を訳すと「イディッシュ語2001年:毎日の言葉と文化のカレンダー」といった感じです。上述の慣用句2001個とは関係なくて、こちらの2001は西暦のことです。つまりこれは本ではなくカレンダーで、なんと毎日1つづつイディッシュ語の文句が書かれた日めくり式卓上カレンダーなのです。語学に限らずどんなことでも上達するためには、少しづつでも毎日触れることが大切です。その点、このカレンダーは毎日1句づつでもイディッシュ語に触れることができますから、本当に素晴らしいアイディア商品です。
ただ、イディッシュ語の文句も収録されていますが、ほとんどは単語だけで、例文はその語を使った英文になっています。綴りもYIVO式ではないのが残念です。イディッシュ語ではなく、あくまでも英語の中のイディッシュ関連表現ということであれば、それも無理ないでしょう。
また、記載されている祭日もアメリカ標準のもののみのようです。独立記念日やリンカーン誕生日などのアメリカの記念日、聖バレンタインの日やクリスマスなどのキリスト教の祭日ばかりが載っています。ユダヤの記念日・祭日は以下の3つしか載っていません。(見落としもあるかもしれませんが。) イディッシュ語のカレンダーなのですから、ユダヤの祭日をすべて記載したり、ユダヤ歴を併記したりしても凝り過ぎということはないと思います。
4月8日(日)Passover姉妹品にはドイツ語編、フランス語編、イタリア語編もあります。
スペイン語から派生したユダヤ人の言葉の単語集です。この言語の呼び方は、「ユダヤ・スペイン語」(Djudeo-Espanyol)、「ラディノ」(Ladino)、「ジュデズモ」(Judezmo)、「シュパニオリート」(Shpaniolit)、「ハケティア」(Haketia ※注)などいろいろあります。もともとスペインに住み着いていたユダヤ人たちがスペインを追われて、地中海沿岸の各地に離散したことで、本国スペインの言葉とは違った独自の発展を遂げることになります。表記にはかつてはヘブライ文字を用いていましたが、20世紀からはローマ字を使うようになっているそうです。本書にはヘブライ文字での表記例が記載されていますが、面白いことに感嘆符(!)と疑問符(?)がスペイン語式に文の前後に付けられています。なんとこの本も、著者は上田先生というのが驚きです。
※注: Haketia の i には鋭角アクセント記号(右上がりの点)が付きます。