クレズマー音楽

クレズマー音楽とは、東ヨーロッパから発祥したユダヤ人の音楽のことです。この音楽は、中東からヨーロッパにかけてのあらゆる民族音楽の混合に、さらにジャズなどのアメリカ生まれの新しい音楽までをも盛り込んだ、音楽てんこ盛り状態となっています。その無国籍の混沌とした中にユダヤの民族性という1本のしっかりとした太い筋が通っていて、この音楽に秩序を与えています。明るく楽しい中にも人生の皮肉が込められており、魂の奥から込み上げてくるような、激しい情感のこもった魅力あふれる音楽です。

「クレズメル (klezmer)」という言葉はヘブライ語の「クレ・ゼメル」を語源としています。「クレ」は「道具・用具・器具・用品」、「ゼメル」は「歌唱・演奏、歌・曲・旋律・メロディー」のことで、「クレ・ゼメル」は直訳すると「演奏の道具」とでもいった意味で「楽器」を示していました。この言葉が中世の東ヨーロッパで発展したイディッシュ語では「演奏者」を意味するようになりました。今世紀に入ってからは、このユダヤの演奏者が演奏する音楽そのものを意味するようになりました。klezmer の読み方ですが、イディッシュ語では[クレズメル]、英語では[クレズマー]、ドイツ語では[クレッツマー]といった感じになります。日本語での呼び方はまだ統一されておらず、資料によってまちまちです。また、もともとヘブライ語起源ですので、klezmer の複数形は klezmorim [クレズモリム]となります。

イスラエルを追われ世界に散ったユダヤ人は、「ハヴァ・ナギラ」「マイム・マイム」などのユダヤ民謡を携え、アラブ、トルコ、ギリシャの音楽の影響を受けながら、ヨーロッパにたどり着き、ポーランド、ウクライナ、ルーマニア、ハンガリーなどの民族音楽を取り入れました。その結果、中近東風ともヨーロッパ風ともいえない何とも不思議な無国籍音楽が生まれます。当時のクレズマー楽団は3〜4人の小人数でフィドル、フルート、ツィンバロム、ベースなどが使われました。楽器が進化するにつれて、バイオリンやクラリネットが中心的役割を演じます。クレズマー音楽は、他のヨーロッパの民族音楽と同じく、結婚式やお祭りなどの場で演奏されました。ユダヤ社会だけに限らず、他の民族の祭の場にも呼ばれて演奏していたようです。その点ではジプシー楽団と同じで、実際互いに曲を取り込み合って、そのレパートリーには同じ曲も少なくありません。(もちろん、両者ともそれぞれ間違えようのないはっきりとした特徴があり、まったく違う楽団ではありますが。)

今世紀に入り多くのユダヤ人たちがヨーロッパからアメリカへと移住し、このクレズマー音楽に大きな変化が訪れます。もともと放浪とともに現地の音楽を取り込んできた音楽ですから、当時アメリカで芽生え始めたジャズやブルースやチャールストンやスイングなどをも積極的に取り入れました。そして、20〜30年代にはラジオを通じてアメリカ中で流行した時期もありました。クレズマー音楽は70年代ごろから再び人気が復活して現在に至っています。

私は専門家ではありませんので勝手なことは言えませんが、クレズマー音楽は「イスラエル民謡」「旧世界の音楽」「新世界の音楽」の3つに分けられるかと思います。「イスラエル民謡」はいうまでもなくユダヤ民族の心の故郷であり、決して忘れることのできない部分です。クレズマー音楽のCDにも、少ないながらも時々イスラエル民謡が含まれていることもあります。残りの2つですが、「旧世界」とはつまりヨーロッパのことで、「新世界」とはつまりアメリカのことです。上でも説明した通り、クレズマー音楽はヨーロッパ各地(主に中欧・東欧)の民族音楽を取り込んで発展し、その後アメリカに渡りジャズやスイングなどを取り込み大変化を遂げました。そのような経緯から、自ずとアメリカとヨーロッパではクレズマー音楽/クレズマー楽団の特色が違ってきます。ヨーロッパ系の楽団は3〜5人の小人数で楽器はクラリネット、バイオリン、ベース、ギター、トランペット、アコーディオンなどが使われます。一方、アメリカ系の楽団は10人以上で、楽器もヨーロッパ系に加えてサキソフォン、ドラムセットなどの新しい楽器が使われます。中にはエレキギターやエレキバイオリンなどが使われることもあります。曲の感じはヨーロッパ系は静かで落ち着いた曲、アメリカ系は賑やかな曲というイメージがありますが、これは楽団によってもまちまちで一概にはいえないかも知れません。

クレズマー音楽で中心となる楽器はかつてはバイオリンでしたが、19世紀以降の楽器の進歩にともなって、主役はクラリネットへと移っていきます。クレズマー音楽でのクラリネットの演奏は、高音部を中心とした非常に激しいものです。クラリネットというとプワプワ、ポーポーといった感じのとぼけた印象が強いですが、そのような固定観念が一掃されてしまうくらい強く、激しく、情熱的なものです。最も激しい時には、指はタイプを打つよりも素早く躍り、その音はリードが割れるのではないかと思うくらいに激しくブインブインと泣き叫びます。私が初めてクレズマー音楽を聴いた時には、クラリネットにはこんな演奏法もあったのか、と目のうろこの落ちる思いでした(単に私の見識が狭かっただけとも言えますが)。

クレズマーの歌に使われる言葉はもちろんイディッシュ語ですが、アメリカでは英語も取り入れられています。20年〜30年代にラジオを通じてクレズマーが流行った時代には、完全に英語化された歌も多く、「Bay Mir Bistu Sheyn」などメロディを聞けばだれでも知っている歌が実はクレズマー起源だったと知って驚くこともあります。


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Ver.1 1999.4.11
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コウブチ・シンイチロウ