<平成7年4月9日>

 廃止の日から3年と9ヶ月の月日が経ちました。当日はあいにくの悪天候でしたが、片上鉄道の全駅を見て回りましたので、レポートいたします。


 片 上

 片上駅の駅舎は、廃止の翌日から日生運輸バスの事務所として使用されていますが、現在も当時の姿を留めたまま活躍を続けています。

 構内はレールが撤去され、日生運輸、備前片鉄バスの車庫として使用されています。また、機関庫は当時の姿のまま残されており、バスの保守作業場として利用されています。


 バスの車体にははっきりと「備前片鉄バス」と書き記され、片上鉄道の名を後世に伝えています。

 行き先を示すサボには「片鉄片上行」と書かれており、まるで今でも片上鉄道が存在しているかのようです。

 貨物ヤード跡地に残されていた車両たちは、3年前に訪問した時と殆ど変わらぬ状態で留置されていました。風雨にさらされ、各車両とも幾分か傷みが目立ちはじめています。

 ホハフ3001は佐伯町へと搬出され、ホハフ2002は既に解体されてしまったのか、その姿はどこにも見あたりませんでした。


 譲渡先が決定したキハ312には、ブルーシートが掛けられて保存されていました。一方、DD13552やキハ802は雨ざらしの状態で、今後の動向が気になるところです。

 清 水


 清水駅は駅舎が解体されてしまい、コンクリートのホームだけが草むらに埋もれるように残っています。

 中 山

 中山駅は待合小屋が解体されてしまい、もともと小さな駅だっただけに、駅跡は非常に目立ちにくくなっています。

 右側の写真は、中山駅から少し和気側に移動したところにある鉄橋です。この橋の向こうでは、道路敷設工事のため軌道跡を土砂で埋め立てる工事が行われています。こうして片上鉄道の軌跡は次第に姿を消してゆきます。

 和 気

 和気駅では構内のレール全てが撤去されていますが、駅務室とホームは当時のまま残っています。

 本和気

 本和気駅は駅舎が解体され、2本のホームだけが当時の面影をしのばせます。

 益 原

 益原駅は駅舎が残されていましたが、ホームは作業所の資材置き場のようになっていました。

 天 瀬

 天瀬駅はレールが撤去されただけで、駅舎やホームは驚くほど当時の姿をとどめていました。

 河 本

 河本駅も駅舎が残っていましたが、構内には雑草がはびこり、かなり荒れた状態でした。

 備前矢田

 備前矢田駅では、残念なことに風格のあった駅舎が完全に解体されてしまい、当時の姿とは全く変わり果てた状態となっていました。駅舎の跡地には、待合室に置かれていたベンチだけが、静かに鎮座していました。

 苦 木

 苦木駅では、駅舎が当時の姿のまま残されていました。もともと不気味だった駅舎は、まるで幽霊屋敷のように荒れ果てています。

 杖 谷

 杖谷駅も、レールや駅名表などが撤去された他は、当時の姿のまま残っています。待合小屋は、まるで民家の物置のように見えます。

 備前塩田

 備前塩田駅は駅舎が解体され、レールがはがされた構内は作業所の資材置き場と化していました。


 第一吉井川橋梁は、橋脚は全部残っていますが、橋桁は河川敷の部分のみ、撤去されています。

 備前福田

 備前福田駅は駅舎が解体され、コンクリートのホームだけが僅かに面影を残しています。

 右の写真は、備前福田と周匝のほぼ中間地点にある鉄橋です。レールがはがされただけで、当時の姿を留めています。

 周 匝

 これが、あの周匝駅? と疑ってしまうほど、当時の雰囲気はどこにも残っていません。コンクリートのホームも一部が削られ、アスファルトが敷かれていました。


 第二吉井川橋梁は、歩道として第二の人生を歩み始めました。表面はきれいにアスファルトで舗装され、高い柵が設けられています。


 美作飯岡

 美作飯岡駅も駅舎が解体されてしまい、駅前の大きな桜の木だけが高々とそびえ立っています。

 吉ヶ原

 吉ヶ原駅は、まるで今でも列車が走ってきそうなほど、当時の姿をよくとどめています。駅舎は日生運輸の備前片鉄バスや、津山方面へ向かう中鉄バスの待合室として利用されているため、傷みも殆どありません。

 駅舎から片上側の構内はレールが撤去され、片鉄興産のトラックが出入りしています。機関庫も当時のまま残っており、トラックの車庫として利用されています。また、ワム1800形8両は現在でも倉庫として使用されいてます。

 駅舎から柵原側の構内には、なんとレールが残されており、雑草がはびこっている以外は当時の姿そのままです。しかも、このレールは終点の柵原駅まで、一度も途切れることなく続いています。

 柵 原

 柵原駅の構内のはずれには、柵原町によって保存されている車両たちが留置されていますが、まもなく4年の月日が経とうとしている今でも青いビニールシートが掛けられたままの状態で、一向に整備される動きは見られません。

 柵原駅は、全駅の中で一番当時の姿をよく留めている駅です。駅名表が取り外された以外は特に手は加えられておらず、今でも閉山された鉱山とともにひっそりと佇んでいます。

 しかし、駅舎から奧の機回し線はレールの一部が撤去されており、明らかに吉ヶ原−柵原間のレールを保存していることが伺えます。この区間には車両が保存されていることもあり、もしかすると柵原町は一大イベントを企画していたのかも知れません。




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