<平成12年7月2日>

 片上鉄道が廃止されてから、9年が経過しました。廃線跡は徐々にサイクリングロードとして整備され、軌道の痕跡がしっかりと地面に焼き付けられていきます。
 しかしその反面、鉄道が走っていた面影や、かろうじて残っていた遺構が失われていくケースも見られます。

 和気駅の貨物ヤード跡地、駅前ロータリーとして整備完了

 JR和気駅の南側(裏側)には、片上鉄道の貨物ヤードが広がっていましたが、この程、ヤード跡地を利用してロータリーが整備されました。
 最近は和気駅南側の開発が進んでおり、住宅の増加や大型スーパーの出店など、次第に人の往来が盛んになっています。国道374号線も駅の南側を走っていることから、今後はこちらが和気駅のメインになるかもしれません。


 右の写真は、和気駅の地下道から、片上鉄道ホームへ上がる階段です。この位置に片上鉄道のホームがあった事がはっきりと分かります。
 現在は蓋が閉められていますが、今後は駅の改札口から南側ロータリーをつなぐ地下道として利用されることになります。



 意外な所に、片上鉄道の遺構が残っていました。連絡貨物輸送の名残である、渡り線です。
 切断されたレールの断面は、かつて柵原まで繋がっていたのです。この線路を通じて、JRとの連絡貨物輸送が行われていました。



和気駅のヤード跡には、木柱などが残ります。
 

 JR山陽本線の跨線橋、改修工事始まる

 和気駅を柵原方に発車した列車は、すぐに築堤を登りはじめ、JR山陽本線を跨いでいました。廃止後の跨線橋は手を加えられないまま残されていましたが、隣接する金剛川橋梁の補修工事が完了したため、いよいよJRの跨線橋の補修工事が開始されました。


和気駅構内から登り始める築堤も、サイクリングロードとしての整備工事が開始されました。


老朽のための掛け替えも予想されましたが、鉄道橋を整備される事になりました。
日本国有鉄道 1960年の銘板が残ります。

 天瀬駅の現状

 前回のレボートでは益原−天瀬間に開通したサイクリングロードをご紹介しましたが、下の写真は、天瀬駅付近から益原方向を見たものです。アスファルト舗装は天瀬駅の手前で途切れています。
 短い橋梁が存在しましたが、鉄道の橋桁は撤去され、歩道用のものに掛け替えられています。


 天瀬駅の構内は、今にもアスファルト舗装ができそうな状態でした。線路がなくても、当時の交換駅の雰囲気をよく留めています。駅舎は廃止時の姿のまま残されていますが、喜ばしいことに、改修工事を施して保存されるという事です。
 駅舎の中は宿直室の畳などがそのまま残っていましたが、一部は内部に蔦がはびこるなど、かなり荒れた状態となっています。1日も早い改修工事を望みます。



 天瀬駅の河本側です。鬱蒼とした茂みの中に、4灯式の場内信号機が立っています。廃線跡を訪れる人々が足を止めて、列車が通過する風景を思い浮かべることでしょう。

 そしてサイクリングロードは、次の停車駅、河本駅を目指します。


 河本−備前矢田間の現状

 レポートがたいへん遅くなりましたが、河本−備前矢田間の現状をご紹介します。

 河本から備前矢田側へ約500mの区間は、雑草などが除去されて整備されていますが、一向に舗装される気配がありません。その先、備前矢田駅にかけてはアスファルト舗装が完成しています。

 河本駅から約500mの地点にある「大舟着川市跡」には、休憩所が設置されました。現在のところベンチなどは置かれていませんが、ここから眺める吉井川は実におだやかで、サイクリングの際には良い休憩所となりそうです。


 第一吉井川橋梁跡から、福田−周匝間の滝山川橋梁跡まで

 備前塩田〜備前福田間にあった第一吉井川橋梁は、早い時期に完全撤去されてしまいましたが、第一吉井川橋梁から備前福田駅を経て、備前福田〜周匝間にある滝山川橋梁へ至る約1.1Kmの区間は、サイクリングロードの整備が完成しました。


 美しく軌道跡のカーブを描くサイクリングロードと、備前福田駅の跡地(右写真)

 備前福田駅の周匝側約300mのところには、川幅64mの滝山川橋梁がありますが、ここに架かる橋梁は廃止後まもなく撤去されてしまい、サイクリングロードもここで途切れています。(右写真)
 川の堤防へ登るための築堤区間は大幅に削られ、自転車道向けに勾配区間の短縮が計られました。

 今でも残る、滝山川避溢(ひいつ)橋

 滝山川橋梁の周匝側には、河川ではない所に、2つの橋梁があります。滝山川第一避溢橋(写真左)と、滝山川第二避溢橋(写真右)です。その名の如く、線路の築堤に切れ目を入れて、出水の際に濁流を下流へ通す役目をします。
 橋桁上への進入防止のためか、両端の橋桁のみ撤去されていますが、残る5つの橋桁には枕木が付けられたままになっており、往時を忍ばせます。


 生まれ変わる 第二吉井川橋梁


 台風による吉井川の氾濫で、自転車道として利用されていた第二吉井川橋梁は橋桁が流されるという被害にあいましたが、その後、鉄道の橋桁や橋脚は完全に撤去され、同じ場所に新しい橋脚が立ち始めました。

 姿は変わっても、片上鉄道の軌跡であることに変わりはありません。水害にも負けない頑強な橋で、人々の足を支えてほしいと思います。




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